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 伊月に連れられてきたのは、駅前のファストフード店。リーズナブルながら量が多くて、さらにドリンクバーもある。高校生の満月たちにとっては非常に使いやすい店だ。


 ピザとラザニアを注文して、ドリンクバーでジンジャーエールを入れる。そして席に座った。


「それで、こうやって話したいって言うんなら、何か言いたいことがあるんでしょ?」

「よく分かってるね。もちろん、満月に相談があったの。」

「学校に行けってのなら聞かないけど。」

「んー、近からずも遠からずって感じかな?」

「は?」


満月は飲んでいたジンジャーエールを飲み干し、グラスをテーブルに叩きつけた。


「私にまたあの場所に行けって言うの?この目を見て笑われる、そんなあの学校に行けって言うの?信じられない。」

「ちょっと落ち着いて聞いて。満月には『カタメカキ』として文化祭ライブに、私たちのバンドメンバーとして参加して欲しいの。」


伊月は真剣な顔でそう言った。その瞳には決意の炎が灯っている。普段はふわふわとした雰囲気の彼女だが、このときは別人のようだった。


 その空気は満月自身も気づいていた。いつもの伊月ではなく、本当にやりたいことなんだと。


 でも、その中でも満月には葛藤がある。もう学校に行きたくないってのは本心で、たぶん学校に行ったらどうなるか分からないのは満月自身知っている。


「メンバーは?メンバーは誰なの?」

「私と彩月と憂佳。あいつらはいないよ。」

「そう。」


メンバーとして名前が上がったのは、満月が仲良くしていたメンバー。4人でよく喋って、放課後に遊びに行って、私にとっての青春を一緒に過ごした。


 そんな4人とならこの誘いを断る理由もない。でも、そう答えようとしたら、身体が震えるのだ。


「考えとく。じゃあ帰るね。」

「あっ、待って…」


伊月のその言葉は届かずに、満月は店から出ていく。自分が食べた分のお金を残して。


 1人残された伊月は、満月が出ていったドアを眺めながら呟く。


「家帰ってないんだろうから、私の家来たらって言うつもりだったのに。ろくに寝れてなさそうだし。」


学校に行っていた満月を知ってるからこそ分かる、満月の変化。目の下あたりにうっすらとクマができていること。そのことは伊月はもちろん見逃すはずもなかった。


 満月はネットカフェの中に戻って、作っている最中の曲の製作を始めた。それもこれも、現実から逃げるためだ。


(なんで私なんかを誘ってくるの?)


伊月は別に他のクラスメイトからの人気がないとかではない。むしろ、好かれている。そんな彼女ならメンバーを集めるのなんて簡単なはず。でも、満月を誘った。嫌われている満月を。


 結局作業が手につくわけもなく、ただただ時間だけが浪費されていく。満月はやっとヘッドホンを外した。そしてその場に寝転び、眠りにつく。何も考えないという選択を選んだ満月は、どこか苦しそうで、寂しそうな寝顔をして眠った。


 そして次の週末がやってきた。あれから伊月の誘いのことばかり考えていて、曲のことは全く考えられていない。バイトしながらも伊月のことばかり考えていて、心ここに在らずって感じだった。


「皆さんお疲れ様です。今週も私、カタメカキが皆さんの休日の元気になるように、歌を届けます。ぜひ立ち止まって聞いてください。それでは、まず一曲目はいつも通り『Bileygr』から。」


満月はいつものように歌い始める。が、今日は人の集まりが悪い。それもそうだろう。いくら少し有名な彼女であれど、心に届くような音楽ではない、いつもの音楽ではないからだ。


 満月は焦燥感に駆られる。このまま誰も止まってくれなかったら、私は何のために歌えばいいんだろう。居場所はどこにあるんだろう。そんなことを考えていると、見慣れた顔を見つけた。伊月、彩月、憂佳。この3人だ。


