第8話 元の世界に帰るために 2/2

「陽太君は多分事故とかショックなことに遭って記憶が無くなっちゃったんだと思います。その体になったのは……まだ調査中です。」


 何か考え事でもしているのだろうか、くらげは視線を外しながらそう答える。


「そうなんですか……。」


 陽太君はくらげの言葉に落胆する。まあ、そんなすぐに元の世界に帰れる方法と元の体に戻る方法なんて分かるなんて都合のいいことが起こるわけがないよな。


「でも中村さんも今のままでは元の世界に帰るのは無理なんですよ。」

「え、何でですか?」


 くらげと俺に向き合い目を合わせる。俺がこのままだと帰れないってどういう事だろう?

 俺が不思議に思っているとくらげが何かを確認するように問う。


「中村さん、この世界を作った女神に連れてこられたって言ってましたよね?」

「はい。」

「その女神に非常に厄介な呪いをかけられています。」

「呪い?」


 くらげはふーっと精神を落ち着かせるように長い溜息をつく。な、なんか嫌な予感が……。


「この世界の人と親密な関係にならないと帰れない呪いです。」

「え?」

「ちなみにこの世界の人間は全員男です。」

「は?」

「つまり男性と恋人関係にならないと元の世界に帰れない呪いです。」

「はああああ!!?」


 ガタッと椅子が倒れる音がする。俺が思わず立ち上がってしまったせいだ。隣に座っている陽太君がビクッと体を震わせながらこちらを見た。いきなり大きい音を立ててごめんね!

 というか、この世界の男と恋人にならないと帰れないってどういうことだよ! 異世界転移系漫画で見たクリアしないと帰れない世界ってことか!? ふざけんな! そもそも元の世界に帰るために人の心を弄ぶなんてことはしたくない。

 ……あれ、もし両思いの上で恋人同士になったとしても、それはそれでいろいろな問題起こらないか? もしかして、あのクソ女神は人の恋路を娯楽か何かと思ってるのか? ちくしょう、人の人生なんだと思ってんだ!


「中村うるさい。」


 ソファの方からマシロの不満げな声が聞こえてくる。反射的にそちらに目を向けると、彼らはまだ大乱闘対戦ゲームをやっていた。

 マシロの操作しているひげ面のキャラクター遠距離からチマチマと確実にダメージを貯め、ヒダカの操作しているピンクのマスコットキャラクターを追い詰めていく。彼の機体に赤黒い模様が現れた。

 マシロ、お前その見た目でそんな厳ついキャラ使うの?ヒダカは可愛いキャラ使うんだな。


「殺す殺す殺す殺す……。」


 なんかヒダカがブツブツ言いながらコントローラーミシミシと壊れそうなぐらい強く握りしめてて怖い。

 くらげがため息をつきながら2人が座っているソファに近寄り、マシロの頭をパーで手でバシッと叩く。


「痛い!おれは4さいだぞ!もっと優しくして可愛がれ!」

「アンタ20歳でしょ!歳が一回り小さい子をいじめないでくださいよ、大人げない!そもそも私程度の拳でアンタがダメージ受けるわけないでしょうが!」

「俺はいじめられてない。」

「キュキュイキュー。」


 ヒダカは少しイラついた口調でコントローラーをミシミシと強く握っており、白い生き物はヒダカの頭の上でよしよしと頭を小さいお手々で撫でている。

 マシロお前その見た目で20歳なの?ヒダカの歳がマシロより一回り小さいってことは、ヒダカの年齢は10歳ってことになるんだけど……コイツ、ロボットだから製造年数が10年って意味なのか、それとも精神が人間の10歳の子どもって意味のどっちなのだろうか? それとも、俺が思いつかないだけでまた違う意味だったりするのか? うーん、くらげの言った情報だけじゃヒダカのことがよく分からないな。


「そんなことより、そろそろ貴方たちも関係する話をするから席に戻ってください。」

「気が向いたらねー。」

「いいから来るんだよ!」


 マシロが「ァー!」と情けない声を上げながらくらげに首根っこを掴まれて連れてこられた。どこかで聞いたことがある野太い悲鳴だな……。

 ヒダカは白い生き物を頭に乗せたまま、席に戻る。それにしても、このクソデカロボ、一体何の目的で作られたロボットなのだろうか。

 じっと見ていると、黒いロボに睨まれた気がするので、そっと目を逸らす。この10歳児怖すぎるんだよ。

俺と一緒にその光景を見ていた陽太君が何かに気が付いたように口を開く。


「……あれ?そういえばこの世界には男性しかいないんですよね?くらげさんも男性だったりするんですか?」

「コイツ心のちn……。」

「私スライムなので性別ないんですよあはははは。」


 マシロが何かを言う前に笑いながら早口で素早くマシロの口を手でふさぐくらげ。目は笑っていなかった。陽太君はピンときていないようだけど、これ多分……いや、これ以上は辞めておこう。

 それよりもくらげはスライムだったのか。どう見ても人間にしか見えない。異世界モノのラノベとか漫画でよく出てくるあの万能スライムってすぐに人型になるよな。いや、流石に美少女フィギュアしゃぶるスライムはいないか。コイツ、スライム族の恥か?


