第5話 水の都【シャリオン】について

 現在、俺はおじさんと共に水路横の船着き場に来ていた。


 この水の都【シャリオン】での主要な移動手段が舟だからだ。

 大勢を運んで決まった経路を行き来する定期便から、個人を好きな場所まで運んでくれる個人舟まで。中には自分専用の自家用舟を所有してる人もいるくらい、舟は生活に欠かせない存在だ。


 それらの様々な舟が俺の目の前にずらっと並んでいた。


「ゼファー少年、あの二本のでっけー摩天楼が見えるか?」


 舟を物色しながら歩く中、おじさんが指さして言った。

 指さす先には大小二つの連なった巨塔がそびえ立ち、やや歪な形状で天に向かって伸びていた。遠い距離のこの場所からでも畏怖を抱くには十分な迫力だった。


「うん、見えるけど?」

「俺たちは今から、舟に乗ってあそこに向かう」

「ふぅ~ん、あれってシャリオンの観光名所なの?」

「そうだ。ドルジャ・ザラハといって、魔界へと繋がる大穴に蓋をするために建てられた巨大建造物なんだ。あれはドワーフが持つ最新建築技術を詰め込んだ最高傑作という触れ込みでな?  観光の目玉として大人気らしいぞ」

「へぇ~」


 改めて思ったけど、俺はシャリオンについて知らないことが多すぎる。

 特に地理について無知なのは逃走時においてかなりまずい。これから先、ガムラン・ノブレスファミリーに捕まらないために、シャリオンの地理についておじさんに聞いておいた方がいいだろうな。


 そう思って、俺はおじさんに尋ねる。


「なあ、おじさん? シャリオンの地図とか持ってねーか? 俺、何もしらねーから知っておきたいんだけどさ」

「地図か……ちょっと待ってろ。確か……」


 おじさんが懐をごそごそと漁ると、折りたたまれた紙が出てきた。

 それは端っこが所々擦り切れていて、シワシワな上に謎のシミがついていた。いやちょっとこれ……汚くね?


「あったあった。おじさんにはもう必要ねえからやるよ、ほら」

「あんがと。それで、あのさ……これってどう見ればいいんだ?」


 俺はややしかめっ面ながらも、お礼を言ってそれを受け取る。

 紙に付いた嫌な臭いのせいでやや鼻声だったが。


「どれどれ、そういやゼファー少年はこのシャリオンで一番有名なドルジャ・ザラハすら知らなかったもんな。だったら、親切で優しいおじさんがこの街について説明してやろう」


 おじさんがこの巨大都市、水の都【シャリオン】について、教えてくれた地理はだいたい以下の通りだ。


 水の都【シャリオン】は川幅約1kmの巨大河川【ヴィアン川】を挟むように、アル・メル銀砂漠のど真ん中に建設された巨大都市だそうだ。


 魔物の勢力圏である銀砂漠のど真ん中に建てられたため、魔物襲撃を阻む目的で50m級の堅牢な円形巨壁が築かれ街を囲んでいた。

 またその壁内はここ百年で急発展した東の新市街――今、俺がいる場所がその東の新市街らしい――と、歴史的建造物や格式高い城、頑丈な要塞、豪華な領主邸、上級の貴族邸などが立ち並ぶ、約八百年ほどの非常に古い歴史を持つ西の旧市街に別れているとのこと。


 その二つの市街を繋ぐのはたった一本の大橋。この巨大都市に対して、とても人や物の流通量的に釣り合ってない感じがするけど、ここ数百年ずっとこのままらしい。

 おじさんが言うには、貴族様が住む街である旧市街にあまり人を入れたくないという貴族様の思惑と、もしも魔界から魔物が氾濫した時に守りやすいように、ということだそうだ。貴族様ってほんとさあ……。


