第14話 黄金郷ドラゴンズ・エルドラード
「ある程度服も乾かしたいし、これでも食べながら、少し話そうよ」
そう言って、ガルカが周囲に実っている青い果実をもぎとると、それをゼファーに手渡す。
「……この状況で、呑気に食いもん食ってて大丈夫なんか? 俺ァ、食欲わかねーぜ」
「大丈夫。ここら辺で救難信号スクロールの光は上がってないし、それにある程度あの赤い光に
ガルカの説明に納得いったのか、ゼファーは受け取った青い果実をまじまじと観察する。
「そっか。で、これ……何? 旨いの?」
「それはブルーアップルと言って、このシャリオンじゃ一般的なフルーツだよ。別に毒じゃないから、大丈夫だって」
ガルカが大丈夫なことを証明するために、一口かかじる。
鮮やかな青色が美しい表面の皮がなくなり、果汁と共にライムグリーン色の果肉が露になった。
「うん、この酸味がたまらないんだよね」
恐る恐るゼファーがブルーアップルを一口かじる。
「酸っぱッ! 俺ぁ、もうちょっと甘い方が好きだなあ……」
「時期が違えばもっと甘くなるよ」
「ふぅ~ん」
二人はブルーアップルをぱくつきながら、座って話始める。
「なあ、すぐには向かわないとは言っても、時間が経つことで状況が不利になることはないのか?」
「それについては、必ずしも時間経過が僕たちにとって損になるとは思わないよ」
「どういうこと?」
「実は僕が冒険者ギルドにいた時にね? ギルド職員の人が緊急時の予備兵力を集めてたのが見えたんだよね」
「っつーことは……この状況が上に伝わってれば助けがくるのか?」
「ここには沢山の冒険者がいたんだ。無事に第一層へと脱出した人が報告するか、妖精を使った連絡手段で上に状況を報告したりして、上の階層にいる人には伝わってると思うよ。それに……まあいっか。とりあえず、最悪脱出できなかったとしても、生き残りさえすれば何とかなると思ってるよ。僕は」
「そっか、それを聞いて少しだけ安心したぜ」
ガルカがブルーアップルをかじりながら、ゼファーに尋ねる。
「ちょっと話変わるけどさ、ゼファーには夢はある?」
「そりゃーもちろん。キレーなお姉さんと一緒にほかほかなうまい飯食って、キレーなお姉さんと一緒にフカフカのベッドで寝て、んで、キレーなお姉さんと手ェ繋いでデートするんだ。あっ、ドラゴンの肉を食ってみたいってのもあるな」
「ふ、ふぅ~ん? 随分と欲望に忠実な夢なんだね」
「うるせーなあ、俺がどんな夢見ようが自由だろうが。んで、そう言うお前の夢はどうなんだよ。さぞや清廉潔白で慎ましい夢をお持ちなんだろうなあ~?」
そう言って、喧嘩腰に聞き返すゼファー。
それに対して、ガルカは待っていましたと言わんばかりの笑顔で夢を語り始める。
「僕の夢はね……伝説の黄金都市――黄金郷ドラゴンズ・エルドラードをこの目で見ることさ」
「はあ? 黄金郷?」
「え、嘘でしょ? あんなに有名で、誰もが夢見る漢のロマンをご存じない? もしかしてゼファーって……古代人か何か?」
ガルカは信じられないものを見たという目で、ゼファーを凝視していた。
それがゼファーには馬鹿にされているように感じたのか、ムッとした顔で言い返す。
「
「そっかそっか、古代人なら仕方ない。それに知らなければ知ればいいだけだよ。よし、黄金郷マニアのこの僕が……懇切丁寧に教えてあげよう」
ガルカの口から語られた黄金郷伝説は以下の通りである。
今から数千年前の神話の時代。
世界には黄金を産み出せる黄金竜が実在したという。
現在、世界で流通している全ての黄金はその黄金竜が産み出したもの、というのが世間の常識である。もちろん、黄金の扉内から手に入る黄金も黄金竜由来であるというのが定説だ。
事の始まりは一人の人間が黄金竜に愛されたことからであった。
黄金竜はその愛した人間に黄金を与え、彼を中心に黄金の噂が世界に広まっていった。それを聞きつけた世界中の人間が彼の下に集い、そこに世界中の富が集まり出すと、彼がいる場所は急速に発展。村が街になり、街が都市になり、やがて国を形成した。
その国の名は【黄金帝国エルドラード】。
黄金によって栄えるその帝国を、周辺国は羨み嫉妬した。結果、大戦が勃発。
黄金竜は愛するエルドラードの民のため、黄金の武器を祝福として授けた。その武器の力は凄まじく、瞬く間に周辺国を全て退けたという。
大戦後、世界の全てを支配下に治めたことで天下太平が訪れ、千年の間、【黄金帝国エルドラード】は栄え続けた。
