夕闇の出会い2
でも……思えば僕は、刑務所に入る前も刑務所の中と大して変わらない生活を送っていた。
誰とも喋らず、朝のランニングをして、決まった時間に食事を取って、ぼんやりと空想して、気の済むまで読書をして一日を終える。
ほら、今の生活とそんなに変わらない。変わらないなら、おかしくなる理由はないはずだ。
「…………えっと、まだ混乱してるんだ。ちょっと情報を整理させて。とりあえず今は、新しい情報は出さないでほしい。そしてできれば、僕の質問に一つずつ答えてほしい」
「……わかった。あなた……のんびり喋る割に、すごくはっきり物を言うのね」
「そう?まぁ、そう言われることもあるかも。オブラートに包まないタイプだねって。…………で、えっと、これは僕の夢じゃないんだよね?君に聞くのも変だけど」
「夢じゃないよ。だって私は現実だから。私は、時空の魔女。魔法使いなの」
「……え?」
新しい情報を出さないでと言ったばかりなのに……魔法使いってどういうことだ?思わず顔をしかめ、眉間に指を置く。
「…………ま、そういう反応になるよね、わかる。でも、本当だから。……それより、ここはどこ? まさかあなたの家、じゃないわよね?さすがに殺風景すぎる。家具がベッドと机しかないし。しかも、窓には鉄格子がある」
彼女は僕の独房をぐるりと一周見渡して僕の方に向き直り、片眉を上げ肩を竦めた。
10センチもあろうかというほどの高いヒールが、コツコツと小気味よく鳴る。ヒールの柱が太いからか、彼女の身のこなしは安定している。素材は鞣なめした皮だろうか。騎手が履くブーツのような、機能的なデザインだ。
高いかかとのブーツを履いているというのに、彼女の背はそこまで大きくないように見えた。……きっと小柄な女の子なんだろう。
「……そうだね。窓が一つしかなくて自分の意志で自由に出入りができない家には住みたくないな。
……ここは刑務所だよ。刑務所の、囚人番号2084の部屋。言うまでもないけど、囚人番号2084は僕のことだ」
「これからあなたのことを2084って呼べばいいの?」
目の前の男が囚人だという情報に触れても眉一つ動かさずに、彼女は尋ねる。囚人慣れでもしてるのかな。
「……呼び方は任せるけど、一応本名を教えておこうか。僕の名前は、灰谷ヤミ。よろしく」
「ヤミ、ヤミ……。うん、私って人の名前を覚えるのが苦手だけど、あなたの名前は覚えられそう。だって変わってるもの。よろしくね、ヤミ。とりあえず数日は……ここにいることになると思うから」
……今、なんて言った?数日……ここにいるだって?
「…………どうして数日ここにいることになるの?」
「一度時空の穴をくぐると、次に時空の穴を作るまでに時間がかかるのよ。魔法ってそんなにお手軽なもんじゃないの。特に時空をいじる魔法はね」
「……君は本当に魔法使いなの?」
「さっきのを見なかったの?魔法使いじゃない人間が、時空の穴から落ちてきたのを見たことがある?」
「『魔法使いが』時空の穴から落ちてきたことすら見たことがなかったよ。ほんの10分前までは」
「……そうね。ま、この世界には本来魔法はないからね」
なんか、調子が狂うな。あまりにも当たり前に会話が進んでいくから。あまりのスムーズさに謎の心地よさを覚えてしまうくらいには、会話の波長が噛み合っているし。
「…………で……君は……えっと、
「『火置さん』?ふふ、学生みたいでいいね」
「……火置さんは、どうしてこの場所に来たの?さっき『久しぶりにこの世界に戻ってきた』って言ってたけど」
「ちょっと、気になることがあってね……。この部屋を出られたら、そのことについて調べてみる予定。
ところでさ、これからちょっとお世話になるんだから、あなたのことを教えてよ。ここから出られないしやることないしつまらないから、お話でもしない?」
なんて脳天気な提案。
でも、いいか。ちょうど僕も暇してたわけだし。どうやって時間を潰そうか考えていたくらいだったから。
しかもよく考えたら……誰かとこんな風に会話をしたのって、すごく久しぶりだな。
覚えている限りだと……。…………。
…………本当に覚えていない。それくらい久しぶりだ。刑務所にいる時はもちろんだったけど、刑務所に入る前だって、一人でいることが多かったから。
こうして、僕と彼女の奇妙な刑務所生活が始まったんだ。
そしてそれは、僕にとっての…………最後の悲劇の始まりでもあった。
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