第16話 ピンク髪ツインテのハーフドワーフギャル
俺とガルカは音を立てないよう慎重に移動していた。
すでにガルカが当たりを付けていた場所をいくつか回ったが、どこも戦闘の跡が残るのみ。とても冒険者と合流できそうな感じはなく、それどころが生存者すらみあたらなかった。
「人がいる。でも……」
やっとガルカが生存者を見つけたものの、それは俺たちにとって辛い現実を意識させるものだった。
「これは……ひでーな」
俺は
俺が
ようやく生きている人を見つけたものの、ここには――黄金で作られた人型の檻に収容された複数人の大人たちがいるだけだった。
逃げられないように痛めつけられたためか、その全員が苦悶に歪んだ表情をしていた。
答えはほぼ決まっているだろうけど一応、俺は彼らを助けるかどうかガルカに尋ねる。
「どうする? 明らかに罠だけど……」
この光景を見ても冷静さを保つガルカは、静かに答えを出す。
「彼らには申し訳ないけど、僕たちは自分たちの命すら守る力がない。だから……諦めよう」
俺は首を縦に振って、無言で頷き返した。
「ただ、もし頼れる冒険者と合流できた時は、ここの情報を伝えて助けてもらおう」
「あぁ、そうだな」
助けるべき人たちに背を向けた時、つくづく俺は無力な子供に過ぎないんだなと実感した。
悔しい気持ちで一杯だが、いつだって現実は理不尽で無情だ。それを押し殺しながら重たい足を前に踏み出し、次の場所へと歩を進める。
(俺に力さえあれば……)
俺は自分だけじゃなく、誰かを守れるくらいの強い力を渇望していた。
「おいガルカ! 俺たちの運はまだ残ってたみてーだぜ」
次の場所では、
しかし、そこにいたのは白髪の老戦士と、意識を失った状態のギャルっぽい美少女の二人だけだった。
ガルカが無用な同士討ちを避けるべく両手を上げて、俺たちの存在をアピールしながらゆっくりと近づく。
「すみません、あの~あなた方は救難信号スクロールの光を見て救助にきた冒険者の方でしょうか? もしそうでしたら、救助を希望したいのですが……」
ガルカの声に反応した白髪の老戦士がこちらを振り返る。
期待に満ちた顔から一転、あっという間に険しい失望の顔に早変わり。その様子から、彼らも助けを求める側なのがわかってしまった。
「ついさっきまではそうだったんだが……御覧の通り、たった一人の少女を助けるために、ワシの仲間が三人犠牲になってしもうた。ワシ自身もすでに満身創痍でな……助けになれず、すまんのう」
弱々しく語る白髪の老戦士はあちこちに傷を負って、とてもじゃないが満足に動けそうにもない。どう見ても、これ以上の戦闘行為は出来ないだろう。
「そうですか……あ、だったら」
突然、ガルカが俺にアイコンタクト送ってくる。
その視線は俺が背負うバックパックに向けられていた。
そうか。確かに俺たちは中級ポーションを持っている。
これを渡せば、満身創痍の老戦士でも全力戦闘を一回くらいは出来る程度に回復できるかもしれない。
「ちょっと待ってろ、あの中級ポーションだよな。今出すぜ」
そう言って、俺はバックパックから中級ポーションを取り出し、白髪の老戦士に手渡す。
「じいさん、こいつを使ってくれ」
「おぉ、そいつは中級ポーションじゃないか!? しかし、傷ついたおいぼれが使ってよいのか?」
その問いに、ガルカが答える。
「えぇ、無力な子供に過ぎない僕らよりも、すでに一人の人間を救っているあなたが使った方が、生存の可能性は高いと思いますから」
「そうか、ではありがたく使わせてもらうとする。しかし、この苦しい状況で支援物資にありつけるとは……心より感謝申し上げる! この恩、いずれ倍にして返してしんぜよう」
老戦士は深々と頭を下げてから、ポーション瓶をあおって一気飲みする。
たちまちに傷口が青緑に淡く輝き、じわじわと治癒していた。
ガルカが現在の状況について、老戦士に尋ねる。
「あの、質問なんですが、第二層の危機的状況は上に伝わっているのでしょうか?」
「安心せい、それは伝わっておるぞ。なにせワシはその知らせによって派遣された冒険者なのだからな」
「そ、そうだったんですね!」
大きく頬を緩ませたガルカは思わず冷静さを失うほど、喜びを露にしていた。
俺らを安心させる情報について、老戦士が語り始める。
「極浅い第二層に黄金の扉が同時多発的に現れるなんぞ、前代未聞のイレギュラーだったからな。クレハ殿――名誉ギルドマスターが最悪の場合に備えて、色々と対策をうっておられたのだ。ワシはその策の一つ、緊急時に備えて、第一層で待機していた冒険者の一人だった。確か銀等級冒険者の精鋭パーティーがおよそ50、金等級冒険者の英雄パーティが10はおったはずだから、そう悲観せずともよい。それに……」
老戦士の顔には一抹の不安もない。絶対に大丈夫だと確信する何かがあった。
「ワシらにはこのシャリオンを守護する勇者様――
「あの
二人は俺が知らないワードで盛り上がっていた。
「なあ、ガルカ?
