その後の世界 朝倉光雄のインタビュー
――それじゃない。ひとつ上の棚のやつをくれ。……そう、そいつを飲みたい。電気ブラン。田島茜が神谷と飲もうとしてた酒だ。俺が彼女の代わりに飲む。
――乾杯。偉大なる死者に。
――……。
――つまみもおごってくれよ。経費で落ちるんだろ? おやっさん、トリ焼いてくれ。スズメでもなんでも構わねえよ。
――……ひでえトコに来たって顔してるな。こういう地下街は、いま増えてるんだぜ。戦前の廃棄路線や旧水路を利用したモグラ街さ。住んでるやつはみんな良い連中だよ。正直で、繊細だ。
――クソみたいな地上より、ずっとマシさ。義理と人情がある。最後の楽園だ。
――あんた、俺が落ちぶれたと思ってんだろ。軍研究員で、右園死児報告に関わって、聖域攻撃も支援した。神谷と話もした。なのに何の要職にも就かず、地下に潜ってる。腹の底でせせら笑ってるんだろ。俺をクソミソに書く気だ。でも、そんなことしてみろ。あんたの人生を台無しにしてやるぞ。
――ああ、そうさ。地上にいるブラインドマンは俺が造ったんだ。人造ブラインドマン……ロボットさ。二足歩行もできない、車椅子みたいな下半身に砲塔と頭を載せただけの、人形さ。それでも廃人化した生身の兵士よりゃ一〇〇倍マシだ。
――あれが最後の仕事だった。とりあえずの治安維持戦力の開発。人的犠牲を伴わない次世代のブラインドマン部隊。……ブラインドクーガーと何も変わらない。兵器研究機構のマネごとをさせられて、俺はもう、嫌になったんだ。一生あんなモノづくりを続けたくない。
――おやっさん、テレビの音、でかくしてくれよ。いいよなあ、大西真由美。いちばんクソみてえな場所で好き放題に生きてる。彼女、バカだろ? 首都の局に行くのが夢だったとか言ってさ、あんなことしてんの。誰もいない腐敗都市の放送局を大喜びで占拠してる。いいね、好きだよ。心底バカでかわいいよ。
――彼女の自伝、買ったんだ。クソ高かったけど、興味あってさ。どんなにてめえのことを美化して、悦に入ってるんだろうって思ってたら……全然、完全に、ホントのことしか書いてねえんだ。本の中の彼女はどんくさくて、バカ丸出しで、いけすかねえ女だった。歩く遺体のオマケさ。
――思ったよ。ああ、これじゃ、地方局から出れるわけねえって。小物のくせに、正直で、正々堂々。最悪さ。向いてないよ、マスコミに。
――マスコミで成功するやつは、嘘をつけるやつさ。てめえの心をあざむける人間だ。成功するために他人を踏みつけにして、裏切って、その上で善人面できるやつだよ。
――大西真由美じゃダメさ。彼女はまるで……俺と同じ……。
――……なんの話だっけ……?
――……。
――俺は……嫌なんだよな……。
――嫌なんだよ。地上にいるのが。
――俺達が地下に潜るのは……クソみたいな連中と、一緒にいたくないからだ。
――再建だの、復興だの、平時よりもイキイキと、楽しげに騒いでるやつらが嫌いだ。災害の後にはそういう連中が湧いて出てくる。うさん臭い、役立たずだ。でも、そいつら以上に……。
――金輪部隊だったやつらが、となりにいるのが、嫌なんだ。
――熊沢慎太郎は、金輪部隊のメンバーリストを作らなかった。家に帰して、正気に戻して、放免した。私刑の火種を作るのを忌避したからだ。国の再建に、国民としての金輪部隊が必要だと思ったからだ。正しいと思う。同時に間違っているとも思う。
――やつらは、人を殺したんだぞ。それも意志を、判断能力をみずから放棄して、眠ったまま誰彼構わず殺したんだぞ。
――エツランシャの演説にだまくらかされて、一番卑劣なことをしたんだ。許されないさ。ヘルメットをかぶってた時のことは覚えてません、責任はありませんなんて、通らない。
――俺は、田島茜によく叱られてた。彼女はいつも言ってた。人間であることを放棄するなら死ねと。いつもそれだ。深刻ぶって嫌な女だと思ってた。でも、今なら分かる。意志を放棄した人間は人間じゃない。これほど醜いものはない。
――金輪部隊だった者は、死ぬべきだ。恥じて死ぬべきだ。なぜ生きているんだ。なぜのうのうと、生きて未来に向かおうとする。エツランシャに運命をゆだねたなら、エツランシャとともに死ねばいい。
――この街の連中は、そういう連中と同じ場所にいたくないんだ。この地下こそが、本当の人間の世界だ。
――大西真由美も、ここに来ればいい。正直者は地下にもぐるべきだ。あんた、彼女にそう伝えてくれないか。彼女なら大歓迎だ。
――……あ?
――ああ、これ……いいだろ? マツヤニで固めたんだ。折り鶴……聖域攻撃の時に、ひたすら折ってた。
――俺の、お守りさ。これを折ってる時が、人生で一番楽しかった。俺はモノを作るしか能のない男だ。武器、兵器……人を殺すための道具だ。俺のせいで人が大勢死んだ。その責任をごまかしたことは、一度もない。
――何かを作って、感謝されたのは、聖域戦が初めてだった。
――神谷が言ってくれたんだ。ありがとうって。良い銃だって。自分達の命を守ってくれるって。だから俺は、折り鶴もちゃんと折ったんだ。モノづくりしかできないから。
――これは俺の真実だ。嘘をつかずに生きていくって誓いだ。だから俺は、大西真由美のひでえ番組を見て、地下街で酒を飲んでる。
――楽しいぜ。人として生きるってのは。
――大事なものを、あざむかないってことだ。
――俺は、それを選んだんだよ。
――ここで、みんなの幸せを祈ってる。あの攻撃作戦の時と、同じように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます