第4話 今流行りの闇ポーターとギルドカード払い

「は~い、おまちどうさま~」


 俺が闇ポーターについて聞こうとしたその時、ちょうど兎人族バニーピープルのお姉さんが料理を運んできた。

 次々と料理が運ばれてきたことで、俺の目の前にはテーブルを埋め尽くすほどのご馳走が勢ぞろい。


 何の肉かは分からないけど分厚い肉を焼いたヤツステーキ

 肉を混ぜて丸めて焼いたヤツハンバーグ

 パン生地にチーズ乗っけて焼いたヤツピザ

 細く切った芋を油で揚げたヤツフライドポテト

 照り焼きした肉をパンで挟んだヤツハンバーガー

 一本のデカい棒状の肉ウィンナーが丸々乗っかった油が絡んで辛そうな麺料理ペペロンチーノ

 新鮮な野菜を使った生サラダ。


 そして、ドラゴンの血が入ったレモネード――ドラゴネードがドンとテーブルに置かれる。


「……ごくりッ」


 今更だけど。いや、本当に今更なんだけどさ。

 やっぱこのおじさんはどう考えても――めちゃくちゃ怪しい……よな。何か後ろに偉い貴族様がついてるらしいし?


 そもそも、悪い噂が尽きない小人族ピースリングスである俺にここまでのほどこしをする良い大人なんて、いるはずがない。だってそんな大人がいるなら、とっくの昔に救われてここまで追い詰められてるわけないし。

 いや、待てよ。ちゃんと良い大人はいて、今このタイミングで初めて出会ったとかか?


 いやいや、大人たちは皆、表と裏の顔を使い分ける習性があるんだ。

 きっとこれも優しい表の顔で騙して、裏の顔で俺を傷つけるに決まってる。もしくは俺を騙すことで、おじさんに何かしらの得があるのかもしれない。

 全く、ついさっき深く考えるのをやめたつもりだったのに、俺はまだおじさんを疑わずにはいられないらしい。そうやって頭脳労働に勤しんだせいか、再びぐぅ~っとお腹が空腹を訴えてくる。


(食いもんを眺めても腹は膨れねーし……とりあえず、さっさと頂いちまうか)


 うん、やっぱ面倒なことは後回しに限るなあ!


「マジで……これ全部、おじさんのおごりなんだよな?」

「あぁ、おじさんに二言はないぞ? 俺のことなら気にせず腹いっぱい食え、ニコッ」


 相変わらず笑顔が不器用で気味の悪いおじさんだった。


 どれだけ怪しんだとしても、背に腹は代えられない。結局のところ、空腹に抗えるわけがなかった。


「……じゃあ、遠慮なく」


 俺はナイフとフォークを手に取って、肉料理から手を付ける。

 数年ぶりに味わう温かい食事は言葉に出来ないほど旨かった。それはまるで、心に染みついた汚れが浄化されていくかのような感じがした。


 おじさんはというと、一心不乱に食事に夢中な俺をただ無言で見守っているだけだった。

 その安らかな顔を見る限り、おじさんが悪い大人だとは全然想像がつかない。もしかすると、俺の考えは杞憂で初めて良い大人に出会えたのだろうか。


 そんなことを考えつつも、食事の手は止めない。

 パン生地にチーズ乗っけて焼いたヤツピザは、チーズがとろけて濃厚な味と香ばしいパンの匂いが最高。

 輪切りにした芋を油で揚げたヤツフライドポテトも芋の甘みに塩が効いていて旨い。


 特に旨かったのは照り焼きした肉をパンで挟んだヤツハンバーガー

 パンに挟まれた板状の肉を噛みしめると、じゅわっとジューシーな肉汁が溢れ、ガツンと旨味が凝縮されたソースと絡む。その旨さは俺が今までに食って旨かったランキング、ナンバーワンを更新した。


 次は油が絡んで辛そうな麺料理ペペロンチーノ

 デカい棒状の肉ウィンナーをかみ切るとカリカリの皮がパキッと割れて肉汁が溢れてきた。油という名の幸せが口いっぱいに広がったまま、すぐさま麺を頬張る。旨すぎて飲み込む前に次を頬張ってしまうほど手が、体が更なる美食を求め――ふとサラダが目に入る。


