第3話 貴族が冒険者を支援する制度、スポンサーシステムとは
「さあ少年、何でも好きに頼んでいいぞ? ニコッ」
相変わらずの不器用で気味の悪い笑顔で、怪しいおじさんが微笑んでいた。
俺が今いる場所はエルフやもふもふな半獣人の客で賑わう大衆食堂。半獣人と言えば、全身だけじゃなく顔まで体毛に包まれた人型の動物みたいな種族だ。
ここの店主を務めるのは
種族的な特徴としては黒くねじれた二本の角に尖り耳。他にもクリーム色の体毛と黒い毛におおわれた顔と手足。瞳の中の虹彩が横長の長方形をしているなど、メジャーな人種ヒューマンとは外見が大きく違っている。
立派な樹で造られた木造の大衆食堂は玄関から家具、天井の高さまで全てがビッグサイズ。怪しいおじさんによると、これは俺の二倍近い身長のあるエルフに合わせて作られているからとか。ちなみに、俺たちがいるのは人間用の席で、その他七割がエルフや体が大きい獣人たち用の席らしい。
そのため、広大な空間が広がり全体的に親しみやすい店という印象に仕上がっていた。
沢山の客で賑わっていることから、きっとこの地域の人気店なのかもしれない。
またカウンター越しに見える厨房では、可愛らしいエプロンと頭巾をまとった
俺は旨そうな匂いで活性化された食欲を抑えつつ、目の前のメニューに目を落とす。
「おじさん、俺……」
「何だ、金の心配か? それとも遠慮か? おじさんは一杯稼いでるから、気にせず何でも頼むといい」
「いや、そーじゃなくて……俺、文字読めねーから、おすすめ教えて欲しいんだけど?」
呆れた顔のおじさんが、ずでっと深く席に潜り込むようにズッコケていた。
このおじさん、意外とコミカルでノリが良さそうだな。
「あー……だったら、料理名の近くに料理の絵があるだろ? それを指させ」
「なるほど、んじゃあーコレとコレと……コレも旨そうだな。あっついでにコレとコレも!」
「おいおい、全部見事に脂っこいもんばっかだな。飲み物はどうする?」
「んー良く分かんねーから、おじさんのおすすめで」
「そうか。それじゃーこれなんかどうだ?」
そう言っておじさんが差し出した別のメニュー表には、赤いドロドロのシャーベッドに太めのストローが刺さったドリンクの絵が載っていた。
それには黒いつぶつぶの種が入っていて、見た感じとてもおいしそうには見えなかった。
「なんか旨そうには見えねーけど……これ、何ていうドリンクなの?」
「こいつはドラゴンスムージーと言って、ドラゴンフルーツを絞ったジュースにドラゴンの血が一パーセント入った特別製のドリンクだ」
「ふ~ん、ってことはこのメニューに載ってる赤いドリンクって、全部ドラゴン製の飲み物なの?」
「そうだ」
ドラゴンと言えば世界で最強の生物と聞いたことがある。
それの血が入ったドリンクがメニューにあるなら、きっとドラゴンの肉もあるよな?
「ってことはさあ!? この店でドラゴンの肉も食えたりすんじゃねーの? ははっ俺ァ、人生で一度はドラゴンの肉食いたかったんだよなあー!」
「あー結論から言うと、この店じゃドラゴンの肉は食えない」
「え~……何で?」
そう言って、俺はしょぼんと肩を落とす。
せっかく上がったテンションは即座に急降下。なあんだ、つまんねーの。
「ドラゴンの肉は肉質がかなり硬いんだ。そのせいで、調理には最低でも一週間はかかる。つまりだな、ドラゴンの肉料理は特別高級な一流料理店でしか提供してない、調理激ムズな最高級食材なの。一般庶民向けの大衆食堂でそんなもんあるわけねーだろ、諦めろ」
「マジか~でも、おかげで叶えたい夢がまた増えちまったな。やっぱ、何だかんだ外の世界も捨てたもんじゃねーな」
「お前ってホントに遠慮しないんだな、まさかドラゴンの肉を頼もうとするとは。それで少年……飲み物はどれにするんだ?」
そう促され、再びドリンクが載ったメニューに目を落とす。
やっぱドロドロしてる奴より、もっとさっぱりして飲みやすそうな奴がいいよな。特にこの透き通って綺麗な深紅のドリンクなんてよさそうだ。底に輪切りのレモンが沈んでいるのもさっぱりポイント的によし。決めたぜ、こいつにしよう。
俺はメニューに載っている絵――透明のグラスに入ったそれを指さした。
「少年はこのドラゴネードだな。じゃ俺は……ドラゴンハーブ茶にでもしとくか」
それから、おじさんは近くを通りかかった
「お~い、お姉さん。注文いいかな?」
「はい~よろしいですよ~」
