第7話 竜人族-ドラゴンメイド-

 ゼファーたちは新市街の東端寄りにそびえ立つ二対の摩天楼【ドルジャ・ザラハ】の前にある巨大広場に来ていた。


 そこは数万人が余裕で収容できるほどの広さがあり、噴水や美しい彫刻、ベンチに公園、瑞々しい木々や透き通った水が流れる水路といった具合に、自然あふれた空間へと仕上がっていた。

 普段であればリラックスしたり、憩いの場として使われることを想定した場所だったのだろう。しかし、現在は数万人ほどの多種多様な人種で埋め尽くされ、とてもじゃないがくつろぐことなど到底できない有り様だった。


 この状況を生んだ原因は明らかに黄金の扉。誰もが一攫千金にありつこうと目を血走らせた様子で、各々が抱える事情には大小様々な差異があるものの、ここにいる人間は皆一様に――欲望の奴隷であった。


「で、おじさん。仲間ってどこにいんの?」


 ゼファーの目の前に広がる光景は人、人、人。

 ほぼ全ての種族が揃っているであろう人の海といった有り様で、それはまさに世界の縮図といっていいレベルであった。


 ヒューマンを筆頭にエルフ、ドワーフ、ダークエルフ、アマゾネスの人種。

 部族国連合ザッハ出身の獣人、狐人族ルナール狼人族ワーウルフ牛人族ミノス獅子人族レオズ猫人族ウェアキャット

 妖精郷イルドラジア出身の半獣人、熊人族ベアズ犬人族シアンスロープ兎人族バニーピープル羊人族パーン鳥人族ハルピュイア猪人族ボアズ山羊人族サテュロス馬人族セントール虎人族ワータイガー蛇人族ラミア


 ザッハ系獣人の見た目はケモ耳や角など、人に獣要素が加わった容姿だが、イルドラジア系半獣人の見た目は全身フサフサの毛に包まれた人型の獣といった容姿。しかし中には人らしい容姿が残っている種族もいて、鳥人族ハルピュイア馬人族セントール蛇人族ラミアなどがそうだ。

