第9話 出会いの日の夜1
いつもは自分が立てる音しか聞こえていなかった独房の夜に、新しい音が増えた。
火置さんの呼吸、衣擦れ、寝返りの音。……なんだか、不思議な心地がする。
でも、悪くはない。人生最後のひとときくらい、誰かと過ごしたっていいだろう。
しかも彼女は……世界を救う魔法使い。
もしかしたら火置さんは、僕の『教典』で定義した『救世主』かもしれない。
彼女がいなくなってしまうまであと何日あるかはわからないけど、それまでに確かめたい。
彼女が、本物の救世主かどうかってことを。
独房のベッドは、扉から一番遠い壁に接して置かれている。彼女に自分のベッドを貸した僕は、代わりに掛け布団を一枚使わせてもらうことにした。
扉の前の床に布団を敷いて、その上に横たわる。
幸いなことに、死刑囚が最後に暮らすこの部屋の寝具は比較的快適にできていて、布団の寝心地が良い。
ふわふわな布団の上なら、そこまで眠るのに苦労はしなさそうだ。
……欲を言うならば、もう一台ベッドがあればいいんだけど。
……でも、今看守を呼ぶのは流石にまずいだろう。「女の子がいるから、もう一台ベッドをください」……どう考えてもおかしい。絶対に飲まれない要求だと確信できる。
それにしても……今日も、看守は来なかった。
この刑務所は、何かがおかしい。死刑が確定してこの部屋に移されてからというもの僕は、徹底的に放置されている。
刑務作業も免除されるようになったし、部屋から出られる機会が極端に減った。
食事だけはきっかり三回与えられるけど、それ以外は全く音沙汰がない。
……どういうつもりなんだろうか。……でもまぁ、いいか。僕には関係のない話だ。
もともと僕は他の囚人達とは交流がなかったし、これからも交流するつもりはない。
一人で部屋に缶詰だって、そこまで苦ではない。たまには体を動かしたいなと、なんとなく思うくらいだ。
「……ヤミ?」
考え事をしていた僕の背中に、突然彼女からの声が降ってくる。寝そうになっていたのだろうか、少し声がかすれている。
僕は呼びかけに答えるために、彼女の方に身体を向けた。
ベッドの方を向くと、この部屋唯一の窓が自然に目に入る。僕は、窓から差し込む光の強さに驚く。そう、今日は満月だった。刑務所の小さな窓からは、ちょうど真円を描く月の姿が見えている。
窓から伸びた月の光は、ベッドに横たわる彼女の脛から下だけを照らしていた。
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