 あと、それぞれの街の特徴としては、新市街は銀砂を用いたシルバーコンクリートで建てられた最新の高層建築が多く、旧市街は石やレンガ中心の古い建築様式が目立つ感じ。至る所に水路があるのは共通してるとのことだが。

 またその水路に流れる水を効率よく通すために、街の形状はすり鉢状に傾斜した設計になっているようだ。東端が高く、川岸が低くという感じに。


 そして、この水の都【シャリオン】で一番有名な建築物――二対の摩天楼【ドルジャ・ザラハ】は新市街の東端寄りにそびえ立っており、そこを起点として横一文字に走っているのが第一メインストリート。ここは冒険者関連の店が多く、武器防具の店や一流の装飾品や飲食関連の高級店が立ち並んでいるそう。


 第二メインストリートも摩天楼【ドルジャ・ザラハ】を起点に――というか全てのメインストリートはドルジャ・ザラハが起点になっている――第一メインストリートの上に斜めに走っており、ここは大人の歓楽街という感じで、日が落ちてから活発に動き出す夜の街だそうだ。キレーなお姉さんが見たければここに行けばいっぱいいそうだ。


 第三メインストリートは第一メインストリートの下に斜めに走っており、ここは冒険者ギルド支部や商人、薬師、輸送などの各種ギルド。領主関連の各種役所。他にも新興の貴族邸や一流の冒険者や成功した商人が住む高級住宅街など、立ち入り制限のある区画も存在する。俺が金髪アフロ頭のおっさんの金玉を蹴り上げたのがここだ。


 それらの外側、円形巨壁と並行するように第四メインストリートが上、第五メインストリートが下に走る。それぞれ一般住民が住む個人宅や集合住宅や孤児院、四女神テトラ・ニドラ教の各神殿が軒を連ね、日用品を扱う商店や大衆居酒屋や大衆食堂などの飲食店が点在している。俺とおじさんが飯を食ったのは第五メインストリートだ。

 あと、住民の種族層としては、第四メインストリートには部族国連合ザッハ出身のダークエルフや獣人。第五メインストリートには妖精郷イルドラジア出身のエルフともふもふな半獣人が多い傾向にある。

 その理由はザッハとイルドラジアがこの水の都【シャリオン】建設に初期から深く関わっているためだとか。その影響は冒険者ギルドの構成員にも出ていて、二人のサブマスターはダークエルフとエルフ。受付嬢にはダークエルフや獣人、半獣人などが多い傾向にあるらしい。

 他にもどちらも故郷が近いという立地条件――水の都【シャリオン】の上に部族国連合ザッハがあり、下には妖精郷イルドラジアがある――も影響しているんだそうだ。


「へぇ~めちゃくちゃためになったぜ、あんがとな……おじさん」

「なぁに、ゼファー少年に信用してもらうためだ。疑問があるなら何でも尋ねるといい」


 あらかたの説明を終えたおじさんは、ちょうど客を降ろしている個人舟に近づくと、船頭に話しかける。


「すまない、舟に乗りたいんだが……」

「あいよ、何人だ?」

「大人一人に、ガキ一匹だ」

「行き先は?」

「ドルジャ・ザラハだ。道順は第三メインストリートの高級住宅街を経由して、第一メインストリートの…………」


 おじさんと船頭の会話なんて耳に入らなかった。

 なぜなら、ちょうど舟から降りてきた客が――二人組のキレーなお姉さんだったからだ。


 一人は俺よりも頭三つ半くらい高い高長身で、絶世の美女的な相貌でありながら、外はねした真紅の癖っ毛ロングヘアーと野性味を感じる第一印象であった。多分ヒューマンだと思う。

 もう一人は俺より少し身長が高いくらいの可憐な美少女で、真っ平な胸と華奢な体型。また薄水色のセミロングヘア―に紛れて、二つの猫耳がぴょこんと生えていた。つまり、彼女は猫人族ウェアキャットだ。ゆらゆらと揺れる細長い尻尾からして、ほぼ確実だろう。


