第13話 熱いゼファーと冷たいガルカ
ゼファーとガルカの二人はザバァと水面から顔を出す。
「プハァッ……ふぅ~、生きてるかあ~、バンダナ頭~?」
「うん、何とかね……アイツは追ってこないのかな?」
二人が飛び込んだ川は流れが激しく、どんどんと流されていた。
「万が一追ってこられたら困るし、しばらく川の流れに身を任せようぜ」
「そうだね、でも……この川、どこに続いてるんだろう」
そう言ってガルカが疑問を口にしながら、周囲に意識を巡らせていた。
すると、どこか遠くからドドドドっと激しい水音が耳に入る。
「ねぇ、この音ってさ……滝だったりする?」
「まさか……滝だったら、やべえじゃん」
二人そろって川の流れの先に目を向ける。その先は――バッサリと一直線に途切れていた。
「おいおいおい、マジで滝じゃんかよおぉおおお――」
川が途切れた先を呆然と眺めるゼファー。
それに対して、至って冷静なガルカはすでに滝から逃げるように泳いでいた。
「――って、ぁあああ!? 一人で行くなあ! 俺を置き去りにしてんじゃねえ~~~ッ!!」
そう言って、ゼファーはシュバババッとガルカに急速接近すると、ガルカの服を両手でギュッと掴む。
「ハァアーハッハァ! これでヨシッ!!」
「バカ! 何がヨシッなんだよ!! これじゃ二人ともッ」
二人の目の前には轟音を響かせる滝。
もはや滝から逃れられない運命を悟って、二人はヒシっと抱きしめ合う。
「「あぁァアアア~~~ッッ!!!」」
そのまま、真っ逆さまに滝壺へと落ちていく仲睦まじい二人は、何もできずに滝へと飲み込まれてしまった。
しかし、意外なことにすぐに浮き上がってくる。
その理由は、ゼファーが背負っていたバックパックが浮袋的な役割を果たしていたからであった。
その後、水の流れに従って、二人そろって岸へと打ち上げられる。
いち早く立ち上がったのはガルカだった。
「こッ、このッ……大馬鹿野郎!! 殺す気かッ!?」
そう言って、ガルカはゼファーの頭に拳骨をお見舞いする。
「いッってぇ~!? あれは、そのッ……そう! お前を助けるために必要だったからさあ」
「僕を……助ける?」
「あぁ、俺が背負ってるバックパック見てみろよ。これのおかげで俺たちは浮いてこれたんだぜ?」
「あっ……そうと気づかず、ごめん。早とちりして殴っちゃって悪かったよ」
「わかってくれたんなら、いいぜ。許す」
とっさに思いついた言い訳を並べながらも、心の中では、
(本当は一人逃げやがったのが腹立ったから、道連れにしてやったんだけどな。ハハハッ)
と思っていたゼファーだった。
二人が流れ着いた場所は、みずみずしい青い果物がなった樹が沢山生い茂る果樹園の様なところであった。
「ねぇ、
「いや、全然。多分、ここにはいねーと思う」
「そっか。じゃあ、一時的には危機は回避できたみたいだね」
とはいうものの、今の状況は決して安心できるようなものではない。
「とりあえず、岸に上がろうぜ」
「うん……そうだね」
岸から上がった二人は座りながら、これからどうするか話し合う。
先に口を開いたのはガルカだった。
「さて、この第二層のほぼ全域で救難信号スクロールが使われた訳だけど……それでも、やっぱり正規ルートの階段を目指すしかないね」
「俺、どこに階段があんのか全然わかんないだけど、どうすんの?」
ゼファーの問いに対して、ガルカはバックパックを漁って手のひらサイズの水晶を取り出す。
「このマジックコンパスを使う」
「何それ?」
「人が踏破済みの階層にある階段には、その近くにこれの指針を引き付ける目印的なのが埋められてるんだ」
「へぇ~ってことは、その指針が指す方向に行けばいいってことか」
「そういうこと」
これからの方向性は決まったものの、その難易度は非常に高く上手くいくかどうかはかなり怪しかった。
ガルカはそれをわかっているのか、問題点について話す。
「ただ、正直僕たちだけじゃ……階段までたどり着くのは、かなり厳しいと思う」
「それについては、俺もそう思うぜ」
「とは言え、そこを目指さないわけにもいかないからね。だから、僕は他の冒険者パーティーと合流できそうなルートで、階段を目指したいって思うんだけど……どう?」
