地獄と天国

第2話:愛するものを失うことは、それだけの価値があるのだろうか？

文字通り、そして比喩的にも、新婚生活はあっという間に過ぎ去った。結衣は東京に戻り、佐々利文夫の妻としての新しい生活に慣れようとしていた。新しい役割を大切にしながらも、彼女は大好きな茶室「抹茶の家」に深い愛情を抱いていた。そこは小さくて居心地の良い場所で、彼女はそこで何年もかけて伝統的な抹茶の点て方の技術を磨き上げてきた。それは彼女が幼い頃から抱いていた夢だった。

ある暖かい午後、結衣は茶室で抹茶の点て方を見守り、常連客とおしゃべりしていた。会話の穏やかなざわめきと緑茶の心地よい香りが空気を満たしていた。突然、玄関のドアが開き、文夫の母、文子が入ってきた。彼女は堂々とした人物で、その存在は注目と尊敬を要求していた。

「結衣」と文子は堅苦しく冷たい口調で挨拶した。「二人きりで話してもいい？」

「もちろん、お母さん」と結衣は心臓がドキドキしながら答えた。 彼女はふみこを、客や店員の耳に届かない茶室の奥の小さな部屋に連れて行った。

ふみこは座り、上品な着物をなでた。彼女は、彼女の監視下でますます緊張しているユイに鋭い視線を向けた。

「ユイ、あなたの茶室について話そうと思っていたの」とふみこは穏やかだが毅然とした声で話し始めた。「あなたは文雄と結婚したのだから、優先順位を変えなければならないわ。茶室は政治家の妻にはふさわしくないわ」

ユイは不安に襲われた。彼女はふみこからの抵抗を予想していたが、それほど直接的ではなかった。「お母さん、抹茶の家は私の情熱よ。一生懸命働いてきたもの。喜びと充実感を与えてくれるの」

ふみこの表情は固くなり、目が細くなった。 「喜びや充実感は、文夫の妻としての責任に比べれば二の次です。新しい役割のイメージや期待を考慮しなければなりません。人々はあなたのすることすべてを精査します。文夫の妻としての義務に集中することは、彼のキャリアと私たちの家族の評判の両方にとって重要です。」

ユイは文子の言葉の重みを感じながら、自分の手を見下ろした。彼女は文夫を愛し、彼を支えたいと思っていましたが、茶室を閉めることは自分自身の一部を放棄するような気がしました。

「考えます」とユイは時間を稼ごうと優しく言いました。

「考えるだけでは十分ではありません」と文子は声を上げてきっぱりと言いました。「これはすぐに決めなければならない決定です。この茶室を長く開けておけば開けるほど、文夫と私たちの家族に悪影響が及びます。」

ユイは目尻に涙がこみ上げてくるのを感じました。「お母さん、どうか理解してください。この茶室は私にとってすべてです。私の夢です。」

ふみこは突然立ち上がり、怒りで顔を赤らめた。「ふみこの夢はどうしたの？ 仕事は？ ふみこの将来よりあなたの小さな茶室のほうが大事だと思うの？ 大人になって、自分の置かれた状況の現実を悟らなきゃ」

その晩遅く、ゆいとふみこはリビングで一緒に座っていた。ふみことの会話が彼女の心に重くのしかかっていた。ふみこは彼女の苦悩に気づき、彼女の手を握った。

「ゆい、どうしたの？」と優しく尋ねた。

ゆいはしばらくためらい、ふみこに自分の会話を話した。「あなたのお母さんは、私が『抹茶の家』を閉めて、あなたの妻としての義務に集中すべきだと思っているわ」

ふみこはため息をつき、髪に手を通した。「彼女の心配はわかるけど、これはあなたの決断よ、ゆい。あなたにとって茶室がどれだけ大切なものか、私は知っているわ」

「でも、それがあなたの仕事に影響したらどうするの？」と、ゆいは声を震わせながら尋ねた。

ふみこは彼女を安心させるように抱きしめた。 「私たちはすべてのバランスをとる方法を見つけるでしょう。私はあなたに幸せになってほしいのです、結衣。この茶室があなたに喜びをもたらすなら、私たちはそれをうまくやります。」

結衣が一筋の希望を感じ始めたちょうどその時、文子が怒りの表情を浮かべたまま部屋に飛び込んできた。「文雄、本気じゃないでしょう。これは幸せの問題ではありません。これは義務と名誉の問題です。」

「お母さん、落ち着いて」文雄は自分の苛立ちを抑えようとしながら言った。「結衣の幸せは私にとって重要です。私たちは一緒にこの問題を解決します。」

文子の目が燃え上がった。「結衣がつまらない茶室よりも夫のキャリアを優先できないなら、彼女はこの家族の一員としてふさわしくありません。文雄、彼女にそれを理解させてください。今すぐ。」