おじさんが注文を伝えている間、俺は
兎らしく縦に細長い耳に真ん丸とした小顔。そして、白いふわふわの毛で覆われた全身。俺には
(はあ~こんな美人でキレーなお姉さんと……手ぇ繋いでデートしてーなあ)
なんて考えていると、ちょうど注文が終わったのか離れていくお姉さん。スカートのお尻部分から飛び出た白くて丸い尻尾が、左右にフリフリと揺れていた。
(あぁ……もふもふが、魅惑的なもふもふお姉さんが行ってしまう)
それを見て欲が刺激された結果なのか、俺の中で冒険者熱が再燃しこう聞かずにはいられなかった。
「なあなあ、おじさん! 俺ァ、冒険者になってキレーなお姉さんとデートしてーんだよ。だからさ……十三歳の俺でも冒険者になれる方法、早く教えてくれよ!」
「ん? あっ……あぁそういや、その話をするために店に入ったんだったな。少年が冒険者になる方法は二つある。一つは貴族様にスポンサーになってもらい特別推薦を貰うルートだ」
「スポンサー? 特別推薦? 何だそれ?」
おじさんは顎に手を当てて、講義をするように説明する。
「スポンサーっつうのはな……う~ん、どっから説明するのがいいか」
「俺ァ、何も知らねーバカだからさ。できれば一から十まで全部教えて欲しいぜ」
「何? そうか、少年は好奇心旺盛なんだな。なら最初から説明してやろう。そもそも、冒険者ギルドの発祥自体は六商同盟ユリステリアで、その管理や運営も大体がそこ出身の人間で構成されてるんだが……」
さっそく、俺は思い切って質問をぶつけてみる。
「俺、少しだけ聞いたことあるんだけど……冒険者ギルドって世界規模の巨大組織らしいじゃん? そんなのが突然来たらさ、偉い大人たちが揉めたりするんじゃねーの?」
「ほぉ……その年齢でそこに考えが及ぶとは、中々に鋭い頭を持っているな、少年。実際のところそれ対策に、冒険者ギルドのギルドマスターの役職は現地の国の王族や権力者が務めるのが通例になっているな。実務をこなすのはサブマスターで、基本ギルドマスターはお飾りなのがほとんどだ。役職だけもらってギルドにこないなんて話もよく聞く。ちなみに割合は明かされてないが、結構な上納金も納めているらしい。だから、国と冒険者ギルドが揉めたなんて話は聞いたことがないな。ただその代わり、冒険者ギルドと貴族様の揉め事はそれなりに耳にするが……」
「へぇ~!」
「あと一応、これは補足情報なんだが……魔導帝国ゼノアには冒険者ギルドは存在しない。あの国は鎖国まがいの入国規制してたり、他種族に対して権利を制限したりと、色々排他的だからな。その代わりに、独自のハンターズギルドってヤツがあるが……そのシステムは完全に冒険者ギルドのパクリだな」
語りに熱が入ったおじさんは、身振り手振りを交えて説明を続ける。
「……っと、少し脱線しちまったな。今言った通り国と王族に関しては、冒険者ギルドから得られる利益を独占して儲けまくっていたんだが……それに貴族様が異議を申し立ててごね始めた。まぁ、王族と貴族の資金力のバランスが崩れ始めたからな。文句を言うのは当然だろう。その結果、施行された制度ってのが貴族様だけが冒険者を支援することが出来る――スポンサーシステムってわけだ」
「それって支援する側にはどんなメリットがあんの?」
おじさんの講義が面白すぎて、俺はついつい質問を重ねてしまう。
「いい質問だ。冒険者を支援するってのはつまり、投資そのものなんだが……簡単に言っちまえば支援した冒険者が階級を上げたり、有名になって市民の人気を獲得できれば、色んな金儲けができるのさ。そんである程度儲けたら、他の上位貴族様にスポンサー権を売るんだよ」
「えっ……売れんの!? というか、売るのもったいなくねー?」
「聞いて驚け、なんと売れば爵位が上がるんだぜ?」
「マジッ!?」
「まぁ、爵位が上がる条件はそこそこキツイらしくて、言うほど簡単ではないそうがな。とりあえず、成り上がりたい貴族様はそりゃ売るだろ。買う方も有名な冒険者を従えることで拍が付くし、金の卵を産む鶏みたいなもんだから色々と金も入ってくる。貴族様同士でwin-winな取引ってヤツさ。そして何より、貴族様が秘密裏に持つ直属の武力組織であるノブレスファミリーの補強にも繋がるって訳だ」
ノブレスファミリー。俺のバカな脳みそで想像する限り、複数の冒険者が集団として結束した組織くらいのイメージしか湧かないけど。実はスゲー組織だったりすんのかな?
