4

 そしてついに当日がやってきた。光桜学院文化祭には学内の生徒はもちろん、学外からも多くの人が集まる。芸能事務所の人だったり、その他色々な人がスカウトに来るのだ。


「あの、えっと…カタメカキさんですよね?」

「あっ、はい。そうですけど。」

「サ、サインお願いします!」


 満月はここら辺では有名な人でもあるので、そう声をかけられることもしばしば。本人もそういうのを覚悟して、ライブのときの衣装そのままで来ている。もちろん、右目には眼帯をして。


 ライブ会場である、講堂裏に行けば伊月がいた。


「よっ、人気者。」

「伊月、もういたんだ。早くない?」


今はライブ2時間ちょい前。私たちのライブは講堂ステージのトリを飾ることになっている。


「最後の最後まであがきたくてね。それに、カタメカキが私たちのバンドに入ってるって聞いて、学校のほぼ全員が集まるんじゃないかな?って思ってさ。」

「まぁ、そうだろうね。」


満月は背負っていたギターケースを下ろす。ここに来るまでに呼び止められてはこう答えていたのだ。


「私ライブ出るから。」


そんな情報が学校内を走り回り、もう講堂には沢山のお客さんが入ってきている。


「てか、大丈夫そ?」

「正直ギリギリ。でも、これのおかげでどうにかなってる。」


満月は右目の眼帯を指さす。これでグレーの瞳が隠れているから、満月はまだ呼吸をしていられるのだ。


 そんな感じで喋っていると、2つの足音が近づいてきた。


「ごめーん、遅れたー!」

「カタメカキモードの満月だ!久しぶり!」

「彩月おつかれ。それと憂佳、私そういう系じゃないから。」

「闇属性とかじゃないん?」

「違います。」


うりうりと満月は憂佳のこめかみをぐりぐりする。そんな中、彩月はポケットから眼帯を3つ取り出して、伊月と憂佳に渡した。


「どうしてそれ?」

「2人と話してたんだ。この方が盛り上がるかなって。」


3人とも右目に眼帯をして笑う。


「「「お揃い!」」」


その瞬間、満月の目からは涙が溢れてきた。ずっと1人だと思っていたこの瞳を隠すためにつけてきた眼帯。それを何もない3人がしてくれたから。


「えへへ。お揃いだね。」


ぎこちない笑顔で満月はそう笑う。


 2時間など過ぎるのはあっという間だった。4人で喋っていたらいつの間にか時間がきていた。


 それぞれの楽器をアンプに繋げて、音の調整をしていく。そして、全員でドラムセットの周りに集まった。


「みんな明日には記憶ない。失敗しても誰も覚えてない。」

「満月、それはあそこの店の人達でしょ?」

「伊月、今はそう思わないと。緊張で死んじゃうかも。」

「彩月の言うとおりだぞ。伊月は背負いすぎんな。あと、みんな分かってるよね。」

「「「「全力で楽しもう!」」」」


全員元の立ち位置に戻って、満月が右手を挙げる。すると、幕が上がった。


 歓声が上がる。その声は次第に講堂全体を包むような声になっていた。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。」


満月は弦を1本弾く。ライブ前に決めた合図だ。


『luscusです!』


自分たちのグループ名を言うとさらに盛り上がった。


「私のことは知っている人も多いと思いますが、一応。学外からの参加のカタメカキです。」


その言葉に3人が笑う。満月が睨むと、3人とも申し訳なさそうに頭を下げた。


「私はいつも週末に駅前で歌っているのですが、今回、親友の3人に誘われて、この文化祭のライブに出ることとなりました。」


ちょっと長いかなと満月は思いつつ、適当にギターを弾きながら話を進めていく。


「私は青春の舞台から逃げた人間です。逃げて夜の街に駆け込みました。そのときに出会ったのが人の温かみで、今もこうやって音楽ができています。今日、皆さんの青春の輝きをいっぱい見せてもらいました。今度は私が見つけた夜の光を見てください。それでは聞いてください。『導』。」


満月は肩幅に足を開き、歌い始めた。


――――――


あなたに会いたくて心震えるんだ



なんの心証もないものを

一つ一つ 拾い集めた

変わらないと知りたかったと

零す零す 僕は弱いんだ

夢の狭間に溢れてる

希望絶望 全部飲み込んで

言葉じゃ足りなかったことを

一つ一つ 繋ぎ合わせた


信頼も何もない 正解は一つもない

僕が信じるものが全て

きっといつかは分かり合えるはずさ


あなたに言われたその一言が

僕の心を突き刺す

溢れ出しそうなほど膨らんだ

絶望が吹き出しそうさ

片っぽ翼をもがれたけれど

青いこの空を泳ぐよ

どこに行けばいいか分からなかったけれど

導を見つけたから



自分の幻想に怯えては

右と左 顔を見ていた

本当を知りたかったと

叫ぶ叫ぶ でも届かないから


揺れた前髪の向こう側

あなたの笑みが見える

嘲笑ってたんだ

(チッ…あぁもういいや)

どれだけ言葉を尽くしたところで

届かないと見限った


「みんな」って結局だれ?