 その瞬間、満月の音楽が変わった。いや、戻ったと言うべきだろうか。音に魂が込められて、1音1音が生きている。


 そして、満月の頭には1つの音が降ってきた。


「それじゃあ次の曲いきます。」


手に持つギターの弦を弾く。その瞬間に心地いい感触に包まれ、心がふわふわと浮くような感じがする。


――――――


卑屈な私でごめんね

交わした言葉も素直に受け取れなくて

分かっているけど目を背けた

君の笑顔もまっすぐ見つめられないの


笑い声が響いている 長い廊下も

今となっては懐かしい日々

君が教えてくれた 


笑顔の魔法


散文的な言葉を紡ぎ直して繋げて尚

僕は本気で僕の本気を

君にどうやって伝えたらいい?

存在意義の証明を書き始めて諦めても

僕は止まらない誰も止めれない

まっすぐ見てくれる君がいるから



遠くから眺めていたんだ

明るい光に照らされどこか消えてって

私は君にはなれない

そんなの知ってるそれでも憧れているの


破り捨てたあの落書き 消えてくれなくて

今となってはどんな時でも

君がそばにいたんだ


笑い合えたんだ


全身全霊の火をかき集めては灯して尚

僕の理想が君の理想と

照らし出す未来を見てみたい

先天的な才能も何一つ持たないけれど

僕は止まらない止まるはずもない

まっすぐな気持ちを忘れないために



精神的な暴力に打ちのめされて壊れた僕は

目指す場所もない夢も描けない

真っ暗な道を歩いていた

獰猛だった心も今となっては呼吸止めてさ

深い眠りに沈んでいった

そのとき僕は一度死んだ

幽閉された身体を震わせて足掻いてたけど

何にもできない壊せやしない

心のどこかで諦めた

そのとき君が声をかけてくれたんだ


「笑顔の魔法って知ってる?」


散文的な言葉を紡ぎ直して繋げて尚

僕の心にある感謝を

君にどうやって伝えたらいい?

平凡なんだ誰しもだから分かり合えるそう信じて

不器用なこの私の言葉

まっすぐ伝えたい「愛しているから」


ずっと


君を


好きだよ


君のためなら僕は羽ばたける


――――――


歌いきって顔を上げると、さっきまでとは全く違う景色が広がっていた。満月の曲を聴くために止まってくれた人たちが沢山いる。歓声が上がり、その場で考えたこんな歌でもみんなに喜んで貰えた。そう感じる。


 そんな中でも、満月の視線はずっと3人のほうを向いていた。3人ともサムズアップして笑っている。


「それでは次行きます!」


ライブは今までにないほどの盛り上がりを見せ、週末の駅前を彩った。


 ライブが終わって、道具を片付ける。撤収が早いのには訳があった。それは、


「お待たせ。」

「遅いぞー。」

「いいもん見れた。」

「やっぱ満月ち凄いね!」


駅の壁に持たれながら笑う伊月と彩月と憂佳。あの曲は満月なりの意思表示だ。アウトロに向けての流れは正直考えていなかった。大サビで終わらす気だったけど、何か足りなくて付け足した感じ。それなら何かメッセージになればいい。そう考えて「君のためなら僕は羽ばたける」と歌ったんだ。


