火置ユウ

次は、彼女が自己紹介する番だ。なんたって、気になることが多すぎる。


『時空の穴』からやってきた魔法使い。

ウェーブした黒いセミロングの髪。白い肌に宇宙色の目。

クールな表情で動じない、かと思えば僕の悲劇に心を痛める、掴みどころのない不思議な女の子……。


ちょっと、ワクワクしている自分がいる。新しく買ったファンタジー小説の表紙を開く直前みたいな気分だ。


……さあ、何から聞いていこうか。一番気になっていた『魔法について』から、聞いてみようかな。



「魔法使いって、どういうことなの?手から炎を出したり、氷を出したりするわけ?テレビゲームのキャラクターみたいに」


「うん、平たく言えば、そういうことになる」


さも当然という風に、彼女は答える。そこには、なんの迷いも感じられない。


「……本当なんだ。信じられないよ」


「今日はまだ魔力が世界と馴染んでいないから無理だけど、明日は軽い呪文ならできると思う。見せてあげる」


「…………うん、楽しみにしてるよ」当たり前に言う彼女に多少圧倒されつつ、期待している僕がいる。本当に見られるのかな。


「……で、何が知りたいの?私、自分から自分の話をするのがすごく苦手なんだよね。あなたから聞きたいことを質問してくれない?」


「……それじゃあ、君はここに来る前はどこにいたの?」


「別の世界にいた。この宇宙はね、自分達がいる世界だけでできているんじゃないのよ。たくさんの世界が共通した時空の中に存在しているの。

それぞれの世界は、それぞれのことわりに沿って動いている。魔法のある世界もあれば、ここみたいに魔法とは無縁の世界もある。私はそういった異なる世界を、時空を超えて行き来できるの」


「……信じがたい話だ」


「何度も言うけど、見たでしょ?時空の穴から私が出てくるところを。……そういうことよ」


「…………明日実際に魔法を見られたら、また少し認識が変わるかもしれない」


「そうだね、楽しみにしてて。……でね、私の仕事は『時空の魔女』としてなの。

『時空のひずみ』って言うのは、時空にできた亀裂みたいなもののこと。世界を覆っている膜が、破れちゃうようなイメージかな」


空はなぜ青いのか。恐竜はどうして絶滅したのか。火置ひおきさんは小学生に科学的な常識を教えるかのごとく、『時空のひずみ』について説明した。


『時空のひずみ』を知らない僕は世間知らずだったのか?――不安になって、火置さんに尋ねる。


「ちなみに……」


「ん?」


「……『時空』やら『魔法』やらって、知らない僕がおかしいの?他の人達は、君の言う事を簡単に理解できるのかな?」


「いや、できないんじゃないかな?さっきも言ったけど、ここは魔法のない世界だから」


少し安心する。そして、色々と割り切ったほうがいいかもしれないということに気づく。


彼女の発言にいちいち疑問をいだいてもしょうがないし、完全に理解することはできないだろう。とりあえず『ファンタジー』として楽しめばいい。そう自分に言い聞かせる。


「『時空のひずみ』とやらをそのままにするとどうなるの?」


「その世界のバランスが崩れていき、最終的に世界が消滅してしまう。ひずみは放置すると他の世界にも伝播するから、取り返しのつかないことになる前に直さなくちゃいけないの」


「……おとぎ話の世界だな」


私も最初はそう思った、と火置さんは同意した。そして続ける。


「しかも……自慢するわけじゃないけど、私は使なのよ」


「……これまた……すごい話だね」


「ね、すごい話だよね。だって私がいないと世界が終わったりするんだから。時空の魔女って責任重大よ。重圧に押し潰されそうで、ヤになっちゃう」



……彼女がいないと世界が終わる――全時空でたった一人の、選ばれた魔法使い――?


「……ってわけ。どう?おもしろかった?」


「…………まさか君の創作話じゃないよね?」


「失礼ね、嘘偽りない本当の話よ」


「……宇宙の救世主様じゃないか、君は」


「うーん、救世主……私の認識はちょっと違うかなあ」彼女は腕を組んで首をかしげる。


世界の消滅を魔法の力で食い止めるなんて……どう考えても救世主だと思うけど、何が違うって言うんだろう。


「私はあくまでも、世界を修繕する『大道具さん』みたいな役割なのよ。救世主っていうのは、世界を悪から救う勇者様みたいな人を言うんじゃないかな?」人差し指を立てて彼女は続ける。


「『ひずみ』ができるとね、強大な『悪』が生まれやすくなるの。でもその『悪』をやっつけるのは私の仕事ではないのよ」


「えーっと……つまり、君の仕事はあくまでも『ひずみを直す』だけ。ひずみの影響による世界のトラブルにはノータッチ。そういうこと?」


「うん、基本はそういうこと。私がひずみを直した時点で、世界の消滅は回避できるから。

そもそもその『悪』が本当にひずみの影響なのかの判断はとても難しいのよ。ひずみがなくたって……戦争や犯罪はなくならないし」


彼女の瞳の色が、物憂げに陰る。僕はその瞳の奥に、彼女の繊細さを見た気がした。



「まあ、報酬目的で『悪討伐のお手伝い』をすることはあるけどね。私にも生活があるからさ」


「……君はそうやって生きてるんだ」


「そう。私は、全時空唯一のひずみ修復専門家であり、トラブル解決もこなす何でも屋の魔法使いってところかな」


「……は、はは……すごいな……。もっと、君の話を聞きたいよ!」


「え、もういいよ。魔法使いとしての私の仕事について、話すべきことはこれで全部だと思う。……そろそろ自分の話は終わりにしていい?」



彼女は心底疲れた様子で床に座り込んだ。体育座りをした膝の上に頬杖を付いて、その深い色をした瞳で僕を見る。


「…………女の子ってお喋りが好きだと思ってたんだけど、違ったの?」


「……嫌いじゃないけど。でも私は『自分自身の話』は不得意だし、そもそも何らかのテーマがないとうまく喋れない」


「井戸端会議みたいなことはしないの?」


「あまり得意じゃない。今日はいい天気ね、みたいな話は。次に何を言ったらいいかわからなくなる」


「……コミュニケーションが下手なんだね」


「うわ、うるさいな!」


少し大袈裟なリアクションを取りながら、彼女は答える。最初はクールな雰囲気を感じていたんだけど……どうやら一概にそうというわけでもないらしい。


「……でも、あんまりコミュニケーション下手には思えないけどね」


「人によるのかもしれないわ。よかったよ、会話の波長が合う人で」


「……そうだね、よかった。これからよろしくね」


「うん、よろしく」



火置さんは床から立ち上がり、僕が腰掛けるベッドへと歩いてきた。そして笑顔で右手を伸ばす。


「握手」


火置さんの右手には、人差し指と薬指にシンプルなデザインの指輪がはめられている。彼女の白い手に、優しい色合いのゴールドが馴染んで鈍く光っていた。



僕は少しだけ迷ってから、自分の右手を彼女に差し出す。


女性に触れるのがとても久しぶりで、ちょっとした気恥ずかしさを感じつつ。でもそれを悟らせないように、静かに。



触れた彼女の手は、とても柔らかくしっとりしていた。



なぜだか僕は、ほんの少しだけ胸の痛みと……息苦しさを覚えたのだった。

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