(サラダは……体が求めてねーから、いっか)


 そう思って横に避けたサラダの器を、おじさんがスッと俺の目の前に移動させる。


「野菜もちゃんと食え。ガキの内から好き嫌いしてるとろくな大人にならねぇぞ?」


 わざわざおごってくれた人の手前、残すのは失礼にあたるか。


 考え直した俺は仕方なくサラダに手を付ける。

 ムシャムシャと咀嚼しつつ、野菜は美味しくもないがマズくもなく、至って普通のただの野菜だった。


 全てを綺麗さっぱりと平らげて、最後はお待ちかねドラゴネード。果たしてドラゴンの血が入ったドリンクの味はどんな味か。


「ゴクッ……ゴクッ……ゴクゴクゴクッ! ぷはぁ~甘くてさっぱりして……旨い! まるでキレーなお姉さんの甘い匂いを凝縮したみてーな甘さだ!」

「……急に何言ってんだお前は」


 思わず一気飲みしてしまうほど、ドラゴン製のジュースは旨かった。


 とりあえず、これだけのご馳走をおごってくれたんだ。人として感謝の気持ちは伝えないと自分が嫌いな大人と一緒になってしまう。


 それだけは絶対にごめんだと思いながら、俺はおじさんに言葉という形にして感謝を述べる。


「おじさん、ご馳走ありがとな。すげー旨かった!」


 俺にお礼を言われたのが意外だったのか、おじさんは一瞬真顔になったあと――苦虫を嚙み潰したように表情を歪ませていた。


 それは貧しいガキが生意気に感謝を述べたのが気に障ったとかではなく、何となく罪の意識を自覚して良心が痛んだ。みたいな顔に見えた。


(あぁ、このおじさんは多分良い人だ。でも……悪ぃことをしようとしてたんだなあ)


 俺は初めて出会った良い大人が悪いことをしようとしていることが、なんだか無性に悲しかった。残念だとも思った。


 となれば、さっさと聞くことだけ聞いて、おさらばした方が良さそうだ。


「そんで、闇ポーターって何? 俺が成りたいのは冒険者なんだけど?」

「まあ、そう焦るな」


 おじさんはドラゴンハーブ茶が入ったカップを手に取って、ゴクッと一口飲んでから話し始めた。


「少年は受付嬢のお姉さんが言っていたことを覚えているか? ほら、あれだ。例の法律ではポーターの締め付けが厳しくなったってヤツだ」

「あぁ、確か二十歳未満は一律禁止ってヤツだろ?」

「そうだ。それが実際に施行されて、二十歳未満のポーターは皆廃業になったかというと……そうはならなかった」

「は? ……何で?」


 長くなったおじさんの説明をまとめるとこうだ。


 そもそも、何故若者の自由を制限するような法律が出来たかというと、この水の都【シャリオン】の領主ヒース・エル・マグ・バニングス辺境伯の妻ミランダ・エル・マグ・バニングス辺境伯夫人が無類の子供好きだったことが関係しているらしい。

 それに付け加えて他国――主に魔導帝国ゼノアらしいけど――に子供を使い捨てにして魔界から資源を回収していると批判されたから、だそうだ。


 そんな経緯から例の法律を施行することは決定的になったが、このままでは氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】からの資源回収に大きな支障をきたしてしまう。

 というか当然、冒険者ギルドは例の法律に大反対の立場で領主側に猛抗議していたとのこと。もちろん、巨大都市を運営する領主としても例の法律は避けたい。ただそうなると、解決策を練るには領主と冒険者ギルドで話し合わなければならない。

 ここで領主と冒険者ギルドが過去数百年レベルで犬猿の仲なのが悪影響を及ぼす。なんとここ百年でことごとく煮え湯を飲まされていた領主側が、突如考えなしに例の法律を強制施行。しかも、ポーターに関しての規制をより強化した内容で。