答えはどこにもない

僕が信じるものが全て

きっといつかは笑い合えるはずさ


あなたに言われたその一言が

僕の心を突き刺す

突き放したくてでも出来なかった

僕は弱い生き物だ

狂ったほど泣いて拳握ったあの日

答えの外郭を知った

どこに行けばいいかもう忘れたけれど

貫きたかった


進んでいたかった


言葉じゃ足りなかった



あなたに言われたその一言で

僕は右目を失った

でも今は別にそれでもいいかと

思えるようになった

片っぽの翼もがれたけれど

青いこの空を泳ぐよ

僕たちならきっとどこだって

何億光年離れた場所だって

どんなところにも行けるのさきっと

導があるのなら


――――――


1曲目を歌い終わってみると、観客は大興奮だった。泣いていたり笑っていたり。そして示し合わせたように憂佳がスティックを鳴らす。ノータイムで2曲目に入った。



――――――


明日の朝には 何が残ってるのかな

脱ぎ捨てた衣服と もうてっぺんの太陽

言葉は要らなくてさ 視線で分かち合った

あの日の間違いを 慰め合うように


everyday

いつまで経っても幼稚なままで

他人(ひと)の言葉に惑わされて

ずっとこのままでいたいだなんて

空虚な言葉が出るもんで


strawberry nightに溺れて今夜

もっとずっと気持ちいのちょうだい

ずっと奥に注ぎ込まれる

君の温もりを 感じたい



くだらないことばっか

意味の無いものばっか

たくさんたくさん集めて消しても

また蘇る不安ばっか

この夜が明けなければ

ずっとここにいられるのに

(曖昧な言葉紡いで

熱情?劣情?言葉にならない感情)


いっそこのままずっと君に溺れてしまえば

この奥深く根付いた諦めも全て消えるのかな

どうせつまらないって笑うんだろう

ごめんねこんなに弱い僕で


そうじゃないって今更言って

これ以上僕を失望させないでよ

いつかきっと忘れられると

信じていたのに Ah



言葉を重ねては 偽りの仮面で隠して

弱いとこは見せないで

掌重ねては ギュッと握って隠して

言葉だけじゃ足りない

もっと奥の奥の奥の奥の奥の

繋がりを求めた


strawberry nightに溺れて今夜

君をもっと知りたかったんだ

今夜だけの繋がりでいいさ

耳元で囁く

「愛してる ずっと」


「もう会うことないでしょ バイバイ」


――――――


2曲目は私が夜の街で作り上げた、ナイトミュージック。少しアダルティな歌詞だが、高校生にはこれくらいの歌詞は分かってもらえる。不特定多数の前である駅前では歌えない曲だ。