だがその繁栄と栄光に、終焉をもたらしたのは
世界の全てを手中に治めた【黄金帝国エルドラード】はある時、黄金の武器を持つ者同士で争い始めてしまう。そのきっかけは諸説あるが、小人族が原因であるというのが最有力である。
最初は個人同士の喧嘩だったが、次第に争いの火は大きくなり内戦にまで発展。瞬く間に地獄と化した黄金帝国では虐殺、略奪、姦淫が横行し、暴力に塗れた修羅の世界へと変貌してしまった。
人間を深く愛していた黄金竜は人間の醜さに絶望し、黄金の武器を手に死をばらまく英雄たちを呪いによって黄金のドラゴン――
さらに黄金竜は、富と権力、黄金が集中していた首都【アムティカ】の全てを瞬く間に黄金へと変えてしまう。都市を黄金都市に、人々を黄金のゴーレムに、黄金の武器の所有を許された全ての英雄たちを
なんと黄金のゴーレムに変えられた人々は虐殺、略奪、姦淫に関わった罪深い人間たちだけじゃなく、何の罪もない女、子供まで一切の区別なく平等に黄金郷を永劫彷徨う罰を課されたという。
また、その永劫不滅の呪いを受けた人間たちの多くは悪名高い
その後、黄金竜は百年の間、嘆き悲しみ続けた。
しかしある日突然、黄金郷と共に自らを封印すると、世界から消え去ったという。何があったのかは伝えられていないが、きっと深く傷ついた心を癒すため深い深い眠りについた、というのが一般的に信じられている説である。
つまりは、伝説の黄金郷のお話は過ぎた欲望は身を滅ぼすという、教訓を含んだ昔話でもあった。
そして現在、夢やロマンを追い求める人々は、黄金のドラゴンとゴーレムが永遠に彷徨い続ける黄金都市をこう呼んだ――黄金郷ドラゴンズ・エルドラードと。
「ってことはさあ? あの
ゼファーが物悲し気な顔でそう言った。
「伝説が真実そのままなら、そうなるね」
「なあ……化け物になっちまった人たちが、報われる日ってくんのかなあ?」
もしかするとゼファーは、自分も半分は性悪と名高い一族の
こんな俺にもいつか――報われる日がくるのだろうかと。
「さあ、どうだろうね。ずっとあのままかもしれないし、いつか終わりがくるかもしれない」
その時、ガルカが名案を思い付いたという感じで提案をする。
「あっ、そうだ! だったら、僕と一緒に黄金郷ドラゴンズ・エルドラードを目指してみない?」
「はあ? 何でだよ。そんな一生叶いそうにない夢なんざ、俺ぁ追いたくねえよ。ぜってぇ辛ぇもん」
「いやいや、むしろそこが夢の醍醐味ってものじゃない?」
「俺ぁ叶いそうにない夢よりも、叶いそうな夢を追う方が性に合ってるぜ」
これ以上、押してもダメだと判断したガルカは一旦引いてみる。
「そっか、残念だよ」
「ガルカの夢は手伝えねーけど、応援はして――」
ゼファーの言葉に被せるように、ガルカが言う。
「――女の子にモテモテになれるのになぁ……」
「その話、詳しく聞かせてもらおうじゃねーか」
くるりと手のひらを返したゼファーは、興味津々でそう聞き返していた。
恐らく頭で考えての発言じゃなく、脊髄反射によるもので、女の子にモテモテという言葉に反応したのだろう。
「夢を追いかける男ってのはね? 女の子から見て、カッコよく見えるものなんだよ」
「そッ、そうなのか?」
ゼファーの食いつきを確認したガルカは、ここぞとばかりに畳みかける。
「僕が思うに、冒険者界隈は結構その傾向が強いと思うね。大きな夢や目標を掲げる人には沢山の魅力的な女性が集まってるけど、欲望に忠実な夢……ゼファーみたいにキレーなお姉さんとあれこれしたいなんて言ってる人がモテてるのは、ぜんッぜん見たことないね。うん、一度だってないよ。特にキレーなお姉さんと手ェ繋いでデートしたい、とか言ってるヤツなんて女っ毛の欠片もなかったよ。何なら相手にすらされてなかったね」
「そッ、そんなあ……マ、マジかよおぉぉぉ~~~! 嘘だと言ってくれよおぉぉぉ……」
分かりやすく意気消沈するゼファー。
それを見て、ニヤっと笑みを浮かべるガルカは優しく語り掛ける。
「別にゼファーの夢が特別ダメってわけじゃないんだ。そうだね……個人の夢とパーティーの夢は別物って考えればいい。例えばなんだけど、ゼファーらしい夢はそのままに、僕とパーティーを組んで伝説の黄金郷を目指すってことになれば……女の子から見て、すごく魅力的に見えるんじゃないかなあ?」
「ぜひ、俺とパーティーを組んでくれガルカ!
