第15話 四女神教-テトラ・ニドラ-の女神降臨神話

「いい、ゼファー? 伝説の黄金郷の話と違って、四女神テトラ・ニドラ教の女神降臨神話は社会常識に繋がる話だから、知っておいて損はないよ」

「えぇ~、でもだるいってえ……」

「はいはい、面倒くさがらずに耳の穴かっぽじってよく聞くように」


 伝説の黄金郷の話に続いて、ガルカは四女神テトラ・ニドラ教の女神降臨神話について語り始める。


 黄金郷が消失した後、世界には大戦乱が訪れ、人の世は混迷を極める。

 なんと人々の争いは千年間続いたという。

 ある時、その戦いで傷ついた人々を救うために、四人の女神が天高き空より地上に降臨した。


 太陽の女神ソルテナ。

 双子月の女神ザルティアッハ。

 星々の女神ユリスティア。

 時と運命の女神ノルトゥーン。


 女神たちは人々に様々な奇跡と祝福を授けた。


 一つは共通語。

 現在、地上の異種族同士だったり精霊や妖精、あるいは魔界の一部の生き物との対話が可能なのは、女神の奇跡がもたらしたものだと言われている。争いを止めるためには、言葉の壁を取り払う必要があったのだろう。

 またその副産物で人々は精霊を介して魔法を行使する、精霊魔法が使えるようになったという説も深く信じられている。


 一つは神聖魔法。

 太陽の女神ソルテナは癒しと祝福。

 双子月の女神ザルティアッハは浄化と呪い。

 星々の女神ユリスティアは契約と裁き。

 時と運命の女神ノルトゥーンは時と運命に干渉、過去や未来を垣間見る神聖魔法をそれぞれもたらした。

 これらは冠婚葬祭と密接に関わり、出産や魔交感の儀――元服みたいなもの――の祝福をソルテナが、婚姻の契約をユリスティアが、死体の穢れを払う浄化をザルティアッハが、祖先の言葉を語り継ぐ時読みをノルトゥーンが司る。


 一つは人が飼育、使役できるドラゴン。

 人や物を運搬する地竜、空を飛び多目的に活躍する飛竜。安全な航海のお供に欠かせない海竜。これら三種の竜の存在は、人々の生活に欠かせないものとして定着していた。


 そして、この四人の女神が降臨した年を女神歴の元年として数え、現在の暦は女神歴1013年である。


「この四人の女神降臨神話が、僕たち冒険者のあるルールに関係しててね? なんと一パーティーの上限は荷物持ちポーターを除いて、四人までって決まってるんだ」

「へぇ~女神様が四人だったから、俺たち冒険者も四人で行こうぜ、みてーな感じか」


 ガルカが話す一パーティー四人までのルールは少数精鋭の方が動きやすいという理由もあるが、実は権力者である貴族側のある思惑も関係している。


 それは力を持った大勢の冒険者が徒党を組んで、貴族を脅かすことのないようにするため。一つの巨大組織にまで大きくなってしまうと、一貴族では対応しきれなくなる可能性があるからだ。