「1曲目『導』、そして2曲目の『浮気』でした。それじゃあバンドメンバーの紹介をしていきます。まずはベースの伊月!」


伊月はベースを弾き始め、観客を魅了する。


「そしてキーボードの彩月!」


彩月は最近話題の曲を倍速にした高速演奏をする。客席から「おおー」と声が上がって、彩月は得意げに伊月に向けて笑った。何を勝負しているんだこの2人は。


「そしてドラムの憂佳!」


スティックを回して観客を煽ったあと、叩き始める。途中ドラムスティックを飛ばしたりして、曲芸的な要素で盛り上げた。


「そして私、ギターボーカルのカタメカキとなっておりまーす。それでは次の曲いきます。」


全員で息を合わせて、次の曲を始めた。


――――――


朧げな空を掴んで見えたのは

幾千の星といくつかの夢

気だるげな朝に吹かれて見えたのは

笑い話と形のない虚構で


錆び付いた歯車を

ただただただ回し続け

あぁでもないこうでもない

そう言いながら生きてきた

本物と呼べるもの

何一つ分からなくて

目を逸らし立ち止まった

弱い僕の物語


ああこの広い青空を

傷ついた羽伸ばし舞えたらな

明日のことなんか分からないさ

歪んでる青い春

淀みのないものなどない



退屈な日々に溺れ消えたのは

楽しい過去とあの日の夢

ありふれた世界に産み落とされた

平凡な僕の形した偽りの姿


きっと誰も知ってる

当たり前だった日々

僕は何も知りえない

澱んでるこの瞳には

何もうつらない


ああこの広い青空を

折れそうな羽伸ばし飛べたらな

明日のことなんか知りたくない

土砂降りの毎日は

晴れないと知ってるから



会いたいなんて言わないから

等身大の愛を知りたい

迷走ばっかこの世界

何も見えない未来

全全全部言えないから

本物だって言って欲しい

こんなわがままな僕でごめんね

でもこれだけは


ああこの広い世界を

傷ついたこの身体舞えたらな

明日のことなんかクソ喰らえ

愛などない夢などない

希望もない何にもない馬鹿みたい

そこにある現実が

等身大の僕だから


――――――


「『等身大』でした。」


一旦ここで観客には休憩してもらう。一度落とさないと、次の曲は満月たちも観客ももたないからだ。


「じゃあ次。ラスト前になります。次の曲はもう突っ走りますんで、みんな!」


満月はピックを持った手でマイクを持った。そして声を低くしてこう言う。


「振り落とされるなよ。」


――――――


あいつとあいつは付き合ってるらしい

この夏の花火大会で告ったんだと

弾ける笑顔が幸せそうだし

ちょっとぐらい冗談でからかってみてもいいかな?


あれ?2人お似合いやん!

いつから付き合ってるん?

あぁこの夏かぁ…暑かったし

暑さにやられたってな

花火大会?

花火に合わせて気持ちもバーンってなったんか

幸せそうな2人見てたら

私も恋したくなったわw


愛愛愛愛愛してるゲームを君としてみよう

照れちゃったら負け?そんなの関係ない!

ただ「好きだ!」って言いたいんだ

愛愛愛愛愛してる 交際(ゲーム)はきっとこれからさ

幸せだって今日も明日も伝えられるように

I love you



あいつとあいつは付き合ってるらしい

この夏で1歩前進したんだと

なんだか甘酸っぱ!でもこれもいい!

ちょっとぐらい悪戯っぽく喋りかけてみよう!


ヤッたん?ヤッたん?ヤッたん?ヤッたん?

ヤッたん?ヤッたん?ヤッたんやろ?

2人のちょっと意識してる感じ

だいたい絶対そうやから

認めてくれんでいいけどな

周りはみんな分かってるから

幸せそうな2人見てたら

私も恋したくなったわw


愛愛愛愛愛してるゲームを君に届けよう

恥ずすぎるって?そんなの知るもんか!

ただ「好きだ!」って叫びたい

愛愛愛愛さえあれば 交際(ゲーム)はきっと終わらない

幸せだって今日も明日も口に出せるように



ああいつもの交差点で誰かと待ち合わせしてみたい

ああいつもの休み時間誰かと喋って過ごしたい

ああいつもの帰り道は誰かと2人で帰りたい

ああ寝る前の数分間君の声を聴いていたい

ああ君の中の特別な人になりたい


愛愛愛愛愛してるゲームを君としてみよう

照れちゃう前に照れさせたらいい

一方的に攻めたらいい

愛愛愛愛愛してる 何も無くても言えたらな

大好きだって今日も明日も君に伝えたい

幸せだって言葉を君だけに伝えたい

I love you


――――――


大歓声と共にラストロを弾き終える。観客のみんなは笑顔で、そして近くにいたカップルをいじりまくっているのが見えた。


 この曲は正直生徒会から「ダメ」って言われると満月は思っていた。けれど曲を提出したとき「面白いから採用」と言われた。


「えっと、『愛してるゲーム』でした。みんな、あんまりいじりすぎないでね。この曲が問題になるのだけは嫌だから。」


少し焦ったように満月は言う。尺はまだ十分余っていて、ここは1つトークをすることにした。


「じゃあ、ちょっとね、私たちも休憩したいんで、質問コーナーしまーす!質問ある人は手を挙げてください!」


そこら中から手が挙がる。満月はとりあえず近くにいた女子生徒、1年生にマイクを渡した。


「カタメカキさんに質問なんですけど、なんでカタメカキって名前にしたんですか?」


満月は「ありがとう」とマイクを受け取ってから、話を始めた。


「色々事情があってね、ちょっと言いにくいんだけど。それで右目を隠したくてとりあえずこの眼帯で隠して活動を始めたんだ。最初は繁華街のバーで歌ってて、そこの常連さんにカタメカキって名前をつけてもらったんだ。つけた本人は覚えてないんだけど。それからカタメカキって名乗って活動を始めた。こんな感じでいいかな?」


