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そして1ヶ月ほどがたった。バンドの練習も順調に進み、曲も5曲全部仕上がった。
満月は伊月の家を生活の拠点とするようになり、前みたいに真夜中の街を歩き回ることはなくなった。ここには満月のことを認めてくれる人がいるから。
スタジオで通しで1回歌い、練習を積み重ねること5回。元々仲が良かったのもあるのだろうか、満月たちの音楽はまとまっていて、オーナーさんに聴いてもらっても「問題ない」と言われるようになった。
それでも色々問題がある。
「「場数が足りない!」」
伊月と彩月の幼馴染コンビがそう言う。満月は路上ライブで、憂佳は親のサポートで人前に出ているが、2人が活動していたのはあくまで画面の中。対人での活動経験はないのだ。
そんな2人の叫びを聞いた満月はある場所に連絡を取る。
「コーさん。お願いなんですけど…はい、はい、あーっとちょっとバンドメンバーが…あっ、いいですか?えっ?今日?今日?今日?みんな今日いける?」
スマホを耳から離した満月が3人にそう聞く。
「私はいけるけど。」
「私も問題なし!」
「私も!」
「おっけー!あっと、ん〜今志乃さんとこいて、片付けてから行くので、8時ぐらいからなら。はい。はい。じゃあお願いします。では後で。」
満月は電話を切って、3人のほうを向いた。
「場数、踏みに行くよ!」
満月に連れられて歩くのは繁華街の中。そこら中に酔っぱらいがいて、ガヤガヤしている街だ。3人はこんな時間のここに来るのは初めてなようで、満月の後ろを隠れるようにして歩いている。
「満月〜どこに向かってるの?」
「ん〜私が路上する前に…てか今もバイトしてるバー。」
満月は笑顔でそう言う。3人はあんぐりと口を開けて驚く。
「いやいや、私たち未成年。」
「満月はお酒飲んだりしてないよね?」
「大丈夫?病んでない?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと変な人たちが集まるだけで、悪くない人ばっかだから。」
そんなことを言いながら歩いて、そしてビルの地下に入っていく。そこには満月が言った通りのバーがあった。店の名前は「Cafe&Bar 夜行虫」木の扉には「OPEN♡」と書かれていて、その扉を押すと、歓声が沸き起こった。
「久しぶり!」
「元気にしてたか!」
「目見せてくれ!うひょー眩しい〜!」
おじさんたちが酔っぱらってそんなことを叫んでいる。店内にいるのはおよそ20人。男子比率100%。もちろんママも含めてだ。
「あら、満月ちゃん。やっと来た。」
「お久しぶりです康介さん。もう準備始めますね。」
「満月ちゃん、ここでは加奈子でしょ?」
「杉本康介さん、準備してくるんで。」
加奈子こと康介さんに許可を取って店内に入っていく。軽く手を広げたらみんなハイタッチしてくれて、優しく迎えられていることが分かる。
「えっと、ここは?」
彩月が不安そうに満月の背中をつついてきた。3人ともこういう店に来るのは初めてなのか、めちゃくちゃガチガチだ。
「ここは私、カタメカキが生まれた場所。最初はここで活動してたんだ。」
店の奥にあるライブスペース。そこに立って、満月は言った。
「みんな、安心して。ここにいる人たちは私たちが失敗したり、何しても記憶すら残っていない。寝て起きたら忘れてる人たちだから。」
マイクを通してそう言うと、あちこちから「ひどいぜー」って声が聞こえてくる。
「事実でしょ?2日連続でライブやった時、疲れてた私にみんななんて声かけたっけ?」
『覚えてねぇー!』
ほらと言わんばかりに3人に笑いかける。すると、3人はめちゃくちゃ笑い出して、ステージに上がってきた。
「こんな感じのとこならいけるかも!」
「記憶残らないから大丈夫って極論すぎ。」
「満月らしいっちゃらしい慣らし方だね。」
3人はアンプに持ってきた楽器を繋ぎ、そして調整をする。
「よし、じゃあ始めるど!いつも通りみんながリクエストしてくれた曲やっていくからな。じゃんじゃん騒いでくれ!」