 どちらも同じ獣人であるがかなりの差異が存在していた。

 また半獣人たちの厳密な出身は、正確には妖精郷【イルドラジア】の半獣人自治区【ラトゥウィク】。これは常識に疎いゼファーが知らない情報である。


「どこに……いるんだろうな、これ」


 おじさんこと、銀等級の冒険者ラーク・ザッカーズは呆然としながらそう答えた。


 ただぼうと突っ立っているおじさんと子供の二人組。

 すると突然、にわかに周囲が騒がしくなる。


「へへへ、お前ら見てみやがれ! この両手に抱えきれないくらいの黄金を!!」

「ヒャァ~ハッハァ! 黄金ざっくざくでウッハウハだぜえ~~~ッ!!」

「おいお前ら! こりゃガチで一攫千金の大バーゲンセール開催してんぞ~! なんと普通なら黄金の扉内をうろついてるはずの化け物がいねえんだ!!」


 とあるパーティーが黄金を自慢しつつ、お得な情報をばらまいていた。

 恐らくは黄金の扉から戻ってきた冒険者なのだろう。


「急げ急げ、黄金は早い者勝ちだぞぉおおお~~ッ!!!」


 彼らが秘めた欲望を抱えた人間たちを煽ったせいで、我先に魔界へと駆け出す暴徒が発生。巨大広場は欲望の渦によって大混乱の兆しを見せ始める。


 しかし、上空に現れた翼の生えた女性が群衆に喝を入れる。


「人の子らよ、落ち着きなんし! 焦ったとて、黄金は手に入りんせん。ここはわっちが配るビラに目を通し、今一度、情報を整理して頭を冷やすでありんす!」


 そう言って、円を描くように群衆の上を飛び回り、大量のビラを撒き始めた。


「おい見ろ! 竜人族ドラゴンメイドが空飛んでるぞ! アマツハラの希少種族が見れるなんて幸運だなぁ……」

「ちょっと待って、あれはクレハ様じゃない!? 希少種族どころか、竜人族ドラゴンメイドの始祖よ!!」

「クレハ様か……確か冒険者ギルドでただ一人の名誉ギルドマスターだったよね? ここにいるってことは、きっと黄金の扉のせいで駆り出されたんでしょうね」

「何だ? 上空からビラ撒いてるぞ? お~い、こっちにもくれぇ~!!」


 竜人族ドラゴンメイドとは東方の島国、竜巫国りゅうふこく【アマツハラ】固有の種族で、世界で百数十人しかいないと言われる希少種族である。アマゾネスと同様に女性しか存在せず、世界中の男たちからの憧れを独り占めするほどの美貌を誇る。

 また同時に、世界最強の種族としても有名で冒険者として活動する者も少なくない。


 一般的な竜人族ドラゴンメイドの外見は大きな二本角や竜鱗に覆われた尻尾、硬質な耳。その他にも、爬虫類独特の縦に割れる竜の目は竜眼とも称され、生命が宿る万物の魂を見通すことができると言われている。

 しかし、クレハは竜人族ドラゴンメイドの始祖。普通とは違い威風堂々とした四本角が生えていた。ただ向かって右側の角は二本とも折れて、やや短めといった感じ。だがそれでも、明らかに上位種族の中の最上位という存在感は失われていはいなかった。

 また四本角の先っぽが煌々と赤く輝く様はまるで芸術品のよう。その上、深紅のロングポニーテールと紅蓮の瞳が彼女を炎の化身たらしめていた。


 ジッと地上を見下ろすクレハは上空からビラを撒きながら、巨大広場の上空で独り言を呟く。


「全く、人の子らというものは……まあ、そういうところが好みでもあるんじゃがのぅ、くふふ」


 プルンとした妖艶な唇が弧の字を描いて歪み、口の端からギザギザに尖った鋭利な歯がチラ見え。

 その笑みはいたずらっ子のようで、幼げな少女の様な顔立ちと相まってとても愛くるしい。また玉のように丸い小顔と和風な麻呂眉もその愛らしさに一役買っていた。


 一方で、切れ長な双眸は大人びた釣り目。それが何かを見つけてシュッと細まる。


「むむ? あの少年……実に興味深い魂をしているのぅ」


 突如、上空から急降下したクレハはゼファーの目の前に着地。ふわっと風が巻き起こるのと同時に、彼女が履く一本足の下駄の音がカランコロンと響いた。


「うわっ!? 空からキレーなお姉さんがッ――って、めっちゃいい匂いするぅ……」

「どれ、お顔を見せておくんなんし~」


 そう言ってゼファーのあごに手を添えると、まじまじと至近距離で顔を確認する。

 ちなみに彼女の服装は竜巫国りゅうふこく【アマツハラ】の民族衣装である和服。漆黒のそれを大胆に着崩しているせいで両肩と谷間、太ももが露に。幼い顔と違って豊満な肉体のせいで、非常に煽情的な姿になっていた。


