第6話 黄金の扉

 舟に揺られること数分。


 そう言えばあの変なお姉さんが言っていたことを唐突に思い出す――浅い層に黄金の扉が複数出現して、今は稼ぎ時という言葉。

 いかにも金が絡んでそうな情報だし、おじさんに聞いた方がいいかもな。

 ってか、もしかすると旅費を稼ぐ大チャンスかもしれねーし?


「なあ、おじさん。あの変なお姉さんが言ってたんだけどさ? 何か浅い層に黄金の扉? っつーのが複数出現してるらしいんだけど……何のことかわかるか?」


 その途端、おじさんの顔色が急変する。険しく真剣な顔へと。


「なん……だと? 浅い層に黄金の扉が複数出現? そんなこと今までに一度も聞いたことねえが……流石にデマじゃないのか?」


 俺たちの会話を聞いていたのか、船頭のおじさんが割り込んでくる。


「お客さん、どうやらそれ……デマじゃないらしいですよ?」

「ああん? あんた、何か知ってんのか?」


 おじさんが怪訝そうな顔でそう聞き返した。


「えぇ、実は私もついさっき知ったばかりでして……あれはちょうどお昼過ぎくらいでしたかね? 何でも魔界の第二層という極浅い層のあちこちに黄金の扉が出現した、という報告が冒険者ギルドに相次いで入ったとかで……今や、このシャリオン中の冒険者たちがてんやわんやの大騒ぎ。みたいですよ?」


 それを聞いて、俺はなるほどそういうことかと思った。


 ガムラン・ノブレスファミリーのカルロとかいう厳ついおっさんがあれだけの啖呵を切って、報奨金まで出して冒険者を煽ったというのに、あれから追っ手の影らしき気配が一切感じられなくなっていたのだ。

 その黄金の扉とやらは、きっと俺を探すことよりも優先されることなんだろう。


 しかし、メンツよりも優先される黄金の扉とは一体?


「なあ、おじさん? そもそも黄金の扉って何?」

「おいおい、冒険者目指してんのにそれも知らねえのか。えっとな……黄金の扉と言えば、この世界で唯一黄金が産出する場所であり――冒険者たちが追い求める一攫千金の夢物語。巨万の富を掘り出して、人生を一発逆転させるため、冒険者たちが血眼になって探してるのが……黄金の扉だ。これは冒険者界隈の常識だからな。覚えとけ」

「へぇ~、ってことはさあ? もしかして、旅費も一発で稼げたり?」

「くっくっく……旅費どころか、豪邸が建っちまうぜ。あんな感じのやつがな?」


 そう言っておじさんが指さす先には、いくつもの豪邸が建ち並んでいた。

 でっけー塔がいっぱい生えてるヤツに、でっけー外壁で中が見えねーヤツに、でっけー庭が森と化してるヤツとバリエーションは様々。俺のようなバカには、めちゃくちゃ金がかかってそうだな程度の感想しか思いつかない。


 それくらい、豪邸が建ち並ぶ風景は壮観だった。


「うっわぁ~すっげぇ……」

「ありゃ全部、成功者たちの家だ。あそこの住人は冒険者、商人、職人、薬師、新興貴族と様々。黄金の扉から無事帰ってこられれば、ゼファー少年も仲間入りできるだろう。もちろん綺麗なお姉さんたちにモテモテ間違いなしだ」

「……なぁんだ。冒険者にもちゃんと、夢があんじゃねーか」

「しかし当然、誰もが夢を掴めるわけじゃない。黄金の扉から無事に黄金を手に帰ってこれるのはたったの一割、その他三割は人的損失を出した上にボロ雑巾のような姿で帰還し……そして、六割が未帰還で行方不明として処理される。往々にして夢に犠牲はつきものだが……どうだ? ビビったか?」


 そう脅しをかけてくるおじさんに対して、俺はにやっと不敵な笑みを浮かべる。


「いんや全然。つまりさあ、一割の方に入りゃいいってことだろ?」

「くっくっく……ゼファー少年ならそう言うと思ったぜ。男なら一度は夢見るもんな、広くて豪華な家を綺麗なお姉さんでいっぱいにしたいってな?」


 確かにキレーなお姉さんは大好きだ。

 しかし、ハーレムを作りたいかと言うとそんな欲求は特にない。いや本当に。マジで。べ、別にカッコつけとかじゃねーし?

 まあ、女の嫉妬は怖いって言うし、キレーなお姉さんの嫌な部分を見たくない。というのもあるかもしれない。


「フンッ……べ、別にィ? 俺ァ大勢じゃなくても、たった一人で十分だぜ。それに……一途に一人のお姉さんを愛する方が男としてカッケーだろ?」

「おいおい、何カッコつけてんだよ。まあいい、そこまで言う覚悟があるんなら――俺のパーティーで闇ポーターしてくれるよな?」


 浅い層に一攫千金の黄金の扉が複数出現したという、絶好のチャンスをみすみす逃すなんてあまりにもったいない。ここを逃したら、きっとこの巨大な鳥かごからの脱出が遠のいてしまうだろう。

 そしてそれは、ガムラン・ノブレスファミリーに捕まってしまうリスクにも直結するため、もはやうじうじと悩んで時間を浪費している場合ではない。


 自分の直感を信じてこの道を突っ走るしかないと思いながら、


(こういう時……男だったら、戦って勝ち取らなきゃなあ!)


 と密かに覚悟を決めた。


 欲しいものを手に入れるためには、行動あるのみ。狙うは一発逆転!