(そういや俺が喧嘩を売っちまったのも、何とかっつーノブレスファミリーつってたな)
これは自分が一体なにを敵に回してしまったのか、確認する必要がある。
「あのさ、俺が喧嘩売っちまった奴らも何とかっつーノブレスファミリー名乗ってたけど……そもそもノブレスファミリーって何なの?」
「ふむ……そうだな。表向きは自己保身と権利保護のため、集団化した冒険者の群れ。しかし、その実態としては貴族様の代わりに後ろめたいことをやらされる組織犯罪集団と言ったところか。まっ、基本的には貴族様の犬どもだよ。哀れな消耗品と言ってもいい。ただ、中には貴族様の血筋を入れて、血の契りを結ぶ例外もあるが……数は少ない。いざという時に切り捨てられなくなるからな」
「ふぅ~ん。貴族様ってのは皆、そんなやべぇ組織持ってんの?」
「あ~おじさんは貴族じゃねえから詳しくは分からんが、どうもそうじゃないらしい。恐らくだが一部の上級貴族にだけ許されている特権なんだろう。貴族家の数に対して、あまりにもノブレスファミリーの数が少ないしな」
「なるほど、ところでさ? 俺が敵に回した何とかノブレスファミリーってヤバかったり?」
真剣な顔のおじさんが俺に指を指しながら言う。
「ガムラン・ノブレスファミリーな。俺が聞いた話によると、奴らは六商同盟ユリステリアから来たみたいでな? 古く歴史ある血筋がどうこうって自尊心と誇りだけはいっちょ前の奴らさ。ツラと態度だけはデケーから冒険者界隈ではそこそこトラブルを起こしているらしい。あぁ、少年もそうだったな」
おじさんの話を聞く限り、俺はとんでもなく厄介で面倒くさそうな連中に喧嘩を売ってしまったのでは、という間違いに気づく。だが同時に、そんな俺にわざわざ関わろうとしてくるおじさんの目的とはなんだろうか。
おじさんの真の意図が何か、確かめておかなければいけない気がする。
ガムラン・ノブレスファミリーとかいう奴らよりも、このめちゃくちゃ怪しいおじさんの方が気になってきた。ここは素直に直接聞いてみるか。
「なあ、おじさん。ヤバい奴らに目ぇ付けられた俺なんかに関わっていいのか? 巻き込まれて痛い思いとかするんじゃねぇの?」
「はっはっは……おじさんの心配をしてくれるなんて、少年は心優しい子なんだな。だが安心しろ。実はおじさんもとあるノブレスファミリーの一員なんだよ。そして、俺の後ろについてる貴族様は……アイツらとは格が三つくらいは違う」
「へぇ~……その貴族様っつーのはどんな――」
突然、おじさんの顔から表情が消え失せる。
それどころか、深い憎悪が顔からにじみ出るほどの恐ろしい形相で言う。
「――貴族様は秘密を好まれる。見てはいけない、言ってはいけない。聞いてはいけない。もしも、秘密にたどり着いてしまった時は……死ぬぞ? 貴族様にいたずらな好奇心を抱くのはやめておけ」
どうやら、大人の世界に深入りしすぎてしまったらしい。
結局、おじさんの目的は分からずじまいだけど、おじさんには偉い貴族様とやらがバックについていることはわかった。
(バカな俺がアレコレ頭働かせたところで、たかが知れてるしなあ……もういいや。深く考えるのはやめだやめ。直感一筋で生きていくか! しかしなあ……)
俺は天井を見上げながら、背もたれに寄りかかってため息をつく。
「はあ~っ……なるほどなあ。貴族だ、ファミリーだとか大人のしがらみって厄介そうだなあ。あ~あ、冒険者ってきっと自由な存在なんだろうなってイメージしてたのに。結構メンドくさくて、不自由なのかよお……ダリーなあ」
どうやらこの世界はどこまでも不自由が付いて回るらしい。なんとまあ息苦しい世の中なんだか。一度めちゃくちゃにぶっ壊して作り直した方がいいんじゃないかとさえ思えてくる。
一瞬だけ裏の本音をこぼしかけたおじさんはすぐに表情を切り替えると、貴族様と冒険者の確執に触れる。