「キュキュイキュー!」

「ママ!それは人前でやるもんじゃないです!それ見られたら私社会的に死んじゃいます!」

「うわあ……人に成人男性って言っておいて自分はそんなことしてるんだあ……。」

「……。」

「二人ともそんな目で見ないでくださいよお!!」


 マシロはドン引きしつつも、どこか楽しそうな表情で、ヒダカは汚物を見るような冷たい目で机に突っ伏しながら泣き叫ぶくらげを見ていた。白い生き物は何言ったの?

 あとくらげはフィギュアしゃぶってるところを他人に知られた時点で社会的に終わってると思う。


「あの……中村さん?あの白い生き物が何言ってるか、分かりましたか……?」

「分かんないけど、絶対ロクなこと言ってないのは分かる。」

「ですよね……。」


 陽太君が遠い目をして一人でギャーギャー騒いでいるくらげとそれを見ているマシロたちを見る。多分、俺も陽太君と同じ表情をしていると思う。


「あの……そろそろ本題に入りませんか?」


 このままではいつまでも本題に入りそうにないと判断した俺は、気まずい思いをしながら手を上げる。


「ああ!そうですね!」


 くらげはポンッと両手を合わせてから話し始める。切り替え速いなコイツ。


「私たちは女神についてよく知らないので、まずは女神のことについて情報収集しましょう!そのために、こんなものを用意しましたあ。」


 くらげが取り出したのはこの世界の地図だった。それをホワイトボードに貼り出す。


「ここに『ムピノスニア教皇国』っていう国があるんですが、その国の中に世界最高峰の教育、研究機関である『聖ミロルバ魔術学校』っていうところがあるんです。」


 くらげは貼り出した地図の真ん中辺りにピンク色のペンで分かりやすく丸い印を付ける。


「ここにはきっと女神についての呪いについての資料や陽太君の体を元に戻す方法もあるかもしれません。まずはそこに潜入して情報収集してもらいます。」

「潜入ってどうやって……?」

「この潜入先の学校、大体3日後くらいに入学式があるんですよ。それに紛れ込んでもらいます。」


 なるほど、外部から人が来るんだったらそれに紛れ込んだ方が楽だよな。


「あれ、入学試験とかないんですか?」

「ん“ん”っ。そこら辺は大丈夫です。すでに入学準備はできているので、後は入るだけです。」


 陽太君が手を上げて質問すると、くらげが咳き込んで答えた。この人たち、何かやましいことをしたのか?


「というわけで中村さんとマシロンが行ってきてください!」

「ええ!?」「ええー……。」


 唐突に名指しされた俺は驚き、マシロがやる気がなさそうに言う。こんな二十歳の性別年齢詐欺のサイコパスと一緒に行動するのは嫌だ!


「しょうがないじゃないですか! まともに人の形してるの貴方たちだけなんですよ! 本当なら年齢的に陽太君が適正なんでしょうけど、このままの姿で行ったら討伐されるか実験台にされますよ!」

「あ、やっぱりこの姿だと誰にも受け入れてくれないんですね……。」


 陽太君がしょんぼりながら呟く。君が悪いわけじゃないぞ。


「だいじょうぶ、いざとなったら俺の経験値にするから。」

「ひっ!」

「マシロン、年下の子を怖がらせないでください!」


 マシロがニタリと陽太君を値踏みしながら言うと、陽太君は怯え、俺の後ろに隠れてしまう。君の力が強すぎて内臓が飛び出そうになるから、掴むのは辞めてほしい。


「くらげさんは無理なんですか?」


 俺がそう聞くと、くらげは「あー……。」と何とも言えない表情になる。


「私はー……前にその学校に侵入したことがバレちゃってえ……。今度、侵入したのが、バレたら殺されちゃうんですよお……。」

「別に死んでも残機があるからいいじゃん。」

「OLの私は私しかいないんですよお!」

「キュキュイキュー!」


 マシロの無情な答え方にくらげと白い生き物は両手をグーにしてレッサーパンダの威嚇のように反発する。くらげって残機あるんだ……。話し方から推測するに人格は別々にあるのか? だったら、死ぬのは嫌だよな。

 それにしても、何でくらげの侵入がバレたんだろう。侵入した理由は、多分、入学試験を受けるためなんだろうけど、見たところ、くらげの人間への擬態は完璧に近い。そう簡単にバレるものなのだろうか。


「ともかく! 入学式まで時間がないので、とっとと準備しましょう! さあ、マシロン! 中村さん! 行きますよ!」


 くらげが手を叩いてから、俺とマシロを手を引いて、別室に連れて行った。くらげは自分のことをスライムだと言っていたけど、その手は人の手と何ら変わりなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る