「えっ? まさか、ゼファーって勇者様も知らない感じ……?」
無知な俺の質問に対して、ガルカがあきれ果てていた。
俺は自分の右目を指して言う。
「これのせいで、色々と苦労してきたからなあ?」
「あぁ~はいはい。そういうことなら、僕が簡単に説明するよ」
ガルカによると、世界には四人の勇者が存在しているらしい。
まさか、ここでも女神さまが四人なのと関係しているのかね?
まあそれはどうでもいいか。
そもそも勇者とは、あの伝説の黄金郷の話に出てくる黄金の武器を体に宿した者たちのこと。一応、人間でも黄金の武器を作ることは出来るらしいが、黄金竜が産み出したものとは完全に別物になってしまうようだ。
では、どうやってその黄金の武器を入手するのか。
それと勇者が持つ力は絶大で世界に大きな影響を及ぼすことから、勇者は国に帰属し、力を行使するかの判断と決定権は国の最高権力者が持つ。
現在、勇者を擁する国は聖王国【ソル・ティース】、部族国連合【ザッハ】、六商同盟【ユリステリア】、魔導帝国【ゼノア】の四ヶ国。
それぞれ、水の都【シャリオン】の守護、迎撃要塞都市【ラハトラハト】の防衛、アンテラ銀砂漠にある海の魔界【ミンディ・スー】の制覇、無限奈落の攻略という任務を勇者に与えているんだとか。
そして、この水の都【シャリオン】にはその中の一人――
ちなみに、彼が持つ黄金の武器は大赫剣ブリギッドというらしい。
以上の事から、勇者とは人類にとってもしものための切り札という存在だから、この緊急時にはまさにうってつけの最高戦力といえるだろう。
「ただ、その話によると……勇者は勝手に動けねーんだよな? 当てに出来るのか?」
俺の疑問に老戦士が答えてくれる。
「安心せい、既にクレハ殿が飛竜を飛ばして承諾済みだ」
「そっか……っつーことはもしかして、積極的に脱出を目指さなくても、
「その可能性は高いだろう。正直、ワシは脱出のために動く方が
「ふぅ~ん? つまりは、生き残ることだけを考えて逃げまわりゃいいわけだ。ハハッ、案外いけそうな気がしてきたぜ」
何とか、この絶望的な修羅場を生き残るための希望が見えてきたな。
その喜びをガルカと分かち合おうとそっちを見やると、俺たちと同じ年頃くらいの――ピンク髪ツインテのギャルっぽい美少女を熱烈な眼差しで凝視していた。
(急に黙りやがったと思ったら、女に見惚れてたのかよ? まあ、勇者様のこと聞いて、こいつも少しは安心したってところか)
俺もガルカに釣られて、ギャルっぽい美少女に視線を向ける。
彼女の緩くウェーブした長い髪は、色が濃いピンクのツインテール。
美しい小顔はメイクが映えるナチュラル美人系という感じ。また両目の目じりにピンクのハートが描かれていて、いいアクセントになっていた。
短く尖った耳には大量のピアスやイヤリングが装着され、おしゃれへのこだわりは人一倍強そうだ。ちなみに、この耳は多分、エルフじゃなくてドワーフの方かも。でも、ドワーフにしては身長が高いから、もしかするとハーフドワーフなのかもしれない。
またチラ見えする割れた腹筋は女性らしい曲線を残しつつ、十分に鍛え上げられた筋肉美を誇っていた。それが強い生命力を感じさせて、武闘派系美人ギャルといった仕上がりになっていた。
風の噂でドワーフは筋肉量がすごいらしいから、やっぱりドワーフの血が入ってるのは確実だな。その上、胸が大きくボンキュッボンのナイスバディまで兼ね備えていた。
(ふぅ~ん? まさに非の打ちどころのない完璧な美少女って感じだな。まあ、キレーなお姉さんが好きな俺にとっちゃ守備範囲外だぜ)
一応、ギャルっぽい美少女には目立った外傷は見当たらず、呼吸も安定しているように見える。
この感じであれば、特に命の心配をする必要はないだろうな。
そんなわけで、俺のことを恋愛脳と小バカにしたガルカをいじるとしよう。
「おいおい、まさかまさか、ガルカさん……一目惚れでもしちまったかあ?」
「えっ? えぇ、いや、その、あの……どッ、どうだろうね? まあでも、彼女の事がきッ気にならないとかじゃなくて……」
「で? 本音は?」
「そッ、それは……」
「人生はたったの一度なんだぜ? 自分に正直になっちまえよ」
顔を真っ赤にしたガルカは意を決して言う。
「この子を……ぼッ、僕たちのパーティーに誘いたいッ」