「あのな? 冒険者ってのは暴力装置なんだよ。強大な力を持った存在が好き勝手に暴れないよう、制御する別の存在がいるだろ? そこで名乗りを上げたのが貴族様だ。まぁ、建前上そうなっているが……大方、身分が下の冒険者風情が英雄気取ってるのが気に入らねぇんだろうなぁ……ほとんどの冒険者がこの制度に対して、うざってぇって思ってることだろうよ。結局、これの本質はな……冒険者に首枷をつけるってことなのさ。ごく一部、まともな貴族様もいるっちゃいるが……今話した通り、冒険者を下に見る貴族様と冒険者の間でトラブルが起こることはしょっちゅうだ。うんざりするほどにな。これが冒険者ギルドと貴族様の対立にも……ってこの話はまぁいいか」
表情は切り替えられたようだけど、それでも我慢できなかったらしく、結局踏み込んだ裏の話を喋ってしまっていた。
きっと沢山の苦労を重ねてきたんだな。よくよくおじさんの顔を見れば深くしわが刻まれ、くっきりと隈が出来ていて明らかに不健康。まさに精魂尽き果てる一歩手前といった具合だった。
それほどに冒険者という職業は気苦労が絶えないのかね。この調子だと俺の夢が叶えられなくなっちまうじゃん。
これはちょっと困ったことになってきた。と言っても今更、他の職業は良く分かんねーし。ってかどうせ無理だろうし……。やばい、もしかして詰んでるか、俺のこの状況?
「ついでに言っとくと冒険者である限り、この制度からは逃げられない。冒険者として力をつけ頭角を現せば、必ず貴族様による首枷が付くようになっている。星々の女神ユリスティアの契約魔法によってな。少年は頭がまともで、善良で、健全な貴族様がスポンサーになってくれることを祈るんだな……でだ! 話を最初に戻すぞ? 貴族様にスポンサーになってもらったら、あとは特別推薦をしてもらうだけだ」
「その特別推薦っつーのは?」
「例の二十歳未満の若者が新規の冒険者登録をすることを禁止する法律には但し書きがあってな? 貴族様が特別推薦するくらい、才能や適性があって見込みがあるのなら……適応されないんだよ」
「へぇ、そんな抜け道があるんだ……で、どうすれば貴族様が俺のスポンサーになってくれんの?」
そう言うと、急に黙ったおじさんが僕をじろじろと見つめる。
「……?」
「う~ん、少年は悪いうわさが尽きねえ
「じゃあ何でこの話をしたんだ?」という意味を込めた冷たい眼差しで、俺はおじさんを睨みつける。ただ無言でジッと。
「おいおい、そう怖い顔で睨むんじゃねぇよ。今のはただの世間話だろうが」
そう言うと、おじさんは背もたれにぐっともたれかかる。
更にダルそうな顔で、椅子の背に腕を乗せながらこう言った。
「お前が言ったんだぜ? 一から十まで全部聞きたいってな。だからこそ俺は親切丁寧に世間のお話ってものをしてやったんだぞ……なぁ、少年? いや、孤児院から追い出された哀れな孤児……つったほうがあってるか」
「――ッ!?」
「もし少年がスラムのクソガキだったとしたら、仲間なり裏社会なりのつながりで例の法律を知ってるだろうし……何より、今流行りの闇ポーターやって金稼いでるだろうしな」
「……闇、ポーター?」
その闇とつくワードから察するに、恐らく非合法的な仕事なのは間違いない。
キレーなお姉さんと一緒にほかほかなうまい飯を食うため、キレーなお姉さんと一緒にフカフカのベッドで寝るため、そしてキレーなお姉さんと手ェ繋いでデートをするためだ。この際、多少の犯罪行為には目をつむろう。
(とりあえず、今知りたいのはその闇ポーターとやらがどれくらい稼げて、どれくらい命の危険があるかどうかだ)
わずかに希望が見えてきたことで、俺はより一層前かがみになって話を促す。
「その話、詳しく教えてくれよ? おじさん」
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