 わかりやすく一言で表すのなら、まさに――ロリ巨乳。


 そんな綺麗なお姉さんの白い柔肌を間近で直視したゼファーは、シュボっと瞬間沸騰したかのように顔を赤く染めて照れていた。

 彼は綺麗なお姉さんが大好きではあるが、この至近距離で女性と触れ合ったのは人生で初。つまり、女性に対しての免疫力はほぼ皆無と言っていい。

 外見上、ませた悪ガキ然としていても、意外と純情な少年なのである。


 そんなピュアで童貞な純情少年はというと、


「わっ……わっ……うわあ~……」


 といった具合に、分かりやすくうろたえまくっていた。


「ふぅむ、やけに混ぜこぜじゃのぅ……主の魂はまっこと複雑怪奇で捉え難い」

「え、俺ってなんかヤバイの――」


 クレハの指がゼファーの口を強引に塞ぐ。


「――しかしながら、金の円環のなんと美しいこと。じゃが、本来なら二つで一つじゃろうに……どこぞに落っことしたか? まあよい。少年にわっちの加護を授けよう」


 そう言って、クレハはポニテの根元に刺さったかんざしを引き抜くと、ゼファーの後頭部にまとめられた髪へと差し込んだ。


 それからすぐ、「ではの」と別れの言葉を残して、クレハは空へと飛び去って行った。


 彼女が消えた後に残ったのは、人の海にぽっかりと空いた空間。そこに一人ぽつんと取り残されたゼファーに、周囲の大人たちが焦ったように声をかける。


「おい少年、クレハ様のかんざしを俺に売ってくれないか? 金貨十枚でどうだ?」

「いやいや、私に売ってちょうだいな! 金貨二十枚よ!」

「ぼ、ぼぼぼ僕は金貨五十枚出すから、是非僕に!」


 クレハは世界に百数十人しかいない竜人族ドラゴンメイドの始祖でありその頂点である。

 そんな傑物が直に身につけていたアイテムとなれば、誰もが欲しがるのは必然。となれば、突発のオークションが始まってしまうのも仕方ない――が、その盛り上がりはすぐに治まることになる。


 ゼファーは首を横にブンブンと振って断固拒絶。頭上に両腕でバツを作ったのだ。

 そして、目の色を変えた大人たちに対して言う。


「これは売らねー! いくら金を積まれても無理! 無理無理無理!」


 ある程度、ゼファーの答えを予想していたのか、周囲の大人たちはあっさりと身を引いていた。

 そう簡単に手に入る代物じゃないことは理解していたのだろう。また、ここには数万人の目があるため、流石に子供から力づくで奪おうなどという輩はいなかったようだ。


 冒険者にとって信用とイメージは命の次に大事なのである。


「よくわからんが……儲けたな、ゼファー少年」


 そう話しかけ、ポンポンとゼファーの肩を叩くラーク。

 しかし、浮かれ切ったゼファーにその声は届かない。


「ぅへ、へへ……クレハってお姉さん。キレーだったなあ……」

「ダメだこりゃ。まったく、ガキの癖に色気づきやがって……」


 すると、三人組のおじさんが近づいてきて、それぞれラークに話しかける。


「おで、合流」


 口数少ない彼の名はゲロッグ・ビルロ。真ん丸に太った肥満体型のおじさんだ。


「探したぜ、ラーク。いやぁ~まさか、あの騒ぎの中心にいるとはな。この混み具合で合流できたのは僥倖だったぜ」


 朗らかに話す彼の名はビーロン・パーク。こちらは瘦せ型高身長のおじさんである。


「そちらが例の?」


 やや険しく警戒した顔で話しかける彼の名はベス・ゼフ。スキンヘッドが特徴的な中肉中背のおじさんだ。


 そんな彼らは全員がヒューマン。パーティーを一つの種族、一つの性でまとめる利点としては、無駄なトラブル発生を減らせること。このことから、どうもリーダーのラークはリスクを出来る限り排除したがる性格であるようだ。


