第10話 ビーロン発狂

「いったい、なんなんだぁ……こりゃあ?」


 ビーロンは目の前の不自然な光景を見て、怪訝な声を漏らしていた。


 ラーク一行が今いる場所は辛うじて土色の地面が露出した道もどき。それは蛇のように蛇行して湾曲。脇に生える樹々には炎系の魔法が撃ち込まれたのか、所々が黒く焦げてくすぶった煙を上げていた。

 また樹の幹には弓矢が刺さっており、それら戦闘の跡はあちこちに点在しているという奇妙な有り様だった。


「多数のアンデッドが囲む様に追いかけたんでしょうか?」


 そう語るのはスキンヘッドのベスであった。


 彼の問いにラークが答える。


「どうだろうな。しかし、ここにも魔物の足跡や痕跡はなし……か」


 大人たちの緊張が伝わったのか、荷物持ちポーターを務めるゼファーがぽつりと言葉を漏らす。


「なんかさあ~これ、敵の姿が見えないから手当たり次第に魔法撃ちまくった……って感じしねー?」


 大人たち全員の視線がゼファーに集中する。

 誰もがその可能性を想像し、そんなものを相手にどうすればいいんだ、と不安そうに冷や汗を垂らしていた。


「すっげぇ~嫌な感じだぜ。俺ぁ、この先に行きたくねーなあ……」

「だよな、だよなあ!? おいラーク! 直感や五感に優れた小人族ピースリングスがこう言ってるんだぜ? やっぱ、やべえって! この先は……」


 ゼファーの言葉に、滝汗を流すビーロンが激しく賛同の意思を表明していた。


「だとしても、やはり今、撤退するのは……なしだ」

「ちくしょう! ラークの頑固者め!?」


 精神力をガリガリと削られているビーロンを、ラークがなだめる。


「いいか、ビーロン? この先を確かめると言っても、なにも無茶したり死ぬつもりはねえんだ。やべえのに遭遇したら即撤退するつもりだ」

「しかしよお……」

「安心しろ。この第二層には今、黄金の扉のせいで大勢の冒険者がわんさかいるんだぜ? 救難信号スクロールを使えば、すぐにでも誰かが駆けつけてくれるさ」

「……そうだと、いいけどなあ――」


 それはビーロンのセリフと同時だった。

 カランカランカランっと骨がぶつかるような乾いた音が周囲に響く。


 ラークたちに緊張が走り、全員が戦闘態勢を取った。


「――敵か!?」


 しかし、周囲のどこにも魔物や魔獣の姿はない。

 ただシンと静まりかえった静寂だけがあった。


「後ろだッ!?」


 突然、そう叫んだのはゼファーであった。

 その声を合図に全員が背後に注目する――が、そこには何もいなかった。


 酷く困惑してしまうラークたちはただただ沈黙。しばらくの間、五人は石像のように体を硬直させるも、ビーロンが沈黙を破る。


「こんのクソガキィッ!? 命がかかった状況でふざけんじゃねえ!??」


 ビーロンの叱責とゲンコツがゼファーを襲う。


「いッッってぇ~~~ッ!! 嘘じゃねーって! 確かに、なんかがいたような気がしたんだって!!」

「何もいねえじゃねえか!?」

「いやいやいや、えっと、あの……ほらっあそこの樹の上とか、どう?」


 ゼファーが指さす先をビーロンが真剣な顔で凝視する。


「あぁん? ……やっぱ何もいねえじゃねえか!! 大人をおちょくるのも体外にしやがれ!!!」


 再び、ビーロンのゲンコツがゼファーを襲う。


「あいッッってぇ~~~ッ!! 暴力反対! 暴力反対!」

「その痛みはてめえの自業自得だ! くだらねえことしてっからそうなるん――」


 ラークたちの背後でトストストスっという音と同時に、弓矢が地面に突き刺さっていた。


「――スケルトンだ! 敵は小隊を組んでやがる! 油断するんじゃねえぞ!!」


 リーダーであるラークが緊張した声で叫んでいた。

 矢が飛んできた方向はゼファーやビーロンが行きたくないとごねた方からであった。


 敵のスケルトンは合計で七体。剣と盾を構えたスケルトンソルジャーが四体、弓をつがえるスケルトンアーチャーが三体という内訳だった。


「弓持ちはベスとゲロッグでやれ! 俺とビーロンは目の前のスケルトンソルジャーだ!」


 ラークの指示により、全員が瞬時に動き出す。


 剣士ソードマンのラークと戦士ウォリアーのビーロンが、スケルトンソルジャー四体を相手取る。

