第6話 自己紹介

 あの後、マシロの部屋に入った俺たちは、マシロが血抜きのために足にフックを刺され、天井に吊るされた人型昆虫君を三人で協力して地面に降ろした後、人型昆虫君の軽い手当をピンク髪の変tじゃなかった女性が手早く行った後、人型昆虫君を台車に乗せて食堂に向かった。

 食堂には既に黒いロボットと白い生き物が席についていた。この人たち、一体今まで何してたんだろう……。


 長方形の滑り心地のいい木のテーブルに、座り心地のいいよくわからない刺繍が入ったクッションが付いている木の椅子が全部で8つ。

 ホワイトボードが全員に見えるように設置されている。

 俺から見て一番右から無表情で座っているマシロ、マシロを見ている黒いロボ、頭を抱えているピンク髪の女性。

 人型昆虫君は俺の左隣でグスグスと俺の服の裾を掴み、小さい子どものように泣いていた。掴む力が強すぎて服が千切れそうだ。


 その元凶は、事のあらましを聞いた白い生き物がお仕置きと称して、真剣な表情でマシロの頭の上で「キュイッ!キュイッ!」とぴょんぴょん飛び跳ねられている。首には『おれがやりました』プレートをぶら下げてられていた。

 白い生き物が飛び跳ねるたびに「いてっ、いてっ」と言っているが、本当に痛いのだろうか?俺がここに連れてこられる前に顔に乗られたときはぬいぐるみと同じ重さで痛いとは思わなかったけど。


「えー……コホン。それでは第4回一般人の処遇会議を始めます。」


 ピンク髪の女性が気を取り直すように咳払いをしながらホワイトボードにそう書いて、司会進行役のような立ち振る舞いで話し始めた。もしかして俺これから処刑される?どうやったら逃げられるかな。

 内心、冷や汗をかいているとマシロと黒いロボットは興味がなさそうに聞いているのが目に映る。こ、こいつら……自分は関係ないからって……。

 白い生き物は相変わらずマシロの頭の上をぴょんぴょんと飛び跳ねている。あ、マシロの頭の上から落ちた。

 黒いロボットが慌てて白い生き物を手の平で受け止め、またマシロの頭の上に乗せる。白い生き物はまたぴょんぴょんマシロの頭の上で飛び跳ねている。それまだ続けるんだ……。


「キュイー!」

「あ、そうですねママ。初めましての人が二人いるから自己紹介しないと。」


 白い生き物がマシロの頭の上でぴょんぴょん飛び跳ねながら鳴いている。この人たちはこの白い生き物の言葉が分かるのだろうか。……え? ママ? さっきママって言った? このピンク髪の人と白い生き物はどういう関係なの?


「まずは私からいきますね。私はくらげです。この船の経理とかその他もろもろを担当してます。」

「え。くらげっちラノベ作家じゃなかったっけ?」

「それは別の私です。私はただのOLです。」


 マシロからの横やりに対してきりっとした表情で答えるくらげ。美少女フィギュアをしゃぶってた人が経理やってんのかよ……。いや、きっと仕事のストレスが原因であんな奇行をやってたんだ。きっとそうだ、そうに違いない。そうじゃなきゃこの人が色々終わってることになる。


「次は並び的にヒダカ君なんですけどお……。」


 くらげが躊躇いがちに黒いロボットを見る。ヒダカと呼ばれた黒いロボットはくらげをじっと睨みつけているようだ。


「そうだよポンコツロボ。おれはヒダカです。嫌いなものは社会貢献と人命救助です。って言わないと。」


 マシロが黒いロボの代わりに答えた。黒いロボから鋭い蹴りが入った。マシロはそちらの蹴りにはピンピンしていた。何で?そっちの攻撃の方が痛そうなんだけど?

 というかヒダカとかいう黒いロボ、嫌いなものが社会貢献と人命救助って社会不適合者のクズじゃねえか! いや待て、もしかしたらマシロが適当に言った可能性がある。そうだと言ってくれ。

 しかし彼に対するフォローもなく、マシロが続けて言った。


「で、おれが完璧美少女のマシロちゃんです。せつめいふよー。」

「キュキューイ!」


 マシロが両手でサムズアップをすると白い生き物が何かに抵抗するように飛び跳ねる速度を上げた。ヒダカとくらげはギョっとしたようにマシロと白い生き物を見る。


「いやアンタ男でしょうが。」

「お前成人してたのかよ……。」


 ヒダカとくらげは呆れた口調で言った。


 コイツ男だったの!? しかも成人済!? 

 これには人型昆虫君も驚いたようで先ほどまでめそめそ泣いていたようだが、涙が止まったようだ。


「そんでこのちっこくて可愛い白い生き物がママ……じゃねえ。何て呼べばいいんだ。」

「シャッチョ。」

「……。」

「キュイ!」


 白い生き物がちっこい両方のお手々を上げて返事をするように元気に鳴いた。可愛い。君だけが癒しだ。

というか、くらげやっぱり白い生き物の事ママって呼んでるよな。


「んー……ママの機嫌を損ねない程度に好きな名前で呼んじゃってください。」

「急に丸投げ!」


 名前つけてねえの!?


