第19話 家名と身分制
ライザが貴族と名乗った瞬間、この場は静かな沈黙で支配された。
「っておいおいおいー! そんなにビビらないでくれー、お姉さん悲しくなっちゃうじゃないかー!!」
俺は何となくライザに聞くのがはばかられて、代わりにセラフィールに尋ねる。
「なあ、セラフィール? ライザ……様ってどのくらい偉い貴族様なの?」
俺たちの会話の後ろで、様付けされたライザが「様付けやだやだー! 蕁麻疹でるー!!」と苦しんでいた。
「セラでいいですよ。えっとですねー……見ての通りライザは変人でド変態なんですが、お家だけは立派で……これでも伯爵なんです。色々と不本意ですが」
「おいセラ! そんなこと言ったら、余計にビビらせて美少女が逃げちゃうじゃないかー!??」
「いやいやそれ以前に、美少女イーターの部分でビビられてるから今更ですよ」
絶体絶命に追い込まれたライザは、俺の肩をガッと掴んでわめき散らす。
「わッ……私は貴族だからな! ということはだッ……つまり、ゼファー君を冒険者にできるということなんだぞ!! お願いだー私のパーティに入ってくれーーーッ!!! 冒険者になれば家名を名乗れるようになれるんだぞー!!」
ライザのセリフを聞きながら、俺はつい数時間前にこんな勧誘をされたなあ、なんて思い返していた。
それはめちゃくちゃ怪しいおじさんこと、銀等級冒険者ラークの存在。
完全に、冒険者になれるって謳い文句がラークと同じだった。
ただラークと違って、恐らくは命の危険はない。あるのは貞操の危険。
自らの性欲を満たそうと必死なライザが、未だに粘って勧誘を諦めない。
「わかった。じゃあ、こうしよう。一週間の期間限定でいいから……いや、三日でもいい。最悪、一瞬だけでもいいから、頼むッ」
「俺ァ、とある人から……頭がまともで、善良で、健全な貴族様を選べとアドバイスもらってるからよお――ごめんなさい」
深々と頭を下げる俺に続くように、イルヴィが言う。
「エーっとォ……あーしもちょっと、遠慮しとこーカナーって――ごめんネー」
俺とイルヴィに深く頭を下げられ、全力で拒絶されたライザ。
それがクリティカルに心に刺さった結果、精神に大ダメージを負ってしまう。
「うわぁぁあああああーーーッッ!???」
相当なショックだったのか、頭を抱えながらエビぞりになって、地面をゴロゴロと転がっていた。
俺とイルヴィに断られただけで、そこまで悔しがるとは。
性欲おそるべし。
「そもそも、冒険者に特別推薦できるのは当主のみなので、ただの長女であるライザにはそんな権限はありませんけどね」
セラフィールからの無慈悲な補足があったもののとりあえず、苦しみ悶えるライザは放っておく。
俺はライザが言っていたセリフの中で、一つ気になったことがあった。
それは冒険者になれば家名を名乗れるというもの。
ここは常識人なセラに聞いてみよう。
「冒険者になれば家名を名乗れるってなんだ? わざわざ、ライザがアピールするほどメリットがあることなのか?」
「えっとですね……一部例外はあるのですが、基本的に孤児や奴隷は家名を持てないし名乗れないんです。もし偽りの家名を名乗ってバレた場合、非常に重い罰則があるので、注意しておいて下さいね?」
「家名を偽るってのはそんなにダメなことなのか?」
「ボクたちの社会は身分制なんです。それを軽んじることは社会の崩壊に繋がりますから、厳しく取り締まられてるんです。ちなみに、聖王国ソル・ティースだと国王と貴族の第一身分、女神さまに仕える神官の第二身分、冒険者を含めた市民の第三身分、そして孤児や奴隷の第四身分といった感じですね。国によって細かな違いはありますが、どこも大体こんなものです」
俺はセラが言ったことを頭の中で整理しつつ、更に深く尋ねる。
「つーことは、家名がないってのは……かなり苦労するってことか?」
「えぇ、そうですね……家名がないということは身分を保証するものがない。つまりは信用がないということですから、相当な不自由と不利益を強いられるでしょうね。まあ、だからこそなるだけで好きな家名が名乗れるようになる、冒険者という職業が人気になるわけですが……」
どうやら、孤児で家名を名乗れない俺はこのままだと相当苦労してしまうらしい。
改めて自覚したが、俺の人生は大分お先真っ暗みてーだ。
すると突然、ショックから立ち直ったライザが、断られた事実などなかったかのような爽やかな表情で言う。
「さて……自己紹介も終わったことだし、これからどう行動するか、皆で話し合おうじゃないか?」
この場の全員がライザを白けた目で見るも、言っていること自体は真っ当な指摘だった。
いち早くその流れに乗ったのはセラだった。
「ボクは脱出のために階段を目指すべきだと思います」
「あーしもそれにサンセイー!」
イルヴィも同意を示した脱出案に対して、俺は気になる点について尋ねる。
「でもよお? そうなると、
全然自慢じゃないが、俺はあえて堂々とそう発言した。
正直、俺一人が戦力外は寂しいから、勝手にガルカも巻き込んでみようと思ったのだ。
「いや、勝手に戦力外にしないでよ。僕は最低限の戦闘能力はあるからさ」
「ちょッ、おい! それじゃ、まるで俺が役立たずみてーじゃねーか!」
「まあ、戦闘においてはそうだね。チビだし」
「てめっ、ガルカ!??」
俺をまあ落ち着いてくださいとなだめながら、セラが俺の疑問点について答える。
「ゼファー君の言う通り、きっと戦闘は避けられないと思います。でも、階段に近づけば他の冒険者や救援部隊がいると思うんです。だって、脱出のための道はそこにしかないのだから、必然的に人が集まってるはずですよ」
「つーことはよお? 階段付近にたくさんの人が集まってるんなら、
「……そうですね」
「だったら、スゲー強い勇者様とやらが、敵を全部片付けてくれると信じてよお? 敵がいなさそうなとこで逃げ回ってりゃあいいんじゃねーの?」
「一理ありますが……」
そう言いよどむセラには、何かしらの懸念事項があるんだろう。
だが、低リスクで生存性が高い方に賭ける俺の方がいいはずだ。
「あぶねー戦闘で無駄にリスクを背負うよりも、安全な逃避行の方が無難だと思わねーか?」
我ながら凄くダセー案だとは思う。だが、命よりも大事なものはないはずだ。
しかしその時、ピリリッとした冷たい視線が俺を刺す。
そんな気配を感じて、ふとそっち見たら――ライザが俺を睨んでいた。
「お前は自分の運命を他人任せにするのか? 他力本願な自分を情けないとは思わないのか?」
俺はハッとして、あることを思い出す。
『男だったら、戦って勝ち取らなきゃなあ!』
これはつい数刻前、俺が舟の上でした密かな覚悟。
(うっかり忘れてたぜ……そうだよな? 欲しいもんがあったら、行動あるのみだよなあ? 一発逆転のためには命張らねえとだろ!!)
俺はライザに向かって言う。
「わりぃ、どうも俺ァ、ビビり過ぎて大事なもん見失っちまってたみてーだ。やっぱ、今のは無し。男だったら――己の手で生を勝ち取るべきだよなあ!!」
「よくぞ言った、それでこそ
セラとイルヴィがそれに同意を示す。
「わかりました」
「りょー!」
一方で、チラリと横目に見たガルカはあんぐりと口を開けて愕然としていた。
パクパクと動く口から声は出ていなかったが、きっとこう思っているに違いにない――こいつら正気かと。
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