 そうして前線が形成されたと同時に、その背後に控えるスケルトンアーチャーをベスが弓矢で、ゲロッグが魔法で迎え撃つ。


「フレアショット!」

「フレイムジャベリン!」


 炎の矢と炎の槍がスケルトンアーチャーに着弾。あっという間に三体のスケルトンアーチャーはバラバラの骨と化す。


 勢いそのまま、一気に畳みかけるラークとビーロンの二人。銀等級というのは伊達じゃないらしく、瞬時に四体のスケルトンソルジャーは処理された。


「すっげぇ~、おじさんたちってちゃんと強ぇんだなあ……」


 ぼうっと突っ立つゼファーにビーロンが告げる。


「なぁにぼさっとしてんだ。ほら、てめえの仕事だ。さっさと魔石を拾いやがれ」

「あっ、わりぃわりぃ」


 ゼファーは地面に散らばる合計七個の薄紫色をした魔石を回収すると、ただの骨と化したスケルトンソルジャーの骨片を手に取る。


「なあ、これも回収すんの?」

「あぁ? いらんいらん。魔石を失った魔物の体はすぐに銀の砂になるだけだ。捨てとけ」


 そうビーロンが言ったのと同時に、スケルトンソルジャーの骨片はその全てが銀の砂となってしまった。


「おぉ~? マジで砂になっちまった」

「理屈はよくわからんが、魔物や魔獣は魔石を失うと銀の砂になるんだよ。ほら、シャリオンの外に銀砂漠が海みたいに広がってるだろ? あれ全部、魔物の残りかすなんだぜ? ビビるだろ? あれは大昔に魔物と人間が戦った、大戦の名残なんだとよ」

「ふぅ~ん?」


 ゼファーのよくわかっていない反応は壁の外を見たことがないから。ビーロンの説明はあまりピンと来ていないようだった。


「よし。それじゃあ、先に進むぞ……皆、いいな?」


 全員が頷いたのを確認して、ラークを先頭に冒険者たちの足跡を辿る。


 それ以降、スケルトンの襲撃はぱったりと途絶え、強化変異種のアンデッドと遭遇することもなく、無言で歩き続けること十数分。ぽっかりと薄暗い大口を広げた洞窟が目の前に現れた。

 そして、冒険者たちの足跡はその中に続いていた。


 ゴクリと誰かがつばを飲み込む音。最初に口を開いたのはビーロンだった。


「よし! 俺がここで退路を確保してるから、お前らで中を見てこい!」

「ダメだ。お前もついてこい」

「くそッ……」


 ビーロンのその場しのぎの提案はラークによって一蹴されてしまった。


「ゼファー少年、マジックトーチで洞窟内を照らしてくれ」

「マジックトーチ?」

「腰に巻き付けた装備ベルトにあったはずだ。棒に玉が付いてるヤツがないか?」

「えっと……あぁ、これか」


 ゼファーは腰の後ろに刺してあったそれを手に取る。


「これを……どうすんの?」

「玉の部分を右に捻ってみろ」

「こうか? おぉ」


 すると玉の部分がキラキラと強い光を放ち始めた。

 それは洞窟内を照らすには十分な光の量であった。


「覚悟はいいな? 行くぞ!」


 ラークを先頭に、全員が洞窟内へと足を踏み入れた。


 その洞窟内は天井が高く、ほぼ一本道であった。

 生き物の気配はなく、つんと死の香りが充満していた。


「こいつぁ、血の匂いだな」


 ビーロンのつぶやきとほぼ同時に、通路よりも広い空間に行き当たる。

 どうやらここで行き止まりらしく、広い空間の奥には――四人分の全裸遺体が壁に吊るされていた。


 そのどれもが頭部がなく、ミイラのように茶色く圧縮されていた。それはまるで大きな手でギュッと押し潰されたかのような所業であった。


「あぁ、あぁあぁぁ、何なんだよこりゃあ……酷ぇ、酷過ぎるッ!! どういう殺し方されりゃあ、こうなるんだよおぉおおお!??」


 消耗していた精神がとうとう限界に達してしまったビーロンは酷く取り乱し、赤子のように発狂していた。


「お、おおお俺たちもこうなっちまうってのかよお!? 俺は死にたくねえ、死にたくねえ、死にたくねえよおぉおおお!!」


 ビーロンは首から下げた首飾り――太陽を象った宗教的シンボル――を両手で必死に握りしめる。

 その両手は手のひらを開き、ツンと指を伸ばしたパーの状態。手を合わせた時に、ちょうど十本の指が重ならないよう互い違いに並ぶことで、横から見ると太陽の様な形になっていた。


