第12話 バンダナ頭の少年、ガルカとの出会い
「ねえ! しっかりしてッ……起きないと死んじゃうよ!」
俺は頬を誰かにひっぱたかれて、意識を取り戻す。
どうやら仰向けに倒れていたようで、俺の正面には燃え盛る炎が宿ったかのような緋色の瞳があった。
その瞳の持ち主は俺と同い年くらいのヒューマンの少年。赤黒い色をしたツンツンヘアーとヘアバンダナを身につけており、誠実で真面目そうな印象を覚えた。
(今のビンタ……ちょっと痛かったな――って、あれ? そうだ! あれからどうなったんだ!)
俺は自分の体を見下ろして、両手がしっかりとついていることを確認する。
その腕で全身をバババッと確かめたけど、どこも怪我していなかった。良かった。あれから魔物や魔獣に襲われることはなかったらしい。
もしかすると俺って、ものすごく運がいいのかもしれない。
それとも俺の知らないうちに、誰かが助けてくれたとか。
目の前のこいつがそうだったり?
何気なく見回すと周囲は薄暗く、夕暮れ時のような明るさだった。
どうも、地上と連動して魔界にも昼夜が存在するみたいだ。ちなみに、この場にいるのは俺とこいつだけ。ラークの死体はどうやら持ち去られたようだ。
バンダナ頭が指を二本立てながら訊いて来る。
「よかった。気が付いたみたいだね。これは何本に見える?」
「……二本」
「よし、自分の名前と年齢は?」
「ゼファー、十三歳」
「多分、大丈夫そうかな。僕はガルカ。ガルカ・コルベリク。ゼファーと同じ十三歳、冒険者。よろしく頼むよ!」
そう自己紹介しながら、バンダナ頭が俺に手を差し伸べる。
俺はその手を握り返すと、グッと引っ張って立ち上がった。
「あ、あぁ……よろしく――って、俺と同じ十三歳で冒険者!? どうやったんだ、まさか……」
「僕はこのシャリオンの外から来たんだ。例の法律は知ってたからね。冒険者登録を済ませてから、ここに来たのさ」
「あぁ、なるほど。そのパターンがあったか」
バンダナ頭が真剣な顔で聞いてくる。
「聞きたいことがあるんだけど、ここで一体何があったの?」
そう言われて周りをよくみると、大量の血が飛び散った跡が残っていた。
これはきっとラークのものだろう。とりあえず、俺の身に起こったことをかいつまんで話す。
バンダナ頭は俺の肩を叩いて、俺の苦労をねぎらう。
「運が良いんだか、悪いんだか。
「そうなんだよ、実は冒険者ギルドでも色々あって……ってお前、
「あぁ、それは、ふふ……君ってあれだろ? 冒険者の金玉蹴り上げた大馬鹿者として、怖い大人たちに追われてる
俺は金玉のおっさんこと、ボルゴル・デーンの金玉を蹴り上げたこと。それとガムラン・ノブレスファミリーとの騒動を思い出す。
カルロとかいう厳ついおっさんが俺に懸賞金を賭けて、他の冒険者を煽っていたが、バンダナ頭もどこかでそれを聞いたんだろう。
俺はバンダナ頭を警戒しながら言う。
「おいバンダナ頭。懸賞金のために、俺を捕まえる気か?」
「まさか。僕は地獄と化したこの第二層から、生きて脱出するための協力者が欲しくて声をかけたんだよ」
「第二層が地獄?」
「
「マジかよ。じゃあ、お前の仲間も首を……」
「いや、僕が出会ったのは違う個体だよ。鎧を着た人の上半身に竜の下半身、手には槍を持ってたから……多分、重騎士なのかな?」
この場にいるのは俺とバンダナ頭だけ。つまり、こいつの仲間は……。
「やられたのか?」
「一人は確実にね。突然、現れた
「そっか、気の毒にな」
「まあ、仲間と言っても名前しか知らないんだけどね」
「……は?」
バンダナ頭の話によると、コイツ本人はこの街に来たばっかりでまだソロだという。そんな折り、黄金の扉が複数出現。稼ぎに行きたいが一人じゃ、と冒険者ギルドでうろうろしていたら、ギルド職員が臨時即席パーティーの募集をしていたらしい。
これだと思ってそれに申し込んだバンダナ頭はギルド職員の誘導に従って、初めて会った冒険者と臨時即席パーティーを組んだというわけみたいだ。
「そういう訳だから、君が気の毒に思う必要はないよ。実質、ただの他人みたいなもんだし」
「そ、そっか」
バンダナ頭は割と淡白な人間らしい。人の心があるのかどうかも怪しいぜ。
とにかく、今の状況は相当にヤバいというのはわかった。
一難去ってまた一難というヤツだ。
「しっかし、まじかあ。はあ、せっかく助かったと思ったのによお……こりゃあ、あんまりだぜ」
俺が出会った気味悪い老婆みてーなヤツが一体、バンダナ頭が出会った重騎士ってヤツが一体。やべー黄金の怪物から逃げながら、上の階層を目指さなきゃなんねーのか。
俺はげんなりしながら、指を二本立てて言う。
「まあ、やべーのは二体だし、運よく出会わなければワンチャン――」
バンダナ頭が食い気味に否定する。
「――最低五体だよ」
「はあ? なんで?」
「君はクレハ様が配ってたビラを見てない? あれによると黄金の扉は五つ。扉に描かれたシンボルはそれぞれ
「マジ、かよお……じゃあ、今の俺たちって」
「うん」
「めちゃくちゃやべーじゃんかよおぉおおお……」
絶望的な状況を知って戦々恐々とする俺に反して、バンダナ頭の奴は何故か笑みを浮かべていた。
「ふふ……ここまで絶望的だと、何か逆にワクワクしてくるね」
何だコイツ。絶望的過ぎておかしくなったのだろうか?