 貴族としては、冒険者には個々にバラバラなままでいてくれたほうが都合がいいのだ。


「ほら、僕の話を聞いててよかったでしょ?」

「まあ、確かに……ってなると、俺たちの他にあと二人か」

「ゼファーには当てが合ったりする?」

「……あるように見えっか?」

「ははっ、それもそうだね」


 ガルカは一切気を遣うそぶりをみせず、そう笑った。

 これは彼が淡白な人間だからという訳じゃなく、ゼファーを一人の人間として信頼し始めている証なのかもしれない。


 そうして、二人で軽口を叩く中、ゼファーが意気揚々と言う。


「だったらよお? この地獄と化した第二層でピンチになってるキレーなお姉さんを救ってさあ、パーティーに誘うってのはどうよ?」

「へぇ~? 夢の話もそうなんだけど、ゼファーってさ……割と恋愛脳なんだね」

「あぁん? そりゃバカにしてんのかあ?」


 ゼファーはガルカをキッと睨んでそう言った。


 しかし、ガルカは両手を横に振って誤解を解こうとする。


「違う違う、褒めてるんだって。恋愛脳ってのはつまり、ロマンチストってことでしょ? だったら、黄金郷を目指すっていう夢を追いかけるのにちょうどいいじゃん?」

「ふぅ~ん? っつーことは、俺の提案に賛成ってことだよなあ?」

「まあ、結構悪くはないと思ってるよ。だって、初代勇者パーティーもそんな感じだったらしいし」

「初代勇者パーティー?」

「もしかして、もうさっきの話忘れちゃった? 黄金郷に初めて足を踏み入れて戻ってきた人たちだよ」

「そ、そんくらいちゃんと覚えてるし? とりあえず、聞かせてくれよ。その初代勇者パーティの話をよお?」


 ガルカが要点だけをかいつまんで、簡単に話す。


 初代勇者パーティーは、四人の冒険者と一人の荷物持ちポーター兼鍛冶師の合計五人組である。ちなみに、現在のパーティ編成が五人になった大本はここだと主張する説もある。


 死後に初代勇者という名誉ある称号を授与されたのは、ヒューマンのテリオン・スレイ。聖王国【ソル・ティース】出身で、元々はただの一兵士にすぎない平凡な人間だったと言われている。


 それに対して、他の三人はまさに天上人。

 ハイエルフのジェローム・ホド・エグゼリオンは妖精郷【イルドラジア】の真祖十血族、ツリーオブエイトを担う最上級貴族。

 小人族ピースリングスのミズリエル・ロジャーナは魔導帝国【ゼノア】――当時は勇王国【ゼノア】――の第一王女。

 竜人族ドラゴンメイドのテンソ・クレハは竜人族そのものの始祖。なんとゼファーがかんざしを貰った相手は、歴史的な英雄の一員でもあったのだ。


 一方で荷物持ちポーター兼鍛冶師のドワーフ、ドゥリン・オーインは身分では敵わないものの、類い稀な鍛冶の腕と技術、実力を見込まれてパーティーに加入した人物である。

 その経歴は中々の曲者。戦う鍛冶師という概念の生みの親であり、巌窟国【ドルド】が誇る国宝鍛冶師の一人であった傑物でもある。


 なお、現在も存命なのは長命種であるハイエルフのジェローム・ホド・エグゼリオンと、竜人族ドラゴンメイドの始祖であるテンソ・クレハの二人のみ。


 そして、初代勇者パーティーの有名な話として、テンソ・クレハとテリオン・スレイの馴れ初めの話が現代に伝わっている。

 それはテリオンがクレハに窮地を救われたことをきっかけに、彼女に一目惚れ。勢い余ったテリオンがクレハにプロポーズをし、即婚姻を結ぶことに。以後、テリオンが亡くなるまでパーティーを組んで行動を共にしていたという。

 なんと子をもうけて子孫もいるとのこと。


 ガルカがゼファーの提案――ピンチのキレーなお姉さんを救って、パーティーに誘う――で思い出した逸話がこれであった。


「っておい! その話だと、男の方がキレーなお姉さんに助けられてるじゃねーか!? 俺はキレーなお姉さんのピンチを救うって言ったんだぜ!??」


 男と女の立場が逆じゃないかと、ゼファーが切れていた。


 それに対して、ガルカがくすくすと笑いながら軽口を叩く。


「え? それは仕方ないじゃん? ゼファーがキレーなお姉さんのピンチを救うイメージが全然わかなかったんだから。だって、ゼファーってチビだし……」

「なッ、ななな……なんだとぉ!?? 俺が一番気にしてることを言いやがってえぇぇぇ……」


 ゼファーは思わず拳を握りしめてしまうほど、カチンときていた。


 怒りによってプルプルと震える拳を、ガルカが優しく両手で包みながら諭す。


「まあまあ、落ち着いてよ。僕が言いたかったのは、ゼファーの夢はきっと叶うよって事なんだから」

「あぁ、あぁん?」


 ゼファーにはガルカが言ってることの意味が分かっていないようであった。


「ほら、立場が逆だとしても、上手くいった例もあるってわかれば、安心するでしょ?」

「そ、そうなのか? う~ん、なんかいいように言いくるめられてる気がするんだけど……」


 困惑するゼファーの意識を逸らすためか、ガルカがタイミングよく話を切り替える。


「それなりに時間も経っただろうし、じゃあ行こうか? 頼れる冒険者に合流できると信じて」

「いい具合に話を逸らしやがって……じゃあ、俺はキレーなお姉さんと出会えると信じるぜ」


 そんな感じで、ゼファーがガルカに無駄な対抗心を露にしながら、ついに二人は動き出した。

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