灰谷ヤミ

『あなたのことを教えてよ』


彼女――魔法使いの火置ひおきユウ――にそう聞かれた僕は、自己紹介を始めることにする。


なんたって彼女はこれから『数日』ここにいることになるらしいから。お互いの自己紹介くらいは必要だろう。



まずは何から話そうかな……。


迷っていた僕の顔をじっと見ていた彼女が、目をキラキラさせて話しかけてきた。


「あなた、きれいな色の髪ね。それに、瞳も不思議。こうやって下から覗くと、金色に見える」


「……人のことを言えないんじゃないかな?君も十分、不思議な瞳をしている」


「そうかな?あなたの髪の色は……なんていうか、名前のとおりね。闇の色」


「………………そうだね」



僕は少し俯いて同意する。


『闇の色』……確かに、そうかもしれない。そんな色が、僕にはお似合いだと思う。



「………あれ、『闇の色』って嫌だった?それじゃあ言い方を変えるね。

8月の、午後7時前の、西の空の色。地面に近い場所から天頂に向かって、燃えるようなオレンジと深紫と漆黒のグラデーション。とてもキレイ」


「……ありがとう」


率直に褒められると、少し照れてしまう。僕は、誰かに面と向かって褒められた経験があまりない。


「あとさ、あなた……何かスポーツでもしてた?」


「趣味はランニング。投獄される前は雨がふらない限り欠かさず走ってたよ。あとは……たまにプールにも通っていた。刑務所でも、ジムで運動することを日課にしてたんだ」


「やっぱり!細い割に、締まっている感じがあると思ったの。……細い割に」

僕を上から下まで見て、火置さんは言う。


「……『細い』のは少し気にしてたんだけど。コンプレックスなんだよ」


「細いのがコンプレックス?私を含めた多くの世の女子を敵に回す言葉ね……」


火置さんは目を細めて腕を組む。もし本当に世の大半の女子を敵に回したらさぞ厄介なことだろう。それはちょっと遠慮したい。


「ていうかあなたって、恵まれた容姿の割にコンプレックスが多いのね。髪色も嫌そうだったし、細いのも嫌なのね」


「……君は別に太ってないじゃないか。それに……自分が恵まれた容姿だなんて、考えたこともなかった」


「細身で背が高くて、無駄な贅肉がなくて、顔が小さくて髪と目がキレイ。十分すぎるくらい恵まれてるわ」

肩を竦めて彼女は言う。


「容姿に恵まれていることって、なんの意味があるの?大事なのは中身じゃない?」


「わ!ド正論。でも……容姿に恵まれているあなたが人前でそれを言わないほうがいい、多分」


「……そういうもの?」


「そういうものよ。……あなたって……」

片眉を上げて彼女が僕を見る。


「何かな?」


「ちょっと……変わってるね」


「……たまに言われるかも」


人付き合いが少ない割には、そう言われることが多い気がする。そうか、僕は変わっているのか。


「その上、素直だね」


「素直かもしれない。あまり隠し事が得意じゃないんだ」


「……ちょっと変わってて、素直で、ランニングと水泳が趣味の灰谷ヤミくん。それ以外の情報をどうぞ」



そうだった。自己紹介だった。彼女と話すとついつい会話が弾んでしまう。よし、自己紹介を始めよう。


「僕は……22歳の元大学生で、殺人犯。元っていうのは、逮捕の後に退学になったからだ。名前は、灰谷ヤミ」


「殺人罪で捕まってるんだ」


「……そう。…………僕のことが怖い?」


「うーん、こういったらあれだけど…全然怖くない」



本当に怖くなさそうに、あっけらかんと彼女は答える。



「……僕が強姦罪とかで逮捕されてたらどうするつもりだったの」


「……でもここで強姦はできないでしょ」


「…………できるでしょ。後先考えない犯罪者なんていっぱいいるよ」


「……あなたはすごく後先考えそうな感じがする」


「………………。……まぁ、いいや。自分の話を続けるよ」


「うん、待ってた」


「僕はね『悲劇的な人生』なんだ」




少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。その顔はあからさまに『反応に困る』という表情をしている。


「『悲劇的な人生』?……えっと…………それは……厨二病的な感じ?」


「僕は生まれてから今に至るまで、たった一度も心からの幸せを感じたことがないんだ」


「……神社で大吉を引いたことがないの?」


「…………大吉を引いて幸せになれる?」


「たしかに……なれないね。ごめんね」


「そういう表面的な意味でじゃなくて……もっと本質的な意味でだよ」


「何に幸せを感じるかって人それぞれじゃない?そういった話でもなくて?」


「…………でも世の多くの人にとっては……誰かと認め合うこととか、心安らげる空間で安心に包まれることとか、両親からの無償の愛情を受けることとかが『幸せ』じゃないか?違うかな?」


「……正論中の正論。そしてものすごく本質的な、全人類に共通する『幸せ』ね」

大きく頷いて、彼女は同意する。


「それを経験したことが、僕には一つもないんだよ」


「…………幸せを感じない性格なの?それとも本当に幸せに巡り会えなかったの?」


「幸せに巡り会えなかった方、かな。僕は何ていうのかな……そう、全部が裏目に出るんだ。誰かの為を思ってしたことも、巡り巡って周囲の不幸になる。火置さんって、シェークスピアは読んだことある?」


「『リア王』と『オセロー』は読んだ記憶があるけど……」


「どっちかというと僕の人生に近いのは『ハムレット』かな。何をしても裏目に出てしまう。ひとつのきっかけが、連鎖的な悲劇につながってしまう」


「……今度読んでみるわ」


「僕の行動は、全部が『悲劇』に繋がるんだ。そうやって両親も死んでいったし、友人もいなくなったし、愛する人に出会えない人生を歩んできた」

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