 なんでもおじさんによれば、この意図は政治的な駆け引きによるものらしい。恐らく領主の思惑としては、少しでも冒険者ギルド側の力を削ぎたかったのと内外に上下関係を知らしめたかったのだろう。曰く、あの無能な領主が考えてそうなことだと、おじさんは心底馬鹿にしていた。


 結果として、領主の尻拭いをする羽目になった冒険者ギルドは苦肉の策を実行。それは本来なら積極的に取り締まるべき闇ポーター行為を全て見逃すというもの。ちなみに、闇ポーター行為とはポーターが冒険者ギルドを介さずに、冒険者に直接営業を行い仕事をするものを指す。

 さて普通のポーターと闇ポーターで何が違ってくるかというと、それはシンプルに金だ。冒険者ギルドが徴収する仲介料と領主への税金を納めなくてよくなるため、その分稼ぎが増えたというわけだ。当たり前だけど、そんなおいしい話は噂としてあっという間に広がり、普通のポーターまで闇ポーターをやり始める有り様に。流石に全てではないらしいけど。


 そして今現在、闇ポーターと呼ばれる非合法ビジネスが大流行している訳はそういう政治的事情によるものであった。


 実際のところ、これが上手くいって氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】からの資源回収が滞ることはなかったらしい。ただポーターから間接的に入る仲介料や税収入が丸々なくなった形となり、冒険者ギルドとしては大損害。領主的には思惑通りなんだろうけど、領主側も税金分損をしているわけでこちらも大損害。

 結局、政治的にはどちらも負けとなり両者敗北で痛み分け、みたいなオチになったらしい。


(なるほど、確かにおじさんの話を聞く限り……ここの領主様はダメそうだな)


 以上の話を頭に入れれば、おのずと答えがはじき出される。つまり、俺の様な社会的信用ゼロ人間でもお金が稼げるとなれば、あとは簡単。


「そっか、闇ポーターで旅費を稼いで、海路でこの鳥かごみてーな巨大都市から脱出できりゃあ……」

「あぁ、まさに今少年が考えていることこそ、俺が言いたかった二つ目のルート。新規の冒険者登録が禁止になったのはこのシャリオンだけ。だったら、他の都市に行って冒険者として新規登録を行えばいいだけのことさ」


 おじさんはいかにも簡単にできるという感じで言ってるけど、果たしてそこまで上手くいくものだろうか。俺の脳裏に一抹の不安がよぎる。


「ふむ……不安そうな顔をしているな、少年? それじゃあその不安解消のために、具体的なビジネスの話をするとしようか……とその前にこれを見せてやろう」


 そう言って、おじさんが取り出したのは手のひらサイズのとあるカードだった。

 それは金属製で外枠が金色、板部分が鉄っぽい灰色。他にも左上に赤色の宝石がはまっていたり、中央に文字が刻まれてたり。更には中央上部に銅っぽい星が三つ、銀っぽい星が三つ横一列に並んでいた。


「これは冒険者用のギルドカードで他にも商人用、職人用、薬師用と色々あるんだが、どうだ? 少年は見たことあるか?」

「ねーな……で、これが何? 何かすげーの?」

「あぁ、すげーぞ? まぁ、すげーところは後で見せるとして……まずはこの文字を見ろ」


 おじさんが指さしたのはカード中央に刻まれていた文字だった。


「ラーク・ザッカーズ、俺の名前だ。少年の名前は?」

「……ゼファー」

「よろしくな、ゼファー少年。次はこの金色の枠。これは貴族様がスポンサーに付いているという証。そんでカード左上の赤い宝石もスポンサー付きじゃねえと装着できない代物なんだ。こいつには冒険者の外見情報と複数の魔術回路が刻まれていて、マナを流してやると……」