 俺がまじまじと見ていたせいか、長身のお姉さんがこちらをジッと見つめ返していた。


「ヤベッ、エッチな目で見てたのがバレッ――」


 スタスタと近づいてきた長身のお姉さんは突然、俺の手を握りしめながら言う。


「――カワユイ♡ 初めまして、銀髪ロリっ子美少女ちゃん。私の名はライザ・エル・レ・リーズロール。至高の美少女ハーレムを目指して、世界を旅する者だ。どうだろう……私たちのパーティー、百花繚乱に入らないか?」


 俺の脳みそが理解を拒む。


(はぁ? 銀髪ロリっ子? 美少女? 至高の美少女ハーレム? は? いやいったい、何を言ってんだ? ってかこのお姉さん、何かヤベーぞ!??)


 俺の背筋にゾワゾワと悪寒が走り、冷や汗が垂れる。

 激しい困惑が脳内を埋め尽くす中、俺が唯一出せた言葉は、


「……はぁ?」


 という間抜けな一言だけだった。


 ポカンとした俺と変なお姉さんの間に嫌な沈黙が漂う最中、彼女の連れである可憐な美少女が申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません、すみません! ウチのバカがホント、すみません! 迷惑ですよね? 今すぐ、このバカを引き離すので冒険者ギルドに通報はどうか……どうか!!」

「は……はぁ。俺は別に、全然……」

「あぁ、ありがとうございます! ありがとうございます! では行きますよ、ライザ!!」

「おい、おいセラ! この子……俺っ娘だぞ!??」

「あぁもう、うるさいですね……一旦、口閉じてくれます? っていうか、可愛い子見つけたらすぐナンパするの止めてってあれほど……」


 セラと呼ばれた可憐な美少女が、変なお姉さんを無理やりずるずると引きずって離れていく。見た目の割に力があるらしい。


「おいおいおい、待て待て待て! セラにはあの子の貴重さが分からないのか!? 銀髪ロリ俺っ娘美少女とか私が保護してあげないと、きっと絶滅してしまうぞ!??」

「はいはい。意味わかんないこと言ってないで……ほら、行きますよ!」

「嫌だ嫌だぁ~~~あの子を私のものにするんだぁ~~~」

「あぁもぉ、駄々こねないでくれます? イライラするので。というか今の状況分かってます?」

「ん? あぁ、あーアレか。浅い層に黄金の扉が複数出現して、今は稼ぎ時ってことだろう? しかし、私にとっては金よりもカワユイ美少女が大事なん――」

「――なんだ、ちゃんと分かってるじゃないですか。じゃ、下宿先に装備を取りに戻ったら……冒険という名の労働に勤しみましょうねえ~」

「あぁ~私のカワユイ美少女ちゃぁ~ん! いずれまた会う日まで、私のためにしょ――」


 卑猥な言葉を口にしようとした変なお姉さんが、可憐な美少女に裸締めで無理やり黙らされていた。しかもそのままの状態で階段を急上昇。あっという間に俺の視界から消失した。


 まったく、怪しいおじさんに出会ったと思ったら、今度は変なお姉さんとか。いったい、この街はどうなってるんだ。


「お~い、ゼファー少年。舟が確保できたから、早く乗ってくれ」

「あ……あぁ、今行く」


 舟に乗り込んだ俺に、おじさんが話しかける。


「どうした? まるで不審者に出会ったみたいな顔してるが……あぁいや、おじさんのことじゃないぞ? ニコッ」


 そう言って、気味の悪い微笑みを浮かべるおじさんも十分、不審者だが今はいい。


「いや別に。ただ変なお姉さんに変な絡まれ方しただけだよ」

「そうか。じゃあ、舟を出してくれ」

「あいよ!」


 変なお姉さんに変に絡まれて、無駄に精神を消耗してしまったが、なにわともあれ。舟はゆっくりと進み始めた。

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