「あぁ、もちろんだぜ!」

「おじさんを助けると思ってだな……って、おぉ! ついに決心してくれたか! 助かるぜ。それじゃあ、さっそく仲間に連絡するとするか。フェアリー!」


 おじさんがそう言うのと同じタイミングで、空中に小さな扉が出現。緑のツタと色とりどりの花で飾りつけられた木製の扉から、手のひらサイズの羽が生えた小人が飛び出してきた。


「うわっ! なんだそれ!」


 驚く俺に対して、おじさんは軽く流す。


「ゼファー少年が冒険者やってりゃ、いつかは妖精持ちになれるさ……っとフェム、仲間に伝言を頼む。内容は闇ポーター確保、ドルジャ・ザラハ前の広場に至急集合、だ」


 フェムと呼ばれたフェアリーはうんうんと頷きながら、伝言内容を覚えている様子。それから、両手のひらで器を作って、対価を催促していた。


「あぁ報酬か。そうだな……第一メインストリート沿いでアップルパイを買ってやる、どうだ?」


 満足いく報酬だったのか、フェアリーは頭の上で両腕を使って大きな丸を作っていた。


「じゃあ、頼むな」


 うんうんと頷き、出てきた扉へと戻っていくフェアリー。それを見送ったおじさんは俺に話しかける。


「さてと……これからの具体的な話をしようか、ゼファー少年」

「あぁ、頼む」

「現在、なんでかしらんが一攫千金の夢物語が大バーゲンセールされてるみてーだから、俺たちもそのビッグウェーブに乗んなきゃな……ってことで――黄金の扉に挑戦する」

「……ワクワクしてきたぜ。それで、俺ァ道具何も持ってねーけど?」

「それに関してはこっちで用意してやる。ポーターに必要なバックパックや各種道具なんかをな。で、黄金の扉についての補足情報なんだが、黄金の扉に入ることができるのは一度に五人まで。基本的に冒険者四人にポーター一人ってのがセオリーだ。んで、黄金の扉の中にはもちろん黄金があるんだが、各層ごとに上に登る階段と外に出るための扉が存在する」


 俺たちがそう話している間も、舟は進み続けるが四角い行き止まりに突き当たってしまう。状況的にここは目的地ではなさそうだが、と思っていると背後でゴトンと何か重いものが落ちる音。

 振り返ると鉄板らしきもので、完全に閉じ込められていた。


 すると次の瞬間、水位が上昇し始め上がりきった先には、別の水路が現れていた。よくわからない仕組みだけど、その技術に感心しながらも、俺は話を続ける。


「ふぅ~ん……ってことは、入ってすぐに出りゃリスクは減らせたり?」

「理屈の上ではそうだが……どうもあの空間では人の欲望が増幅されるのか、あそこに入った冒険者は皆、上の層を目指してどんどん上がっていっちまうらしい」

「らしいってことは、おじさんは黄金の扉に入ったことはないの?」


 俺の問いに対して、おじさんは呆れた顔で答える。


「もし入ったことがあったら、こんなくたびれたおじさんなんかになってねえよ」

「……確かに」

「話を続けるぞ? 黄金の扉に入ったら、俺たちは三階層で切り上げて戻るつもりだ。リスクとの折り合いをかねてな?」

「……欲望が増幅されるってのはどうすんの?」


 おじさんが神妙な顔つきをしているからには、何かしらの秘策があるのだろう。


 開かれたおじさんの口から出た言葉は、


「そこは……気合と根性でなんとかする!」


 というしょうもない根性論だった。


 黄金の扉で一攫千金という夢物語を聞いて、湧き上がっていた熱が急速に冷えていく。


(このおじさん……頭、大丈夫か? つーかやっぱ――ついてっちゃダメなおじさんだろ、コレ。いやでも……一応、銀等級らしいしなあ)


 おじさんについて頭を悩ませていたその時だった。

 自分の身に起こりうるであろう危機がふっと頭に浮かび上がる。


(あれ? つーかもし、外に出るための扉の前でおじさんに裏切られたら……俺、ヤバくね?)


 黄金の扉に一度に入れるのは五人まで。ということは扉内では他の冒険者とは出会わないという事。じゃあ、そこで死んでしまったらどうなるのか? 次に入った冒険者がその死体を見つける? 


 いや多分、見つからないだろう。

 だって、黄金の扉に入った六割が未帰還で行方不明扱いなのだから。


(つーことは、外に出る直前で俺を殺せば……)


 俺は闇ポーターだから、この巨大都市から消えても誰も悲しまないし、行方を捜すことなんて誰もしないだろう。そうなると、俺さえ切り捨てれば黄金は五人で山分けではなく、四人で山分けできるんじゃないか? 

 そもそも、俺みたいなはみ出し者の孤児に闇ポーターを提案した理由はもしかして、ポーター代をケチるためか?


 正直、色々とおじさんに確認したいことが増えてしまった。

 だが、急にあれこれと聞き始めたら、おじさんを無駄に警戒させてしまうかもしれない。


(そうだ! おじさんが三階層で裏切るつもりなら、俺が先に二階層で裏切りゃいーじゃん! ハァーハッハッハ、俺ァ天才だなあ!!)


 相手が悪い奴なら、俺が悪いことしても問題ないよな。それに命を奪うってわけじゃねーしな?

 その後は、すぐに海路か空路でこの鳥かごを脱出すれば、きっと追跡は困難だろう。うん、完璧な計画だぜ。


 そうと決まれば、適当な感じでおじさんと話を合わせなければならない。


「……わかったぜ。もし気合と根性でどうにかならなかったら、俺がおっさんたちの金玉を蹴り上げて正気に戻しゃいいんだな? ふっふっふ……安心して、俺に金玉をゆだねてくれていいぜえ」

「そ、そいつぁ……是非、勘弁願いたいもんだな。はっはっは」


 こうして、俺は密かに悪だくみしながら、おっさんパーティーの闇ポーターとして、黄金の扉へと同行することになった。

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