丁度いい。これはさっきのお返しに、俺がビンタで正気に戻してやらねーと――。
「――いったぁ!? なッ、なになに! 何で急にビンタしたのさ!」
「いやだって、こんな絶望的な状況でヘラヘラしてるもんだから、とうとう頭がおかしくなったのかと……」
「君……もしかして、僕がビンタしたこと根に持ってる?」
「…………いッいやぁ~全然?」
そう言って、俺はあからさまに長い間を開けた上で、目をそらしてしまった。くそ、これじゃあバレバレじゃねーか!
どうも、俺は嘘をつくのが下手くそらしい。
「その反応、めっちゃ根に持ってるやつじゃん。ふふふッ……その負けず嫌いな性格、僕は嫌いじゃないよって、こんなことしてる場合じゃないね」
バンダナ頭を周囲を見回して言う。
「君って多分、
「え? あぁ、確か……洞窟内で逃げるために捨てて、そうだ! 太っちょが背負ってたはずだぜ!」
俺は太っちょこと、ゲロッグが消えていった方に進む。
「ハッハア~……どうやら運はまだ残ってるみてーだぜ」
少し開けた草っぱらにバックパックがポツンと脱ぎ捨てられていた。
その近くにはゲロッグが持っていた杖もあった。多分、ここで襲われたんだろうな。
俺はバックパックを開きながら、使えそうなものがあるかバンダナ頭に聞く。
「何か使えるヤツあるか?」
「中級ポーションが一本、救難信号スクロール一個と……爆砕火炎爆弾が五個。う~ん、銀等級冒険者にしてはしょぼいアイテムしかないけど……まあ、ないよりはマシだね」
中級ポーションとやらが青色の液体が入ったガラス瓶で、救難信号スクロールが黒地に黄色の線が入った筒状の道具らしい。爆砕火炎爆弾とかいう物騒なのが、短い棒の先端に赤い球体がくっついたヤツでそれが五個あった。
「じゃあ、このバックパックはゼファーが持っててくれる?」
「あぁ、任せろ」
「うん、それじゃあ移動しようか」
こうして、俺はバンダナ頭の少年と行動を共にすることになった。
§ § §
あれから一時間ほど移動した結果、ようやくゼファーとガルカの二人は樹海を抜け開けた場所に出ていた。
ただついに夜のとばりが降りてしまい、第二層はまばゆい月明りが支配する銀色の世界となっていた。
「ようやく樹海を抜けたみたいだね。でも……」
「あぁ、この先は行き止まりで――崖みてーだな」
そこは標高が高く、辺りが見渡せる高台のような場所だった。
ゼファーが崖の下を見下ろす。
「下は……っと、川みてーだな。流石にこの高さから飛び降りるのはあぶねーか」
「また樹海に戻って、別ルートを探してみる?」
「う~ん、一旦ここで、救難信号スクロールを使ってみるっつーのは?」
「それは……他の冒険者じゃなくて、逆に
「あぁ~そのパターンもあったかあ……」
ガルカが覚悟した表情で決断を迫る。
「どの道、僕らだけで逃げ回っても勝ち筋はほぼない。だったら、頼りになる冒険者が来る可能性を信じて、使ってみてもいいんじゃないかな? どう?」
「ハハッ……そうだな。乗ってやってもいいぜ? その提案」
「一応、聞いておくけど……
「んなの決まってんじゃん。そん時はぁ――」
ゼファーは川を指さして言う。
「――神様に祈りながらのワンチャンダイブだ!」
「あははっ……生き残れたとしても、一生悪夢でうなされること間違いなしだろうなぁ」
そう言って、ガルカは救難信号スクロールを開くと、紙に描かれた魔法陣が露になる。
それを地面に置き、円の中心に手を乗せると、書き込まれた魔法陣が中心から順に赤く光だす。
ガルカがスクロールから離れた瞬間、術式が起動し魔術が発動する。
魔法陣の中心から赤い光が花火のようにヒューっと射出。上空でバーンと大きな音と共に炸裂し、周囲一面を赤色の強い光が煌々と照らしていた。
上空の赤い光を見つめながら、ゼファーが笑う。
「さあ~て、ここに来るのは……救いの女神か――」
「――黄金に輝く死神か」
背後に崖を背負った二人は、緊張した面持ちで樹海の入り口を見つめる。
すると、崖の向こうから複数の炸裂音が響き渡る。