 次の瞬間、ブゥンと音を立てて赤い宝石が発光し、その真上におじさんの胸像が浮かび上がった。


「うわっ!? 何か小っちゃいおじさん出てきた! 何だコレ!!」


 そのサイズは手のひらくらいで衣服は身につけておらず半透明。また俺がおじさんの胸像を触ろうと伸ばした手がすり抜けたことから、実体ではなく虚像のようだ。


「へぇ~よくわかんねーけど、なんかすげぇ~! でも……おじさんじゃなくて、キレーなお姉さんの奴が見たかったなあ~」

「……あのな? この機能はギルドカードを他人に悪用されないための技術で、本人確認が目的なんだ。スケベ心は引っ込めろ」

「べッ……別にそんなんじゃねーから? ただキレーなお姉さんのが見たいと思っただけだし? ってか、それってお金かかってそうだけど、無くしたらどうなんの?」


 おじさんは俺を訝しげに見つめながら言う。


「分かりやすく話を逸らしやがって……まあいい。ゼファー少年の言う通りこいつは高価な代物だ。もし無くしたら……色んなところから怒られた上で、痛い出費で泣くハメになる」

「ふぅ~ん、そうなんだ」


 あからさまに興味なさげにそう言った。

 それはさっきおじさんが指摘した通り、話を変えるために話題を振ったにすぎないから。


 しかし、次のおじさんの一言で俺は見事にスケベ心を釣られてしまう。


「ちなみになんだが……エッチで綺麗なお姉さんが出てくる奴もちゃんとあるぞ」

「まッマジッ!?」


 思わず立ち上がった俺とおじさんの間で、しばらく沈黙の時が訪れる。


 その長い沈黙を破ったのは白けた目をしたおじさんだった。


「……で、話を進めてもいいか?」

「うん……」

「カード中央にある名前のすぐ上、横一列に並ぶ星は冒険者の階級を表している。冒険者成りたての新人は星一個からスタート。三個までは銅色の星を与えられ、銅等級と呼ばれる階級で区別される……っとそうだな、近い将来冒険者になるゼファー少年に有益な情報を教えてやろう」


 おじさんは眉間にしわを寄せて真剣な顔で言う。


「なんと聞いて驚け? とあるエルフによる調査結果の報告によると……ここ百年の間に冒険者になった者の内、約半数が――銅等級止まりだそうだ」

「半分も……? そんなに冒険者って厳しい世界なの?」

「考えてもみろ。冒険者ってのは常に危険と隣り合わせで、命懸けで金を稼ぐ職業なんだ。そういった影響からか、銅等級止まりのヤツらは死んだ者、大けがをして引退した者、心を病んで失踪した者などリタイアを余儀なくされた者が大半を占めていたらしい」


 冒険者になれさえすれば努力次第で希望が開けると、簡単に考えていた自分の認識は大分甘かったようだ。


「それを踏まえて、俺の階級を見てみろ? 星の数は銅が三個と銀が三個の合計六。銀の星を獲得した冒険者は銀等級と呼ばれ上位約四割を占めている。更に言うと俺の様な星六個持ち、六ツ星シックススターズに限ればなんと上位二割。つまり、おじさんは貴族様が信頼する上位二割の優秀な冒険者なんだぜ? どうだ? これで少しは信用してくれても、いいんじゃないか?」


 確かに貴族様の信頼を得ている上に、上位二割の内の上級冒険者というのは十分信用に値する情報だ。ただおじさんの苦虫を嚙み潰したような表情がずっと引っ掛かっていた。


 自分の直感を信じるならこの話は断るべきだけど、貴族付きの上級冒険者との繋がりを手放すのももったいない。果たして俺はどうすればいいのだろうか。


 正解はどっちなんだろうかと悩みつつ、


「う~ん……あっ、そういやさ、銀の上って何?」


 といった感じで、一旦ごまかすことにした。


「む? 銀の上といったら当然、金だろう。金等級と呼ばれる特級冒険者まで到達できる者は上位一割。当然、全員が英雄並みの強さを誇る」

「ふ~ん……」


 そう言いながら、俺は窓の外の風景を眺める。見えるのは表通りを行き交う人々に水路と小舟。


(表通りの人ごみに紛れるか、細い裏道に逃げ込むか……)


 頭の中で考えていることはどうやってこのおじさんから逃げるかだけ。

 つまり、俺が選んだのは自分の直感だった。


 孤児院の過酷な生活の中で、醜い人間というものを嫌というほど見てきた。

 皆、欲望だったり、大きな力に流されたり、楽な道を選んだりした結果、そうなってしまっていた。俺だけはそうはなるまいと反面教師にして、自分の生まれ持った直感と培った価値観を信じることにしたのだ。