「ハハッ、結局はテメーも俺と同じで恋愛脳じゃねーか!」
「はぁ、ゼファーと同類なんて……なんだか心外だなぁ」
「良い度胸してんじゃねーか……」
緊急事態中の場違いなやり取りに、老戦士が割り込んでくる。
「勇者様がいるとは言え、まだ危機から脱していないというのに呑気に恋バナとは……お前たちはとんでもない大馬鹿者か――もしくは歴史に名を遺す、傑物になるやもしれんな、ガハハハッ」
「きっと傑物の方だろーぜ。まー枯れちまったじいさんと違って、俺らみてーな青春真っ盛りな若者は可能性に溢れてるからな!」
「ぬはははッ!! 生意気な小僧がぬかしよるわ」
その時、俺の五感が不気味な気配が近づいてきていることを敏感に感じ取っていた。
「おいじいさん、ガルカ! なんか来るぜッ!? 気配は一体!」
「何ッ!? 見つかってしまったかッ……ならば仕方あるまい。小僧らよッ!! その少女を連れて逃げろ。その時間をワシが稼ぐ」
その提案にガルカが反発する。
「僕らも戦えます! 爆砕火炎爆弾もまだ三個あるし、きっと何とかなるはずです!」
「ふむ、そいつを三つとも拝借させてもらうが……やはり、小僧らは逃げろ」
「どうして――」
「――足手まといだ。その装備から察するに……小僧らは駆け出しの新人だろう?」
老戦士の指摘は紛れもない事実だった。
俺は無力な自分が憎かった。悔しかった。腹が立った。
「ガルカ、じいさんの言ってることは正しい。ここは言う通りにするしかねーと思う」
「ゼファーッ! 僕はもう逃げたくない。誰かを守るために戦いたいんだ!」
「それは……今じゃねーと思う」
「今じゃない? じゃあ、いつ戦うんだ!? いつになったら戦えばいい!?」
ガルカの馬鹿野郎が。こりゃ惚れた女の子の手前、男としてカッコ悪い真似はしたくない、とか考えてやがるな。あぁ、面倒くせー!
「頭を冷やせ! んで、この女の子を見ろ!」
そう言って、俺はギャルを指さす。
「命とプライド、比べるまでもねーだろ!」
「けどッ……」
「たとえ無様でカッコ悪くても、惚れた女だけは何が何でも生かす。それだって戦いだ!!」
俺の言葉に対して、ガルカは何も言い返してこなかった。
きっと頭では理解はしているけど、心が納得できていないだけなんだろう。
ここまできたら、あと一押しだ。
「みすみす無駄死にさせる気か? せっかく自分が惚れた女をさあ!?」
ガルカは心底悔しそうに歯を食いしばる。
「くそッ!? クソックソックソッ!! わかった……けどッ! 誰かを見捨てるのはもうこりごりだ。こんな気持ち何回も味わいたくない、だから――僕たちは強くならなくちゃいけない。きっといつかは逃げられない時がくるだろうからね!」
「そうだな、俺も同じ気持ちだぜ!」
次の瞬間、何もない空間からぬぅっと
まさかわざわざ、自ら透明化を解除するとは。これは中々の強敵なのかもしれない。
その
細長くすらっとした胴体から生えるしなやかな四本脚は、俊敏性と機動性がありそうに見える。また前足二本の足先から、複数本の剣の刀身を生やして殺傷力と攻撃性も高そうな見た目をしていた。
こんな見るからに強そうな敵と老戦士は孤立無援の中、たった一人で戦うんだ。
その光景を想像してしまい、一度引っ込みかけた絶望が再び、俺たちに近づいてきていた。
「おい、じいさんッ!! あんたの名前を教えてくれ!!」
老戦士は振り返らずに名を名乗る。
「ガドラック・ディサイドだ!!」
「覚えたぜガドラック!! 生きて帰ったら、あとで酒と飯おごってやるからッ……それまでぜってーに死ぬなよ――じじい孝行させやがれッ!!」
「生きてまた、会いましょうッ……ガドラックさん!!」
「おう! キンキンに冷えたビール用意しておけよ、小僧共!!」
絶望的な状況の中、俺たちはガドラックさんと約束を交わした。
それは決して希望を諦めないための、願掛けみたいなものだった。
その会話を最後にガルカが女の子を背負って、俺たちは悔しさを押し殺しながら、一心不乱に駆け出した。
遠く離れていくまで、金属と金属がぶつかり合う戦闘音がずっとずっと、激しく鳴り響いていた。
そして最後に、爆砕火炎爆弾の爆発音が一回とどろいた切り――その音は鳴り止んだ。
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