 きっとビーロンは信心深い人間なのだろう。

 必死の形相で神に救いを求めていた。


「おおお俺は悪くねえ! 悪ぃのは貴族のクソジジイなんだ! だからどうか、どうか……どうか命だけはッ命だけはぁあああァッ!?? そ、そうだ。悪いことはもう今回限りにしますからあぁあああッ!! 足を洗って真人間として生きていきますからぁあああッ!!!」

「落ち着け! いいから落ち着きやがれ! 急にどうしちまったんだ、ビーロン!」


 ラークが羽交い締めにするもなおも止まらない。


「こッ、ここここいつらと俺らは同類なんだ! 皆、腐れ外道なんだ! 極悪非道の大悪人なんだよお!! きっと悪さしすぎて天罰が下ったんだ!? だから、こんなむごい死に方しちまったんだよぉおおおッ!??」

「おいベス! こいつを抑えるのを手伝え!」

「わかりました!」


 二人がかりで体を抑えられてもなお、ビーロンは暴れるのを止めない。

 

「くそッ! 何だこの力はッ……ゲロッグ! こいつの口を塞いで、今すぐ黙らせろ!!」


 ラークの指示を受けたゲロッグが急いでビーロンの口を塞ぐ。

 しかし、口を覆うゲロッグの手にビーロンが噛みつく。


「ぎぃやぁァアアアーーーッ!??」


 いよいよ収拾がつかなくなり、カオスと化す洞窟内。この際、仕方なしにとラークはゼファーにまで応援を頼むはめになる。


「おい、ゼファー少年!」

「いやいやいや、無理だって! 俺の細腕じゃ、のっぽのおっさんはどうしようもないって!!」


 ラークがゼファーを頼ったことで、ビーロンの視線がゼファーに向く。


 そして、それが引き金となる。


「あぁあぁぁぁ……もうイヤだ、イヤなんだァアアアーーーッ――」


 次の瞬間、ビーロンの口からとんでもない悪行が暴露される。


「――小人族ピースリングスのガキの目ん玉を生きたままくり抜く仕事なんて、もうしたくねえよおぉおおおッ!!」

「てめえッ――」


 ビーロンの口からまろび出た暴露に、ラークの顔がクシャッと歪む。

 まさか仲間によって悪事が暴かれるとは、微塵も想像していなかっただろう。


 しかし、それはゼファーも同様であった。


「は、ぁ? め、目ん玉を……くり抜くって? 生きたまま?」


 突如、ビーロンの口から暴露されたラークたちのおぞましい目的。


 それを聞いたゼファーは口をぽかんと開けて唖然としていた。

 なにせ、想像していたよりもかなり酷い悪行が飛び出したからだ。


「済まねえ、済まねえ、済まねえ……」


 ビーロンが自らの罪を白日の下に晒してしまったのは、恐らく長年積み重なった罪の意識のせい。きっと昔は彼にも夢があって、それを目指すために冒険者になったのだろう。


 しかし、現実は残酷だった。


 貴族特有の変態趣味がもたらす醜く理不尽な命令。邪悪な欲望を含んだそれに逆らえず悪行を重ねる日々。元々、小心者だった彼の心が壊れるのは必然であったのだ。


 混迷極めるこの状況で、いち早く動いたのは――やはりラークであった。


「ベス! ガキを捕まえて、拘束しろ!」


 ラークの指示通り、ゼファーを捕まえようとすぐさま動き出すベス。


 しかし、ビーロンを抑えるのがラーク一人になったことで、ついにビーロンが拘束を振りほどく。


「うがぁあああーーーッ!!!」


 ビーロンが背負った戦斧をベスめがけて、力任せにぶん投げた。


「なッ!?」


 ベスはバックステップで戦斧を回避。ゼファーとベスの間の地面に、戦斧が突き刺さった。


「ビーロン! あなた、自分が何をしているのかわかっているのですか!」


 キッと睨みつけてそう言うベスを無視して、ビーロンはゼファーに怒鳴る。


「ボケっとしてねえで逃げろ! 逃げやがれぇえええッ!!」


 その声にハッとしたゼファーはバックパックを捨て去り、脱兎の勢いで走り出したのだった。

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