第9話 不穏な痕跡の数々

「間に合わなかった……のか?」


 ラークたちは地面が露出した荒れ地のような場所に立っていた。

 そこの真ん中辺りに生えている一本の枯れた巨木。その根元に冒険者が身につける装備があちこちに散らばっていた――血にまみれた状態で。


「とりあえず、ここで何があったのか調査する。ベスは奥の方を調べてくれ、ビーロンは周囲の索敵、ゲロッグはこの装備の持ち主かその仲間の捜索を頼む」

「俺は?」


 そう尋ねるゼファーに、ラークは面倒くさそうに答える。


「あ~、ゼファー少年はウロチョロせず、ここでジッとしてろ」

「何もしなくていいのか? じゃ、楽にしてるぜ」


 それから、ラークは血まみれの装備に目を向ける。


「この血の量だ。持ち主はほぼ確実に死んでるだろうな……しかしいったい、ここで何があった?」


 ラークはこの開けた場所の周囲に目を向ける。

 しかし、魔法による戦闘の跡すらなかった。


「戦闘の痕跡も匂いもなし。じゃあ、戦闘が行われたのはここじゃないのか?」


 次に地面に目を落とす。そこに残っていたのは人の足跡のみだった。


「ん? 人の足跡だけか。てっきり、魔物と戦ってると思ってたが……まさか黄金の扉を巡って冒険者同士で何かトラブったか? いや、違うな。人同士の争いなら証拠隠滅を図るはず。なのに死体だけ隠して装備を残すなんざあまりに不自然。ってなると魔物だろうが……この状況は意味不明すぎるな」


 そう言いながら、ラークは冒険者が身につけていたであろう装備を検分する。


 恐らくは一人分の武器と防具。片手剣に円盾サークルシールド甲冑アーマー装靴グリーブ籠手ガントレットなどなど。散らばった防具の種類からして、多分タンク役――敵の攻撃から仲間を守って、敵を引き付ける役割を持った職業型ジョブタイプのこと――の装備だろうか。


 地面にしゃがんだラークが籠手ガントレットを拾い上げる。

 それは外から相当の圧力がかかったのがぐしゃっと歪んでいた。


「魔界で冒険者の死体を見つけた場合、無理のない範囲で現場を保持しつつ、ギルドに報告するのが義務ではある。しかし……事情聴取や調査協力やらでかなり時間取られて、面倒くせえんだよなぁ。まあ、仮に義務違反をしたとしても軽い罰金刑を課されるだけだが……」


 それについて、ゼファーが気になることを尋ねる。


「おいおい、そんなんに時間取られたら、黄金の扉争奪戦に出遅れるじゃねーか。っつーか、その報告義務って何か意味があんの? どうせ冒険者なんて、いくらでも変わりいるじゃん?」

「え? あぁ~別にそれ自体、全くの無駄っていうわけじゃねえぞ? ちゃんと実戦的で有用なシステムではあるんだ。ただ面倒くさいだけで」

「ふぅ~ん?」

「えっとだな、赤神官っつー過去を見通せる神聖魔法を持った存在がいるんだが……そいつを護衛しつつこの場所に連れてきて、冒険者が死んだ原因を特定し、解析。対策を考案したあと、他の冒険者に共有する。実際にそれを繰り返したことで、効果的に死亡率や負傷率が下がったという実績もあるんだぜ? 中々に画期的な攻略方法だとは思わないか?」