そう言って、ガルカに縋り付くゼファーをガルカは歓迎する。
「僕の誘いを受けてくれてありがとう、ゼファー。これで僕たちは同じ夢を目指す……仲間だね」
ガシッと熱く握手を交わすゼファーとガルカ。
お互いの夢について語り合ったことで、より親睦が深まったことであろう。
しかしここで、ある重要なことをゼファーが尋ねる。
「仲間になった後でこんなこと聞くなんて、悪ぃとおもんだけどさ……」
「いいよ、何でも聞いて」
「……なあ、俺をパーティーに誘おうと思った理由ってなんだ? 俺はまだ冒険者ですらねーし、なんとかってノブレスファミリーと揉めちまってるし……それに、
ゼファーにとって、きっとラークたちに騙されたことが尾を引いているのだろう。自分の特殊な瞳に執着する人間がいることを知って、色々と疑心暗鬼になっているのもあるかもしれない。
「一番大きな理由は……ゼファーが透明化した
ゼファーはそれを聞いて思い出す。
銀等級冒険者のラークたちでさえ、
それは誰の目にも明らかだ。
「懸念点、ノブレスファミリーとの揉め事や冒険者登録に関してはこの街から出ちゃえば全部解決するから、まあ些細な問題に過ぎないよ」
「お前、意外といい奴なんだな……あんがとな」
照れくさそうに顔を赤らめながら、ゼファーはお礼を言っていた。
「どういたしまして。それじゃ、今度は僕から質問。もしこの修羅場を生き延びたら、僕たちは黄金郷を目指すわけだけど……どこにあると思う?」
「え? そりゃあ、魔界の奥深く……地下とかか?」
「ゼファーもそう思うんだ。いや、大体の人がそう言うんだけどさ……僕は下じゃなくて、上にあると思うんだ」
ガルカが指で上を指しながら言った。
「上?」
「そう、空の上。僕たち人類の文明はそれなりに発展してるけど、未踏破領域は多い。地上や地下、海底……そして――大空とかね」
「地上や地下、海底が未踏破領域だってのはわかるけど、大空もなのか? 飛竜による空路があるのにか?」
「この世界で空の領域はドラゴンのものなんだけど、飛竜の領域は中空以下。その上、遥かな空の高みを支配しているのは天空竜様なのさ」
「その天空竜様の領域に入ったら、どうなるんだ?」
「大いなる裁きの
「へぇ~」
ガルカの話を感心して聞くゼファーはあることに気づいてしまう。
「って、それじゃあ、誰も黄金郷に行けねーじゃんか!」
「それが唯一たどり着いたパーティーがいるんだ。黄金郷に到達したという偉業を成し遂げたのは初代勇者パーティー。ただ、黄金郷は
「で、どうやって辿り着いたんだ?」
「それは……明かされていない。だから、未だにどうやって辿り着いたのかは謎だよ」
「何だよそれえ……めっちゃ気になるじゃねーか」
ニコニコと興奮気味に話すガルカが、楽しそうに言う。
「ねっ? ワクワクしてきただろう?」
「ま、まあ……あ、そういや、何を持って黄金郷にたどり着いたと判断したんだ? 話を聞いた他の人間はさあ?」
「……さあ? 何だろうね?」
「って、それも知らねーのかよ! お前本当に黄金郷マニアなのか? 実はにわかだろ、お前」
「そ、それはしょうがないじゃないか!? 世間に伝えられてるのは表面的な情報だけで、何でも真実は一部の人だけにしか知らされてないって噂なんだよ? それに、僕が気になってたのは黄金郷がどんなところなのかっていうのと、どこにあるかって部分だし……そ、それより!」
ついにガルカが満を持して核心に迫る。
「僕は黄金郷にたどり着くためのヒントは、黄金の扉の中にあると思う。あれって、明らかに黄金郷の一部だと思うんだよね。それと、気になるのが黄金の扉内にある階段は下じゃなく上に続いているって話……普通さ? 黄金郷が地下深くにあるなら、黄金の扉の中にある階段は下に続いてそうじゃない?」
「確かに……?」
「しかも、階段を登る度に床面積が増えていったっていう情報から推測するに……きっと黄金郷の形状は円錐をひっくり返したもの。いかにも空を飛んでそうな形状じゃない?」
「悪ぃ……俺にはよくわかんねーや」
そう言うゼファーは、ガルカが長々と語る黄金郷についての話に聞き疲れていたようだった。
ぐったりしたゼファーの様子に気づいたガルカは、やっと結論をまとめる。
「つまりね、僕は天空竜様が支配する大空の更に上……遥か天高き上空に黄金郷が空を飛んでるんじゃないかってそんな気がするんだよ。これこそ、まさに誰もが夢見る漢のロマンだと思わない?」
「そ、そうだな。俺もそう思うぜ」
目をキラキラと輝かせ語るガルカの圧に、ゼファーは屈していた。
「じゃあ、次は伝説の黄金郷が滅んだ後の話、
「え!? まだこの話終わんないの!? ってか、別の話に続くのかよおっ!??」
興が乗ったガルカの語りはより一層熱を増し、まだまだ終わりの気配は見えないのであった。
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