ビックリして振り返ったゼファーの目に映った光景は――いくつもの赤い光に照らされた第二層だった。
それはあちこちから打ち上げられた救難信号スクロールの赤い光。
つまり、ゼファーたちだけでなく、沢山の冒険者が助けを求めていることの証であった。
「マッ、マジかよおぉ……えぇ? こ、これってさあ、激ヤバじゃね?」
「……だね。でも、僕は死ぬ気なんて全然しないけど」
「ふ、ふんッ……俺だって、ぜッ全然へっちゃらだもんね」
なんて二人して虚勢を張っていると、彼らの背後。樹海の入り口付近でがさがさと樹々が揺れる音がしていた。
しかし、人や魔物、魔獣の姿は見当たらない。なのに、チリンチリンとかすかな鈴の音が混じっているのが、嫌な緊張感を刺激し、不気味さを漂わせていた。
敏感な五感で何かを感じ取ったゼファーが、ガルカに話しかける。
「なあ、バンダナ頭。この感じは多分……
「え!? あいつらの気配が分かるの? 君?」
「何となくだけどな……そういう訳だからさ? 今の内に、バックパックから何とかっつー爆弾出しといてくれ」
「わかったよ」
「じゃあ爆弾をぶち当てて、敵を怯ませたら川にダイブだぜ」
そう言いながら、ゼファーは足元の石を手に取ると、
「そこにいるのは分かってるぜえーッ! 出てきやがれ、臆病者!!」
と叫びながら石を投げた。
放物線を描きながら飛んで行った石は、何もないはずの場所でコツンと何かにあたって地面に落ちる。
すると次の瞬間、ぬぅっと
「す、すごいッ……本当に見えてるのか? 僕には全然分からなかったのに」
ガルカがゼファーの意外な能力に驚いていた。
ずんずんと地面を揺らしながら、
その風貌を一言で言い表すなら、不気味な雰囲気を漂わせた道化師。
縦長で鋭利な形状をした金色の仮面。それの一部を覆うように緑色の長髪が垂れ下がっていた。
またVの字に裂けた口の端が、縦に裂けた目と交差して十字を刻む。
その十字の目の周りは緑でメイクアップされ、金色の仮面の下部には、ラークを殺した
さらに、頭には王冠の様な帽子を被り、とんがった布の先に複数の鈴がぶら下がる。
これがチリンチリンという鈴の音を響かせていたのだ。
胴体はというとドラゴンというよりもワイバーンで脚は二本。翼が生える位置から、翼代わりに幅広な五本指の巨大な手が生えていた。
それが広げられると、手のひらにある人間の巨大な目がこちらを伺う。
あまりにもおぞましく嫌悪感を抱く醜悪さであった。
「これは……
そう言いながら、ガルカは敵を刺激しないように慎重な動作で、事前に取り出した爆砕火炎爆弾を手に取っていた。
一方で、冷や汗をかき緊張した様子のゼファーが、ガルカから爆砕火炎爆弾を慌ただしく横取りする。
「俺もやるぜ! そら、食らいやがれッ!??」
投げ放たれた爆砕火炎爆弾を見て、
そこに爆弾が当たって地面に落ちるが、いつまで待っても何故か爆発しなかった。
「バッ、バカ!? 投げる前に起動しなきゃ、爆発しないんだよ」
「えぇ!? そッ、そんな大事なことは、先に言ってくれよお……」
「ファ~ッファ~ッファ~ッファ~ッ!!」
「くッ、くそがよお……バカにしやがってえぇぇぇ」
悔しがるゼファーの隣で、冷静沈着なガルカは爆砕火炎弾を起動し、
「ふんっ」
と口角を上げて笑う大口目掛けてスローイン。爆砕火炎爆弾は見事に大口に吸い込まれ、すぐに大爆発する。
「ブファッ!? ヘアァ~~~ッ!?」
「あはは、君ってホント面白いね! きっと笑いの才能でもあるんじゃない?」
「笑いの才能なんて、冒険じゃ役に立たねーだろ。いらねーよ、そんなもん!!」
目の端の涙を拭いながら、大笑いするガルカ。
それに対して、不服そうに言い返すゼファー。
そうやって二人で言い合いながら、崖から飛び降り川へダイブする。
「うぉオオオーーーッ!? 俺は自由の鳥だぁアアアーーーッ!!」
「ただし、飛べないタイプの鳥だけどねぇエエエーーーッ!!!」
ゼファーとガルカの二人は大きな水しぶきを上げて、川へと着水した。
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