 トイレにでも行くふりをして逃げようと俺が口を開こうとした時だった。

 俺よりも先に、おじさんが口を開いていた。


「ゼファー少年」

「なっ……何?」

「今から、おじさんが社会的信用のある立派な大人だということを証明してやろう――このギルドカードでな?」


 そう言うと、おじさんはドラゴンハーブ茶を一気飲み。

 きりっとした勇ましい顔でテーブル横に置いてある伝票をもって席を離れていった。


 完全に逃げるタイミングを逃した俺は仕方なくおじさんの後を追うと、カウンターの前に立ったおじさんに、女店主の山羊人族サテュロスのお姉さんが話しかける。


「ん、お会計かい? どれどれ、伝票を渡しな」

「お姉さん、支払いはギルドカード払いで頼む」

「あん? 何言ってんだいあんた。ウチは現金払いしかやってないよ」

「……えっ?」


 ギルドカード払いが使えないことが予想外の出来事だったのか、おじさんは間抜けな顔でポカンと呟いていた。


「全く、冒険者様ってのは困ったもんだね……今日はあんたで八人目だよギルドカード払いでって言ってきたのは。まさか現金持ってないとか言わないだろうねぇ?」


 目を細めてジーっと睨む女店主に、おじさんが両手を振って否定する。


「持ってる! ちゃんと現金は持ってるから、そんな怖い顔で睨まないでくれ!」

「そうかい、だったら何も文句はないさ。お会計は合わせて……8800ゴールドだよ」


 ガクッと肩を落としたおじさんは懐にギルドカードをしまって、代わりに財布を取り出す。


 そんなおじさんに向けて、女店主の山羊人族サテュロスお姉さんは呆れた顔で話しかける。


「つい最近導入されたギルドカード払いがスタイリッシュでカッコいいから、見せびらかしたいのは分かるがねぇ……そんな最新技術が詰まった会計システムが、こんな庶民向けの大衆食堂にあるわけないでしょうが。全く、いい歳したおっさんがカード一つに浮かれてるのなんて、あたしゃ見てらんないよ……ったく」

「うぐっ……どッどうだ? これで丁度だろっ、じゃ迷惑かけたな……おばちゃん」


 そう言ってとぼとぼと店を後にするおじさんは、俺の目から見てめっちゃダサかった。


 最初はカッコつけてお姉さんとか言ってたくせに、最後はおばちゃんて、ダッサ。正直、ついさっきまで俺の中では、めっちゃ怪しいおじさんから少し怪しいおじさんにランクアップしていたのに。今では一気に落ちぶれて、怪しい上にまるでダメなおじさんと化していた。


 このおじさんはダメだ。ついて行っちゃダメなおじさんだ。


 まだビジネスとやらの詳しい内容は聞けてないけど、早々に離れないとダメな気がする。

 大衆食堂を出てからすぐ、俺はおじさんにお礼と別れを告げる。


「おじさん、ご飯旨かったぜ。んじゃ、俺はこれで――」


 次の瞬間、おじさんに背を向けた俺の襟首が捕まれる。


「――おい待て。ゼファー少年は、カッコつけようとして失敗したおじさんを一人ぼっちにする気か? 可哀想だから、もう少し一緒にいてやるかとは思わないのか? 哀れなおじさんを見捨てて心は痛まないのか? ん~?」


 まだ逃げられないことを悟った俺は、大きくため息をつきながら振り返る。


「……はあ~、おじさんはわがままだなぁ」

「あぁ、おじさんはわがままなんだ。じゃあ、ビジネスの話でもしながら……シャリオン観光デートでもしようじゃないか!」

「えぇ~なんでおじさんとデートしなきゃいけないんだよ。俺ァ……キレーなお姉さんがいいなあ」

「おいおい、そんなつれねーこと言ってないでおじさん孝行しようぜぇ~」

「何だよ、おじさん孝行って……」


 そんな他愛ない会話をしながら、俺とおじさんは肩を並べて歩き出す。まだまだ、おじさんとの付き合いは長くなりそうだった。

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