「あ、あの……その白い子。名前付いてないんですか?」

「ん?完璧美少女のおれに名前がないって?」

「ヒィ!?」


 人型昆虫君がマシロに話しかけられ、怯えて勢いよく飛び跳ねる。

勢いが強よすぎて天井にぶつかった。天井は頑丈にできているのか少しも傷はついていない。流石に頭が痛いのか頭を押さえている。

 というか君の声けっこう爽やかだな……。ゴキブリと数々の死闘を繰り広げたような屈強な人間を掛け合わせたような見た目なのに。


「そんなに怯えなくてもいいじゃんかよー。」


 マシロがどことなく楽しそうにしながら(無表情なので分かりにくい)人型昆虫君に絡みに行く。お前が血抜きのために天井吊りにするせいだぞ、辞めてやれよ。

 マシロから人型昆虫君の視線を遮るように前に立つ。よく考えたら人型昆虫君、でかいからあんまり意味ない。俺の行動は無駄だったかなと少し落ち込みながら考えていると、後ろから力強く引っ張られた。


「痛い痛い痛い!!」

「ああっ!ごめんなさい!力加減できなくて!」


 人型昆虫君がパッと手を離す。内臓潰れるかと思った……。

 ぜーぜーと肩で息をしていると、人型昆虫君がおろおろとしながら躊躇いがちに背中を擦ってくれた。君優しいね。でも力強いからいっそやらない方がマシかな……。


「キュー……?」


 白い生き物が首をかしげながら、心配そうに俺を見つめていた。


「いや、大丈夫だよ……。」


 そう言いながら白い生き物の頭を撫でようとすると、するりと手を抜けてヒダカの元にぽてぽてと歩いていく。ええー……この白い生き物の生態、猫ちゃんかよ……。


「あのー、ママの呼び方どうします……?」


 くらげが後ろから躊躇いがちに声をかけてくる。


「……この子名前ないんですか……?」


 人型昆虫君がくらげに質問する。くらげは「あー……。」と言いながら気まずそうに目を逸らし、頬をかく。


「名前はあるにはあるんですけど……とある人にしか反応しないから教えても意味ないんですよね……。」

「え?」

「まあこの話は一旦置いときましょう! そういえば自己紹介まだでしたね! はい! ではそこの明らかに一般人っぽい人!」


 くらげが無理やり話を逸らすと俺たちに話を振る。なんか誤魔化された……? まあ、話振られたから自己紹介するか……。


「あー……僕は中村和希って言います。」

「え、それだけ?つまらん。何やってるかとか言ってよ。」


 マシロが不満そうに俺に文句を言う。お前だって説明不要って言ったじゃねえか。

 彼をジロリと睨みつけると、スマホで何か調べている。コイツスマホ持ってるんだ……。と思いながら見ていると、マシロがニヤリと笑う。おい、嫌な予感がするぞ。


「中村君、君、ぽてちって名前でゲーム実況者やってるんだあ……。」

「「え」」


 人型昆虫君とくらげから驚いたような声が出ていた。

 はっ!? 俺、後付け編集実況動画しか上げてねえぞ! SNSも動画の宣伝課動画の没ネタしか上げてないのに何でバレたんだ!?


「原材料のジャガイモと同じような顔してるね。」

「余計なお世話だ!」


 マシロがスマホで口を隠しながらこちらをニヤニヤと楽しそうに見ている。分かってたけどコイツマジでロクな奴じゃねえ……。


「え、え、私……うわああああ!!」

「キュキュイ?」


 くらげが頭を抱えて叫び出すと白い生き物が「だいじょうぶ?」と言わんばかりにくらげの顔を心配そうに覗き込む。急に叫び出してどうしたんだこの人……。


「あ、あの!貴方が本当にぽてちさんなんですか!?」


 人型昆虫君が興奮したように俺に詰め寄ってくる。ごめん、あんまり詰め寄らないで。ゴキブリの頭だから結構怖い。


「ァ、ハイ。ソウデス……。」

「何で片言なんです?」


 いや、一度も身バレしたことないからそんな反応とられてもどう接すればいいのか分からないんだよ……。いや、一度もっていうのは嘘だ。この世界に来る前に女神に身バレしてた。今までの出来事が衝撃的すぎるせいで忘れていた。


「まさかこんなところで会えるなんて……感激です!!」


 人型昆虫君は感極まったように俺の手を取り、ぶんぶんと握手をする。痛い痛い痛い!全然力加減できてないよ!


「ご、ごめんなさい!つい……。」

「うん、大丈夫だよ……。」

「本当にごめんなさい!」


 人型昆虫君が必死にペコペコと謝ってくる。風圧がすごい。でもこの子、めっちゃいい子だ……。マシロみたいなろくでなし見た後だから余計にそう思う。


「えっと……君の自己紹介をしてくれるかな?」

「ああ!すみません!僕の名前は清宮陽太って言います!」


 うん、とても素直そうないい子だ。2.5mぐらいのムキムキの体にゴキブリの頭が付いてなければ。


「清宮君ね、よろしく。」

「陽太って呼んでください!」


 ワア。いきなり名前呼びとは……。この子何歳なんだろう。多分俺より年下だよな。陽キャオーラが……。距離感が近い……。ゴキブリの顔じゃなかったら俺が陽キャオーラで溶けてた。


「怪我は大丈夫?」

「はい!なんか勝手に治りました!」


 君、マシロに足をぐっさりやられてたよね? くらげが治療してたとはいえ、あの怪我って勝手に自然治癒で治るものなの?


「ええっと、俺のこと知ってるって言ってたけど、君も日本人?」

「はい、そうです!」


 陽太君はウキウキとした口調で答えた。ゴキブリの表情だから分からないけど、多分ニコニコしていると思う。


「え、日本人?その見た目で?」

「いや、気が付いたらこうなってて……。」

「何それ怖い。」


 異世界に来たら人型昆虫になるとか下手なホラーより怖いよ。


「いや、僕としてはこの世界に来てすぐに人型の虫に大量に囲まれて巣に連れて行かれた後、マシロ君に巣を殲滅されて生け捕りにされたことが一番怖かったです。」


 俺たちは一斉に無言でマシロを見た。


「いやあ、おれ人気者で困っちゃうなあ。」


 そうほざいたマシロにヒダカが勢いよく蹴りを入れた。

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