「へぇ~、冒険者ギルドってちゃんとしてんだなあ~」


 そんなやり取りをしている二人の下に、戦斧を肩に担いだビーロンと杖を持ったベスが戻ってくる。


「周囲をあらかた索敵したが、魔物の姿は一切見あたらねえ」

「そうか。それでベス、死体はあったか?」

「死体、どこにもない。仲間、どこにもいない」


 ラークは驚いた様子でもう一度聞き返す。


「何? 死体がどこにもない……だと?」

「うん、なかった」

「……魔物がわざわざ死体を持ち去ったつーのか? 何のために?」


 ビーロンがこの現場についての報告をギルドに上げるのか尋ねる。


「そんでどうするよ? こいつはギルドに報告するのか、それともしねえのか」

「そうだな。まあ、死体がないのなら報告の義務の範囲外と考えていいだろうが……」


 そこにゼファーが口を挟む。


「今は黄金の扉のせいで、冒険者ギルドも大忙しで余裕なかったりすんじゃねーの?」

「ほう? 冴えてるじゃないか、ゼファー少年。それもそうだな。今回は事後報告にしてしまおうか」


 ラークは背後に控えるゼファーに指示を出す。


「ゼファー少年。一応、散らばった装備を回収しておいてくれ」

「えぇ~この血まみれのヤツをか~?」

「あぁ、そうだ」

「現場の保持とやらはいいのかよ?」

「それは無理のない範囲という前提の上で成り立ってるんだ。今回は色んなイレギュラー要素マシマシだからな。臨機応変な対応ってことにすりゃなんとかなる」

「はあ……冒険者さんは人使いが荒いぜ」


 ゼファーは渋々な様子で血まみれの装備を回収し始めた。


 そこに弓を背負ったベスが何かを見つけてラークに報告してくる。


「ラーク! この奥の方には一目散に人が逃げた足跡が残ってます。人数は四人。ですが、色々とおかしな点が……その、地面に残った足跡を見て何か気づきませんか?」

「何だもったいぶって……いいから言ってみろ」


 ベスは額の汗を拭いながら、緊張した様子で話し始める。


「襲われた人の足跡は残っているのに、襲ったであろう魔物の足跡……いや、痕跡すらないんです。ここ第二層には大空を羽ばたく魔物なんて存在しないというのに……ですよ?」


 ラークたちがパラシュートショートカットを使う決断をしたのは、この第二層に飛行系の魔物がいなかったからである。

 その理由としては、彼らは一様に寒さに弱いのだ。

 この第二層の下の第三層は雪原が広がる極寒の地で、そこからの冷気が中央大穴を通して上がってくる環境にある。それが影響しているのだろう、というのが魔物学者の理論であった。


 ラークがビーロンと顔を合わせるも、ビーロンは首を横に振って心当りがないと意思表示。


 ベスからもたらされた不可解な情報に、ラークが仮説を立てる。


「ここに戦闘の形跡はないから、襲われた冒険者はどこか別の場所で殺されて、魔物がこの開けた場所の外から装備を投げ捨てて廃棄した。という可能性はどうだ?」

「いえ、冒険者が襲われた場所は……確実にこの場所です」

「何?」

「見て下さい、この開けた場所に入ってくる入り口付近には、五人分の足跡があります。それが逃げていく際には四人に減っているんです」

「なるほど……お前の仮説の方が正しそうだ」

「それともう一つ、この装備の持ち主が殺された場所は――この枯れた巨木の上です」


 ゼファーを除いて、ラークたち全員が枯れた巨木を見上げる。

 しかし、とくに違和感などはなく、普通の枯れた巨木としか見えない。


「この巨木の裏に、その証拠があります。来てください」


 そうベスが促し、ラークたち四人が巨木の裏に回る。


 一方、ゼファーはというと血の付いた装備をなるべく触らないようにと、木の枝を駆使して回収を試みていた。

 そのあまりに呑気な様子からして、大人たちの張り詰めた雰囲気には気づいていないようだった。


「私も、向こうに行って戻って来るときに気づいたのですがね……これです」


 ベスが指さす、巨木の太い幹の天辺付近から、大量の血が滴り落ちていた。


「なんだこりゃあ……どういう死に方すりゃあ、こうなるってんだよ」


 ビーロンが愕然とした様子で上を見上げながら、そう言った。


「ひぃ~、オデ、こうなりたくない。オデ、大丈夫、大丈夫」


 ゲロッグは何かに祈るように手を合わせていた。


「この凄惨で不可解な現場……異常じゃないですか? あまりにも常軌を逸してて普通じゃない。きっと正体不明の敵は、我々の想像以上に恐ろしい化け物な気がするのです……」


 そう不安げな様子でベスがラークに尋ねた。


「そうか、わかったぞ! ここで殺された冒険者は待ち伏せにあったんだ! 襲ってきた魔物は恐らく……アンデッド系の魔物だろう。奴らは死んでて気配が希薄だから、きっと死角に隠れてた奴を見逃して、不意をつかれたんだ。そしてその後、逃走する際に魔法を撃ったんじゃないか?」


 人間という生き物は未知に遭遇した時、持っている知識と常識に無理やり当てはめようとするものである。恐怖や不安をかき消すために。


 そして、それはこのラークも同じであった。


「アンデッド……確か、三年前あたりからディオ・ラ・レヴナで異常に増え始めた魔物ですね。なるほど、その可能性は大いにありそうですね」


 元々、このディオ・ラ・レヴナ第二層には樹海に相応しいゴブリンやオークなどの人型の魔物が多く生息していた。


 しかし、三年前のある時期を境にアンデッドが異常増殖。ここにいたゴブリンやオークはアンデッドの侵食にあいアンデッド化。ゴブリンゾンビやオークゾンビとなり、樹海をさまよう屍になってしまった。