満月がさっきの生徒に確認を取ると、その子は頷いた。


「はい、じゃあ次質問ある人!」


時間の都合上、次でラストになりそうだ。次は男子を当てることにした。ちょっと遠いけど、満月は真ん中の方にいる背の高い男子を当てる。


「音楽やってて良かったって思えるときは?」

「おお!いい質問!」


満月は男子生徒からマイクを貰って、そしてステージに向かって歩きながら喋りだす。


「とりあえず伊月は?」

「作った音楽に高評価貰ったとき。」

「欲望に忠実だなぁ。」


伊月はカッコつけながらそう言う。その姿がおかしかったのか、観客席から笑いが起こった。


「彩月は?」

「キーボード弾いているときかな?みんなと通じ合えてる感じするし。」

「その感覚は凄くわかる。」


彩月はキーボードに触れながらそう言う。


「憂佳は?」

「観客が沸いたとき気持ちいいわ。やっぱりこれが一番。」

「憂佳は性格上そうだろうね。」


憂佳はドラムをちょっと叩きながら言った。


「そんなカタメっちはどうなのさ。」

「私は…「あっちょっと待って。」」


憂佳がドラムロールを始める。最後にしなけりゃ良かったと満月は少し後悔した。


 でも、満月の心の中ではもう答えは決まっていた。


「路上ライブしてるときに、私の歌で立ち止まってくれる人がいたときかな?最初のほうは誰も止まってくれなくて、それでも初めて1人だけ立ち止まって聞いてくれたとき、本当に嬉しかった。だから、それかな?」


満月がそう言うと会場が静かになる。そしてすぐあとに歓声が沸き起こった。


「カタメっち。ナイス。」

「いい話。」

「ちなみにその人は今でも来てくれてるの?」

「うん。たまに見かけるかな?ってか、憂佳、その呼び方何?」

「カタメカキってなんか私達の仲じゃ違うじゃん。だからカタメっち。」

「なにそれ。まあいいや。次の曲いきます!」


タイムキーパーさんがもうそろそろって合図を出してきたのを満月が確認して、観客に向かってそう叫んだ。


「最後の曲は、『your song』!」


――――――


窓際に積もった青春の欠片に

似合わない青空が映ってる

どこまで飛べるか飛べないかなんて

分からないよ今の私じゃ


歪んだ心は元には戻らない

アルミニウムみたいな僕

澄みきった心はもう空の彼方

目指す場所も忘れてしまった


だけど今は

騒げよ歌えよ

僕らの描く未来

悩みも僻みも

全部投げ捨てて


この世界の真ん中に立った

僕たちにできること

時代の先頭を走る

僕たちがやること

ちっちゃくたって構わない

なにか成し遂げればいい

そうやって自分の価値を探そうよ

君にしかできない



ひとりぼっち歩いたあの日あの道

生ぬるい風が通り過ぎてく

どこまでやれるか知りたかったって

言い訳ばっか思いつくだけ


僕らの生きてる世界は平行線

交わることなどなく

昨日の明日じゃ何も変わらない

だから強くあり続けよう


自分らしく

騒げよ歌えよ

君だけ描く未来

弱さも脆さも

全部受け入れて


この青春の舞台に立った

僕たちができること

曖昧だった境界線

踏み越えできること

鮮明だった喜びも

忘れたい悲しみも

そうやって自分の心を知ろうよ

君にしかできない



分かってるんだろ?

この世界はそんなに甘くないんだと

手を伸ばせば届くのに

綺麗事ばかり塗り重ねた

僕たちに本物なんてあるのかな?


忘れたあの日の

鼓動思い出して

いつかの喜び

探す羽になれ

自分の夢へと

届くそう信じて

歌うよ ありがとうと


誰かといること

それで強くなる

いつでも自然と

笑うようになる

理想と現実

全て忘れ去り

紡いだ言葉の

先に宿るものを


まだ未熟だった僕たちが

思い描いてたこと

最高の仲間たちが

いたからできたこと

心に素直になれば

零れ出しそうなこと

意志を持って紡ぎ出す「ありがとう」

君に会えたこと

君がいてくれたこと

そばにいてくれたこと

寄り添ってくれたこと

忘れないでくれたこと

生きていてくれたこと

当たり前になったこと

声をかけてくれたこと

慰めてくれたこと

笑いあってくれたこと

友達になったこと

親友になったこと

恋人になったこと

全部全部全部ほら

君にしかできない


――――――


ラストロまで弾き終わって、歓声を全身で浴びる。


「伊月、彩月、憂佳。私をここに連れてきてくれてありがとう。大好きだよ。」


3人にだけ聴こえる声で満月はそう言った。


「「「私も!」」」


4人とも眼帯の下には涙を流し、この喜びを噛み締める。


 歓声は止まない。きっとこれからずっと先も。この歓声は心の中に響き続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜行虫 136君 @136kunn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画