第9話 入学式

 この世界についてのある程度の常識と注意事項を叩きこまれた数日間の準備の後、俺とマシロは出っ歯眼鏡に学生服の姿という昭和の漫画で見たような姿で学校の入学式に出ていた。

 何故こんなダサい姿になったかというと、あの女神はどうやらイケメンと平凡顔のカップリングに目がないらしく、そういう奴らに積極的にカップリング強制魔法をかましてくるのだそうだ。クソ迷惑すぎる。

 そもそも何であのクソ女神の性癖をくらげが知ってるんだ? ひょっとして、お前が黒幕なんじゃないのか? 


「いやあ入学式なんて初めてだから楽しみでやんす!」


 頭の中でくらげ黒幕説について考えていると、隣のマシロから話しかけられる。

今の俺たちは『桜王国』っていう江戸時代の日本に似通ったような国から、この『ムピノスニア教皇国』の『聖ミロルバ魔術学校』に留学してきた『阿部屋』兄弟でここには商人である父親のコネを作りに来たって設定だ。

 俺が『阿部屋 茂松』、マシロが『阿部屋 茂雄』という名前でこれから元の世界に帰るために、女神に関すること、陽太君を元の体に元に戻す方法の情報収集のために、この学校の留学生寮から通うことになる。


 ところでマシロお前、この世界の常識を学ぶ時にやった教材TRPGで俺がかなり適当に作ったキャラクターの設定に馴染むの速くない? 俺はその口調で常に話しているとボロが出そうだから普通に話すことにする。

 というかコイツ、学校行ってなかったのか。今までどういう人生を送ってきたんだ。完全に推測になるけど、ロクな人生は送ってないな。


「諸君、我が神聖なる学び舎、『聖ミロルバ魔術学校』に新たに迎え入れられたことを女神の御加護とともに心より祝福申し上げる。古の時代より知識の探求は女神の意志を体現する者の特権とされてきた。我々のこの学び舎もまた……。」


 この学校の校長である初老の立派な髭面の話が堅苦しい上に長い。校長の長話ってこんな感じだったかなと思いつつ、彼の頭を見た。髪の位置がおかしい。おそらくカツラがずれているのだろう。彼本来の頭部はツルツル頭のようだ。

 隣のマシロをチラリと横目で見ると魔法の手順が書かれた本を読んでいた。本の内容には『派閥の波を生成する魔法』、『木を探索する魔法』など、使用用途不明な魔法がたくさん書かれていた。コイツなんでそんな本読んでるの? それ見てて楽しい? まあ、大人しくしてるなら何でもいいけど。


 首が動かない程度に周りの様子をチラリと見てみると、居眠りをしている人、校長の話を熱心に頷きながら聞く人、校長から逆方向を向いてぼーっとしている人など様々な人がいた。来ている服は俺たちのような学生服の生徒とブレザーにネクタイという制服の生徒がいた。この学校は制服かブレザーのどちらかを選べるらしい。クソ女神の趣味か?


 くらげからこの世界は中世ヨーロッパ風の異世界系漫画でよく見るような世界観だと聞いている。俺が見える範囲では色んな髪色のイケメンがたくさんいた。この世界の女神は面食いなのは間違いないらしい。逆に今の俺たちのようなあまり見目がよろしくない男はほとんど見られなかった。……潜入目的なのに俺ら逆に目立ってない? 大丈夫か?

 エルフとかドワーフなどの地球では地球では見られない種族もいるかと思って期待しながら探してみたが、俺の見える範囲ではそのような人は見られなかった。


 ふと、なんとなくマシロが気になって彼の方を見る。

 奴の手の中にはいつの間にかビール瓶のようなものが握られていた。マシロが手をかざし、ぐにゃぐにゃと気持ち悪く指を動かすと魔法陣が出現し、その中に瓶の中に入っていた怪しく発光した虹色の謎の液体をドバドバと勢いよく入れた。魔法陣の中にすーっと虹色の謎の液体が吸い込まれていく。


 え、え? 何してんのコイツ。


 俺が頭に大量のクエスチョンマークを浮かべていると、長話を続けている校長の頭の上に魔法陣が出現し、そこから金ダライが出て来た。生徒たちの驚きの声が出たと同時に、金ダライはそのまま重力に逆らうことなく下に落ちていく。


「君たちは、女神の御加護お!?」


 校長の頭上に金ダライが落ちてきた。ガーン! と派手な音を立て、ガランガランと金ダライが地面に落ち、校長も地面に崩れ落ちた。金ダライが女神からの贈り物みたいに見える。嫌な贈り物だな。