 ラークとベスが思い当たる可能性にたどり着き、不安を払しょくするがビーロンはそうじゃなかった。


「なあ、聞いていいか? 冒険者を襲った魔物がアンデッドだったとして……逃げる側の足跡が残り、追う側の足跡が残ってねえのはいったいどういう理屈なんだ? バカな俺に説明してくれよ」


 その問いに答えたのはラークだった。


「それは……足跡が残らない草の上や岩、そうだ! 樹の上を飛び移りながら移動したんじゃないか?」

「本来、のろまなアンデッドが……か?」


 次に答えたのはベスだった。


「魔界で特定の魔物が異常増殖し始めるのは、魔王が生まれる前兆だと聞いたことがあります。ですがここは第二層と浅い場所。それを考慮すると、冒険者を襲ったのは強化変異種のアンデッド……だったのかもしれませんね」

「強化変異種のアンデッド? 俺はそうは思えねえ! 考えてみろ、今この第二層じゃ黄金の扉がわんさか湧いてるんだぜ!? こんなの前代未聞だ!! ここで襲ってきた魔物が魔王だったってのも、十分あり得るんじゃねえのか!??」

「そんなこと、あるはずがない! もし、そんなことが過去に起きていれば、地上に魔物が溢れて人類なんて滅んでいますよ!」

「今回が初めてっつー可能性もあるだろうが!!」


 熱くなったビーロンとベス。議論を通り越して、喧嘩へと発展しそうになった時、ラークが二人の間に割って入る。


「二人ともやめろ!!」


 それから、リーダーとして結論をまとめる。


「ここで何があったかをいくら話し合っても、それはただの憶測にしかすぎない。だが、今確実なのは誰かがここで死んだということだけ……まあ状況的に、何かしらの強敵に遭遇したんだろう。その後、パーティーが仲間を見捨てて逃げたか、タンク役をしんがりか囮にして撤退したかはわからんが……どちらにせよ、魔王か強化変異種のアンデッドに関する情報を集めて、ギルドに報告する必要が出てきちまった。つまり、俺たちはこの先に進んで、可能な限り調査しなくちゃなんねえってことだ」


 リーダーが出したこれからの方針にビーロンが逆らう。


「何で俺らがこんなことに命を懸けなきゃなんねえんだよ! んなこと、他の奴に任せときゃいいだろ!? 俺はこの先に行きたくねえ!!」


 ラークがビーロンを睨みつけながら言う。


「おい、ビーロン。冒険者に課されたギルド協定を忘れたか? 魔界において、魔王に関する前兆や兆候に遭遇したら可能な限り調査し、ギルドに報告しなければならないというのを。もし、それを怠れば冒険者としての資格はく奪だぞ? 冒険者の死体云々とはわけが違うんだ」

