第10話 出会いの日の夜2
「……どうかした?刑務所ではうまく眠れない?」
「いや、私は岩の上だって眠れる。そういう経験は何度もあるから、気にしなくていいよ」
「……どんな生活をしてきたの」
岩の上?どういうことだろう。
……でも彼女の言うことって妙に真実味がある。嘘を言っていないという気がする。
「それじゃあ、明日はその話をしてあげる。……そうじゃなくて、一つ聞きたいことがあるの」
「なに?」
「あなたは、いつまでここにいるの?」
「……あと1ヶ月だね。本が読めなくて苦痛だってことも、あと1ヶ月経てば考えなくてよくなるんだ」
「1ヶ月?よかったね。案外あと少しじゃない。外に出たら、したいこととかある?」
「外には出られないよ」
「……え?」
「僕は死刑になるんだよ。あとひと月で、僕は死ぬんだ。だから、残りひと月だけ暇に耐えきれば、ありとあらゆる悩みからも解放されるんだよ」
彼女の顔を見る。暗くて表情まではよく見えないけれど、瞳だけは暗闇に浮かぶ万華鏡みたいに不思議とキラキラして見える。
その万華鏡が、一瞬悲しい色に傾いた気がしたのは気のせいだろうか。
「………………。……なるほどね。好きな子が振り向いてくれなくてつらいとか、欲しいゲームソフトを買ってもらえなくてムカツクとか、そういった苦痛からも解放されるわけだ」
…………いや、気のせいだったかな。彼女は変わらない口調で会話を続ける。
「そう。あらゆる悩みから解放される。だから僕の課題は『いかにこのひと月を早く過ぎさせるか』という点のみだったんだけど…君が来てくれて助かった。話し相手がいれば、時間が経つのが早くなる」
「…………それにしても、死刑が決まるのってそんなに早いの?この世界の刑法ってそんなシステムだったっけ?有罪になっても、死刑執行までは何年もかかるのが普通じゃなかった?あなた、そんなに長い間ここにいるの?」
「……いや、僕が殺人を犯したのは1年前のことだ。その後すぐに逮捕されて裁判にかけられ、あっという間に有罪が言い渡されて、そのひと月後にはこの刑務所に入れられていたよ。
1年後には死刑を執り行うと言われて、あれよあれよと11ヶ月経った。
先月までは別の棟に入れられていたんだけど、死刑まで残り1ヶ月というところになって今の棟に移されたんだ。
それから5日が経過してこの部屋の生活にも慣れてきたかな…ってところで君が現れて、今に至る」
「………………この国、大丈夫なの?なんだかおかしくない?」
「どうかな……もうずっと前から、この世界はおかしかった気がするよ。
でも、おかしくてもおかしくなくても、僕にはあんまり関係ないよ。僕は遅かれ早かれ、こうなっていた気がする。いつかは何かをして、捕まって、有罪になっていたと思う。
……別にそれでもいいんだ。悲劇的な人生に、結構疲れていたからね。死刑によって殺してくれるなら、それが一番確実だし誰の迷惑にもならなそうだよ。だから、いいんだ」
「…………あらゆる悩みから解放される……っていう一点においては、羨ましいかもね。……本当にただそれだけだけど」
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