「い、一体何が……!?」


 校長がズレたカツラを押さえながら上を見上げると、再び魔法陣の上から大量の金ダライが落ちてきた。


「ぬわあぁああ!?」


 魔法陣の中からガラン、ガラン!と落ちてくる大量の金ダライを歳を感じさせない素早い動きで転がりながら避ける校長。そのたびに頭のカツラはズレていき、ついにカツラは頭の上から転げ落ち、校長のツルツルの禿げ頭があらわになる。


「大丈夫ですか、校長! 痛っ!」


 生徒会と書かれた腕章の生徒の頭の上に金ダライが当たった。彼はとても痛そうにうめき声をあげながら頭を抑えている。


 俺の後ろからガン! と金属音のような音が聞こえた気がした。まさかと思い、額に冷や汗が流れるのを感じながら後ろを振り返ると、運悪く金ダライに当たってしまったと思われる15歳程の生徒が頭を抑えてうずくまっている。


「うう……痛いよお……。」

「君、大丈夫か!?」


 頭を手で抑えている生徒に風紀委員と書かれた腕章をつけた真面目そうな坊主頭の生徒が駆け寄った。その生徒の頭上にも金ダライが落ちてきた。

 周りの生徒たちから恐怖が伝染し、辺りはたちまちパニックになる。一人悲鳴を上げて逃げだす生徒が現れると、他の生徒たちも我先にと出口に向かって走り出した。


「落ち着いて避難誘導に従ってください!痛っ!」


 避難誘導をしようとしていた人懐っこそうな生徒に金ダライが当たり、彼も頭を抱えてうずくまってしまう。

 頭上を見てみると魔法陣がネズミ方式に増殖し、縦横無尽に移動している。とんでもない魔法だ。

辺りはパニックになり、避難誘導をしようにも頭上から金ダライが襲ってくるので、思い通りにはいかない。よく見ると金ダライ以外の物も落ちてきている。本格的にヤバいと思った俺はマシロの手を掴む。


「なんでこんなことになったかは分からないけど、逃げるぞ!」


 魔法陣からマシロの手を引いて逃げようとするが、全く動かすことが出来ずに驚いて思わずマシロを見ると、こちらを見つめたまま固まっていた。コイツもパニックになるような人の心があったのかと思っていたが、小声で呟いた奴の一言によりそれは一変した。


「え、これそういう魔法なの……?」


 これお前がやったのかよ!!


 周りに人がいたので、苦虫を噛んだような表情で歯ぎしりしながらギリギリ声には出さなかった。


「まあいいや、次は別のやつ試そう。」


 無表情でしょんぼりしたような口調で呟くマシロ。コイツもっと酷いことしようとしてる! お前二十歳だよね!? やっていいこととやっちゃいけないことの判別つかないの!?


「……後で説教な。今はここから逃げるぞ。」

「上からなんか降ってくるけど避けなくていいの?」

「え?」


 マシロが指をさす方向を向いてみると、そこには鋭く尖った大きい槍のようなものが俺に向かって落ちてこようとしていた。


「うわあああっ!!」

「……。」


 年甲斐もなく恐怖から思わず、マシロをギュッと抱きしめ目をつむると金属同士がぶつかり合うような不快な音が聞こえてきた。恐る恐る目を開けると、そこには袴を着た精悍な顔立ちの侍のような凛々しい雰囲気の青年が立っており、慣れた手つきで鞘に刀を戻していた。

 彼の足元には巨大な槍を真っ二つに切られたようなものが転がっていた。え、切ったの? その無駄にデカくて太い槍を刀で切ったの? 刀で切れるものなの? 俺がマシロを抱きしめながら困惑していると、サムライ君が声をかけてきた。


「……そこの二人、怪我はないか?」

「あ、はい! 大丈夫です!」

「そうか、それはよかった。」


 彼は俺たちに柔らかく笑いかけたあと、空中の魔法陣を睨みつけ、飛び跳ね魔法陣を刀で切り裂いていく。俺が女だったらサムライ君に惚れてたかもしれない。


「一体誰がこのようなものを……。」


 すみません、それ今俺の腕の中にいる奴がやりました。とは言えず、そっと目を逸らす。袴の青年は増殖し続ける魔法陣を切り裂いていくと、魔法陣は音もなく消えていく。異世界の侍は魔法陣も切ることができるのかあ。と現実逃避していると、前から若干重みを感じる。


「ううっ、怖かったでやんす……。」


 マシロが俺に抱きついてきた。お前がやったことだろうが! と怒鳴りそうになるが、なんとか何とか言葉を飲み込む。コイツ役者の才能があるんじゃないか?

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