「そ、そんなもん……黙ってりゃバレねーだろ?」

「運が良ければな。だが、運が悪ければ赤神官の過去視の神聖魔法によって全てが暴かれる可能性もある。俺は自分の運命を運任せにはしたくねえ」

「へっ、へへ……赤神官と言えば全員、小人族ピースリングスだろ? 賄賂でも掴ませりゃ、すぐに口を閉じるだろうぜ」

「バカかお前は。奴らに弱みを握られれば、一生たかられることになるぞ? 俺はごめんこうむりたいが……」


 ビーロンは明らかにおかしな様子でへらへらしながら、軽率にしゃべり続ける。


「そんときは、へへ……俺らの貴族様にうまいことしてもらってさ? ほら、相手が小人族ピースリングスなら、一石二鳥だろ?」

「俺はもう二度と……あのクソジジイなんぞに借りを作るつもりはない!」

「だがよお! 命は一つしかねえんだぜ? 俺もラークも、こんなつまらん場所で理不尽に死にたくはねえだろ? 特にお前にゃ、帰りを待つ家族がいるじゃねえか」


 恐らくはラークにとって家族は弱み。それを仲間に持ち出された怒りと、無事に帰りたいという願い。それら二つが複雑に交じり合って、ラークは少しだけ沈黙してしまう。


 ラークの沈黙を好機と判断したビーロンはラークの両肩を掴んで、鬼気迫る顔で言う。


「なっ、なあ! 一旦、地上に引き上げようぜ? 何も魔界でやらなくても、あんなガキ一匹――」


 次の瞬間、ラークがビーロンの胸ぐらを掴んで叫ぶ。


「――バカ野郎!!! いつも発言には気を付けろと言ってるだろうが!!」

「すっ、すまねえ! ついうっかり……だ、だがここはどうか、俺の直感と忠告を信じてくれよ、なあ?」


 何故かじわっと冷や汗をかいているビーロン。

 またその表情は顔面蒼白。何かに怯えているかのように震えていた。


 それを見てわずかに逡巡したラークがビーロンに尋ねる。


「いったい、どうしたんだビーロン? 何がそんなに不安なんだ? 正直に話せ」

「その……なんつーか、嫌な悪寒が治まらねえんだ。俺の腹の中で得体のしれないものがうずいて仕方ねえんだ。これは多分……恐怖ってやつだ」


 ラークはビーロンの不安を払しょくする様に言う。


「なあに……そりゃきっと風邪でも引いたんだろう。安心しろ、お前はただちょっとだけ、体調を崩しちまってるだけだ。あぁ、そうに違いない」


 だが、ラークの気遣いはビーロンには届かない。


「あぁあ! ただの風邪で金玉が縮み上がるほどの恐怖を感じる訳ねえだろ! おいラーク、俺の金玉触ってみろ! ここまでキュンキュンに縮こまってんのなんて、人生で初だぞ!! オラオラオラァ!!!」

「おい馬鹿! やめねえか! むさいおっさんなんぞの金玉なんか知るか! あぁ、気色悪いその動きもやめろ、つーかいい加減正気に戻りやがれ!!」


 ラークの腹パンがビーロンに直撃する。


「ぐぅえぶっ!?」


 はあはあと荒い息遣いで、棒立ちするラーク。同じくはあはあと荒い息遣いで、地面にうずくまるビーロン。そんなむんむん、むわむわとした雰囲気を漂わせる二人に、ゼファーが慌てた様子で声をかける。


「おーい、装靴グリーブ拾い上げたら落ちてきたんだけどさあっ」


 その様子からして、どうやら重要な何かを見つけたらしい。


「報告は簡潔にまとめろ」

「なんと! ギルドカード見つけちまったぜ」

「何? こっちに投げてよこせ」

「おう、ほらよ! あッ」


 ゼファーにはコントロールが不足しているようで、投げたギルドカードは明後日の方向に飛んで行く。


 しかし、ベスが鋭い反射神経でパシっと掴み取った。

 それからギルドカードに視線を落としたベスの目が驚愕によって開かれ、


「なんとこれは……星の数はラークと同じ六、貴族付きの銀等級冒険者、名前は……ビル・タッカー。ご存じですか、ラーク?」


 と不安そうに尋ねていた。


 その名前を聞いて一早く反応したのはビーロンであった。

 彼の顔に浮かぶのは不安や怯えといった負の感情。明らかに何かを知っているような訳知り顔ではあったものの、口を開く様子はなかった。


 ラークはそれを気にしつつも、まずはベスの疑問に答える。


「そいつなら知ってる。紅蓮の魔弾っつーパーティーのリーダーだ。確か他のメンツは、魔術師メイジ二人に弓使いアーチャーと編成が偏ってたはずだ。変に後衛ばかりだったから、よく覚えてる」

「あぁ、最近流行りの一弓二魔術戦術とかいうのですか。それで彼らの実力はどんな感じなんです?」


 ラークは少し考え込む様に黙り、ゆっくりと話し始める。


「……確実に強い部類に入るパーティーだったはずだ。ただリーダーであるビル一人で前線を支えるという危うさもあったが……そうか! 唯一の前衛がやられたから、即座に逃走したのか。確かにこの状況は不可解極まるが……意外と大したことない可能性も出てきたぞ?」


 ラークの軽口に対して、ビーロンが悪態をつく。


「あぁくそがっ! 戦闘音を聞きつけてこっちにこなきゃ……いや、あんな痕跡なんぞさっさと隠しちまえばよかったぜ」

「みっともない時間稼ぎはやめて、さっさと立ち上がれ」


 ゆっくりと立ち上がったビーロンはラークに言う。


「もし、魔王なんかに出くわしちまったら……一生恨んでやるからな」

「あぁ、そうしろ……地獄の底でな?」

「フンッ……」


 こうして、ラークたちは逃げた四人の足跡を追うはめになってしまったのだった。

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