「でもさあ、合流できそうな当てはあんの?」
「それは大丈夫。救難信号スクロールが使われた場所を見て覚えてるからね」
「マジ? スゲーじゃん! じゃあ、早速そこに向かおうぜ」
意気揚々と立ち上がるゼファーに、ガルカが首を振る。
「いや、すぐには向かわない」
「何でだよ!? 救難信号スクロール使ったつーことはピンチだってことだろ? すぐ行かねーときっと全滅しちまうぜ?」
「僕が頼ろうとしてるのはそっちじゃない」
「あん?」
「そのピンチに駆けつけるであろう、優秀な冒険者パーティーの方さ」
それを聞いて、ゼファーの顔が激しい怒りによって歪む。
ガルカが言っていることは正しいし、とても賢い作戦である。
非力な子供にしかすぎない二人にとって、現状においての最善策とも言える。
だが同時に、今この瞬間も助けを求める人たちを見捨てるという冷酷さも孕んでいた。
ゼファーはバカだが物事についての理解力がないわけではない。
ただ、学習機会に恵まれなかったから何も知らないバカなだけである。
だからこそ、今ここでガルカに対して怒ることの無意味さも理解していた。
しかし、溢れる憤りを抑えきれずに、ついガルカの胸ぐらを掴んで怒鳴ってしまう。
「お前ェッ!? 今、自分が言った言葉の意味、ちゃんと分かってんのかッ!」
「あぁ、わかってるつもりだよ。僕は今、助けを求める人たちを見捨てると言ったんだ。だって、自分の命が一番大事だからね」
ガルカはあえて煽るようにそう言った。
恐らく、ゼファーの人間としての底を測りたいのだろう。果たして脱出するまでの間、コイツに命を預けていいのだろうかと。
ゼファーは己の拳を強く握りしめる。
それはガルカにではなく、自分に対しての怒り。無力さに腹が立ってのことだった。
「俺がお前に怒ったところで何の意味もねーし、ただの八つ当たりにしかならねーのは分かってる」
ガルカはゼファーを見定めるように、ただ黙って見つめていた。
「俺みてーな無力なガキが助けに向かったところで、何の戦力にもなんねーだろうし、誰も助けらねーってのも嫌ってほど理解してる。きっとただ無駄死すんだけだろうな。だけど、だけどよお……人として、大事なもん失ってまで生き残んのは――俺はぜってー嫌だぜ……」
ガルカはゼファーの想いをしかと確かめていた。
後はどう行動するかについて確かめるだけだ。
「それで? 君はどうするつもりなの?」
「俺は……俺は……お前と同じだ」
ガルカの目がわずかに見開かれる。
「助けを求める人たちは……見捨てる。お前と同じ選択だ。だけどなッ……俺は――俺ァは今日この日、助けるべき命を見捨てた罪を一生背負って生きる!」
そう決意を表明し、ガルカの目を正面から見つめる。
「お前はどうなんだよ、ガルカ?」
ガルカの顔は固さが取れて、優しい顔つきに変化していた。
「ねぇその罪さ、僕も一緒に背負っていいかな?」
「……フンッ、好きにしろ」
「ありがとう、ゼファー」
ゼファー的には気恥ずかしさがあったのだろう。ガルカと目を合わせずにそう言っていた。
すると押し黙ったゼファーが、すっと自分の右手を差し出す。
「え?」
それを見たガルカは右手の意図を測りかねていた。
「分かれよ、ったく……仲直りの握手に決まってんだろ?」
「何かさ、恥ずかしいんだけど……」
「ただの握手で恥ずかしかってんじゃねーよ。こっちまで恥ずかしくなるだろーがっ、ほら早くしろ」
「わかった、わかったよ……はい、仲直りの握手」
二人してやや照れながらも、熱く互いの手を握る。
照れ隠しなのかはわからないが、ガルカが力比べのようにグッとゼファーの手を握りこんでいた。
それに対抗して、ゼファーもギュッと力を入れる。
「ぐぐぐ、負けてたまるかァ……」
「先に仕掛けた僕が言うのもアレ何だけどさ? これって、仲直りの握手だったよね?」
「男と男の握手はこんなもんだろ?」
「そうなの?」
「そうなのッ!!」
こうして、二人は初めてお互いの名前を呼び合い、固く握手を交わした。
それは確かな絆が生まれたことの証明でもあった。
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