「あぁ、こいつはゼファー……ん? 浮かない顔だな、ビーロン?」

「いつも思うが、わざわざ名前を知る必要あるか? しんどくなるだけだろ?」

「せめてもの礼儀ってヤツだ。ただでさえ、俺らは人として大事なもん無くしてんだ。その上、最低限の礼儀すら忘れちまったら――心まで魔物になっちまうだろうが」

「はぁ……まったく。お前は大真面目の馬鹿だな。頭空っぽにしねえと、いつかぶっ倒れるぞ」

「……ご忠告感謝するよ」


 何やら気になることがあるのか、スキンヘッドのベスがラークに確認する。


「そのゼファーとやら、随分と注目を浴びていましたが……大丈夫なのですか?」

「計画に変更はない。むしろ……付加価値が付いたと思えばいい。クソジジイも喜ぶことだろうよ」

「そうですか……あなたがそういうなら。そうそう、こちらポーター用のバックパックと各種道具です」


 そう言って、複数のアイテムをラークに手渡す。


「助かる。おい、ゼファー少年。いつまでも色気づいてんじゃねえ!」


 だらしなくにやけるゼファーに、容赦ない拳骨が襲い掛かる。


「痛ってえ!?」

「ほら受け取れ、お前の仕事道具だ」

「んん……? なにこれえ、デッカ! え、かっる!」


 ポーター用のバックパックはゼファーよりも二倍くらいの大きさだが、魔術的な重量減が付与され軽量化されているのだ。意外といい値段がする代物でもある。


 ゼファーはだるそうにバックパックを背負うと、各種道具が納められたベルトを装着。それから、三人のおじさんたちをその視界に捉える。


「え、誰? このおじさんたち」


 ゼファーに説明して欲しいと視線を向けられたラークが、一人ずつ簡潔に紹介する。


「デブがゲロッグ、ひょろながのっぽがビーロン、スキンヘッドがベスだ。以上」

「はあ~、一人くらいキレーなお姉さんがいてもいいじゃんかよお……これじゃ力でねえよ、俺」


 しょぼしょぼの顔でそう言うゼファーは、潤いを求めて両手をフラフラと彷徨わせていた。

 ついさっき、綺麗なお姉さん――クレハと触れ合ったせいで、余計渇きを覚えているのだろう。


「なんだあ、このガキ? えらく生意気言うじゃねえか。よおし、一旦目ぇつぶってみろ」


 そう言って、ビーロンがゼファーに手で目隠しをすると、もう片方の手でちょいちょいっとデブのゲロッグをゼファーの前に誘導する。


「よしいいぞ、じゃあ手をもみもみしながら前に出せ」

「もう、なんだよこれえ……これに何の意味があんの?」


 頭にはてなを浮かべながら手を伸ばすゼファー。その手に服をめくって素肌を晒したゲロッグの腹肉がぴとっと触れる。


「お? おぉ? 柔らか!? 何だこれ!?」

「それ……お姉さんのおっぱいだぜ?」


 ビーロンがゼファーの耳元でぼそっと囁いた。


「まッ、まじかよ! まじかよおぉぉ!??」

「どうだ? これで力出るだろ?」

「うぉおおお、出た出た! めっちゃ出たぜえ!!」


 必死で笑いをこらえるビーロンが目隠しの手を外すのと同時に、ゼファーの悲痛な声が響き渡る。


「あ、あぁ? あッ、あぁぁあああ!?? う、ううう嘘つきやがったなあ、のっぽのおっさん!!」

「アッハッハッハ! そう簡単に、お姉さんのおっぱいが揉めるワケねえだろうが、ブゥワァーカッ!!!」

「ふ、ふふッふざけんなあぁあああ~!??」


 ゼファー、ビーロン、ゲロッグの三人がそんなくだらないやり取りをしている裏で、ラークとベスはクレハが配ったビラを読み込んでいた。


「一応、現在の状況は把握しておくべきだろう。なになに、今発見されている黄金の扉が……は? 五つだと!?」

「みたいですねえ……扉に描かれたシンボルはそれぞれ処刑人エクスキューショナー道化師クラウン観察者ウォッチャー一つ目キュクロプス重騎兵カタフラクトですか。きっとまだ未発見のもあるでしょうね」

「おい、見てみろ。ご丁寧に見つかった場所が地図に記してある。ありがてえな……よし――この場所は避けるぞ」

「了解しました」


 ラークはビラに書かれていた情報を頭に入れた後、ビラを懐にしまう。それから、ボソッと独り言を漏らした。


「ヤツらは扉からは出てこれねえはずだが……なんだろうな。この状況は無性に気味が悪ぃ、まるで大勢の人間を集めてるみてえな――」


 そう言いながら、おもむろにポケットから写真を取り出す。それは家族写真で、ラークと妻らしき女。そして、五歳くらいの幼女が写っていた。


「いや、今は余計なことを考えるのはよそう。さっさと雑用を済ませて、無事に家に帰る。ただそれだけを考えるんだ……」


 ラークは喉から漏れ出そうになる感情をグッと飲み込んで、ゼファーたちの背中を叩く。


「バカやってねえで、ほら行くぞ」


 そうしてラークを先頭にゼファーら合計五人は、氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】に向けて歩き出した。

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