「それで、どこで話する?」

「あー、うち来る?」


そう言ったのは伊月。地方からここに出てきて、たしか一人暮らしだったはず。


「いいの?」

「久しぶりにこうやって喋れるんだからお泊まり会とかどう?」

「いいねぇ!」

「やろー!」

「満月は?」


そう話を振られる。でも、満月の答えはもう決まっていた。


「もちろん。その前に服だけ取りに戻らせて。」


そう言うと、みんなぞろぞろとついてくる。ロッカーから服とその他もろもろを取り出した。


「そんなに荷物ないんだ。」

「服は4着ぐらいを着回てたし。衣装もこれだけだからね。」


今着ているのは青いデニムのショートパンツに白いTシャツ。その上から青いカーディガンとラフなスタイル。


 満月は眼帯を外し、ポケットの中に入れた。


「いいの?それ?」

「いいよ。だってみんな笑わないでしょ?」

「笑わない。」

「やっぱその目綺麗だよね〜!」

「分かる。1回私のと付け替えて欲しい。」

「憂佳、それは怖い。」


憂佳のちょっとサイコパスなところは健在のようだ。つるんでいた頃からたまに怖いこと言うなぁとは思っていたけど、まだそんな感じだったとは。


 みんなで並んで伊月の家に向かう。その間も話題が絶えることはない。満月のライブの話や、いつからカタメカキの正体に気づいていたのかとか、学校でのこととか。


 伊月の家はどこにでもありそうなアパートだった。


「入って。晩御飯ちゃちゃっと作るから。」

「「「はーい!」」」


部屋の中は綺麗で、女子の一人暮らしって感じがする。壁際にあるベースはよく使い込まれていて、棚には音楽関連の本が大量にある。


 うちの学校は勉強よりも才能を育てることに重点を置いている。だから、音楽系の才能があった満月たちが仲良くなるのは必然だった。伊月と彩月は幼い頃からユニットを組んでいて、ネットでの評判もそこそこ。憂佳は親の影響で小さい頃からドラムをやっていて、よくサポートバンドに入ったりしている。満月はギターで弾いてみた動画を出していて、そこそこ知名度があったり。


 そんな感じの4人が集まったので、もともとバンドをする話も出ていた。でも、お互いが自分の活動が忙しかったりしたので、いつの間にかその話も消えていたのだ。


「それで、この文化祭で私たちが諦めていたバンドをやろうって訳?」

「そゆこと。」

「3人でってのも考えたけど、やっぱり満月がいないとね。」


ご飯を作っているのを待っている間、あらかた話を聞く。うちの学年で音楽関連に進むのは満月たちだけ。知名度もあるから問題ないと生徒会からオファーが来たんだそうだ。


「それで?返事はどうしたの?」

「満月がいいって言うんなら受けるって、伊月が。」

「ちょっと憂佳!それは言わないって話だったじゃん!」


本人曰く適当に作ったオムライスを持ってきた伊月がそう言う。満月たちはテーブルを囲んで座った。


『いただきます!』


スプーンで掬い、口の中に入れる。満月は久しぶりの手作りの味に泣きそうになるが、それを我慢して食べ進めた。


「満月、美味しい?」

「うん。久しぶりだから、誰かのご飯なんて。」

「そっか。大変だったね。」

「うん。まぁ、そのおかげでそこそこ有名になれたし。有名税と思えばどうってことないよ。」


胃袋の中に吸い込まれていくように食べて、そしてお皿が綺麗になった。


「それで、何曲作らないといけないの?」

「フルを5曲ぐらい。演劇が結構長めの尺だから。」

「なら、余裕だね。今から1曲作ろっか。」

「「「え?」」」


そう言うと、3人が驚いたような顔をする。


「ん?ライブやるんでしょ?なら曲作らないと。」

「え?いいの?」

「あの学校行かないと行けないんだよ?」

「また虐められるかも…」

「大丈夫。として入校するから。」


蛍原満月ではもう学校には行けない。でも、カタメカキなら行ける気がする。そんな決意に満ちた目は、3人を納得させるには十分すぎる要素だった。


「そういえば、このグループの名前って何?」

「それは満月が戻ってきたらこれって決めてたのがあるんだ。」


彩月は紙に『luscus』と書いた。


「「「ラスカス?」」」

「そう。ラテン語で目って意味。」

「「「へぇ〜。」」」


3人は彩月の書いた名前をもう一度見る。


「いいね。これ。」

「目か。私たちらしい。」

「満月は?」

「これがいい。」


満月は少しだけ笑ってそう言った。


「それで曲どうするよ?作詞は満月がやるとして、作曲は?」

「私メロと歌詞同時だからやるよ。伊月は編曲よろしく。」

「了解。」


そんな感じでバンド結成の日の夜は更けていった。

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