そう言うとおじさんたちが80年代の曲名を騒ぎ始める。その中にいくつか有名なやつがあって、3人に確認すると弾けるとのことなので満月たちは演奏を始める。
観客のおじさんたちと一体になって騒ぐ夜。たまにステージ上に乱入してきて、伊月は困惑することもあったが、それでも楽しそうに演奏したり、満月の方に来たおじさんと一緒に歌ったりした。
そして夜は更けていき、おじさんたちが寝始めた。
「みんな寝たねぇ。」
演奏を終え、マイクの電源を切り、満月はそう言う。3人はまだ興奮冷めやまぬ感じで、笑っていた。
「楽しかった。」
「私も。こんなところで弾くの初めてだったから。」
「今まではこんなところで演奏するの避けてきたけど、こういうのもアリ。」
それぞれ楽器を直すと、康…加奈子さんが寄ってくる。
「いつもの場所開けてるから、今日はもう遅いし、泊まっていってね。」
そう鍵を渡してくる。店の時計を確認すると時間は12時。4時間近くぶっ続けで歌っていたことになる。
「それじゃあ、上上がろっか?」
満月たちは店の裏口から外に出て、タバコ臭い階段を上がる。そこには居住スペースがあって、静かな音…女の人の嬌声が響いていた。
「えっと…ここ?」
「そうここ。結構長い間ここに住んでたんだ。さすがに迷惑になるからって外で暮らすようになるまでは。」
満月は鍵穴に鍵を差し込むと、ガチャって音がして、ドアが開く。
「どした?入んないの?」
「落ち着かないなぁって。」
「そうそう。喘ぎ声とか喘ぎ声とか。」
「もう憂佳。せっかく彩月が言葉濁してたのに。」
ドアの前で立ちすくむ3人。それを見た満月は笑いそうになった。
「まあ入ってみって。私がカタメカキになったのはここって言ったでしょ?それなら防音加工くらいしてるんだから。」
3人を無理矢理部屋に連れ込む。そして電気をつけると、そこには満月が置いていったものがそのまま残っていた。
「これ全部、満月のもの?」
「そそ。てか片付いてる。あの人勝手に部屋の掃除したな。」
満月は嬉しそうにそう言った。それを見た3人は笑って、気づかなかったフリをする。
「ごめんね雑魚寝だけど。あっそうだ晩御飯。えーっと、下から賄い貰ってくる。」
満月は嬉しそうに部屋から出ていく。棚の中には色々な音楽の本が入っていたり、机の上にはノートパソコン、その周りにスピーカーがあって、さらにはマイクもある。押し入れの中に入っているのは衣装だろうか。ちょっと過激なものからかわいい系のものまで、何着もある。
「本当にここがルーツなんだね。」
「そうみたい。」
写真立てには店で撮ったものと思われる写真が入っていて、もちろん、眼帯を外していた。
「まぁ、あんまりジロジロ見るのはあんまりだし、静かに待っとくか。」
「真っ先に立ち上がった彩月が何言ってんだか。」
伊月と彩月は座って、満月が帰ってくるのを待つ。外はあんなに声が聞こえていたのに、この部屋の中は本当に何も聞こえない。
しばらくすると満月が帰ってきた。
「お待たせ〜!タンドリーチキンとサラダ。夜も遅いしこんな感じでいい?」
「いいよ。ありがとう。」
「あの人料理上手すぎ。」
「私こんな料理作れない。」
4人で床に座って、加奈子が作った料理を食べる。
「ねぇ、今日楽しかった?」
満月は不安そうにそう言う。それもそうだ。3人にとっては知らない魔境にいきなり飛び込まされたと言っても過言ではない。満月がいなかったらきっと経験することもなかった世界だ。
「そりゃあもちろんね。」
「あんなにノリノリの人達に囲まれたら。」
「楽しくないわけないよね。」
3人は笑ってそう言う。
「それなら良かった。」
食べ終わって、4人でお風呂に入り、そして布団をしく。布団はここにあるのは3枚。3枚の布団に4人で寝転ぶ。時間は2時と遅め。だけど夏休みだから、明日には影響ない。
「電気消すね〜」
「「「はーい!」」」
満月は電気を消し、そして静かになった。
「絶対ライブ成功させようね。」
「うん。」
「もちろん。」
「いいもの作ろ。」
ニシシと笑いあって満月たちは眠りについた。
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