報告四五号 エツランシャ
報告案件 エツランシャ
観測人数 一部例外を除いた全国民
観測媒体 国内全てのテレビ放送、同ラジオ放送、インターネット映像配信等
(金糸覆面の人物は、カメラの前で四時間一二分三〇秒沈黙した後、話し出した)
――誰もが考えている。一刻も早く終わって欲しいと。この国の主要都市の三分の一を占拠した勢力の長に、早く喋り終わって欲しいと。さっさと正体を口にし、目的を明らかにし、そして軍兵に殺害されて欲しいと。そう心から願っている。
――同時に、誰もが確信している。この男は右園死児だと。誰に教えられるまでもなく、そう信じている。その認識が、かつて存在したどの右園死児案件よりも、強烈に、私という存在を脅威として確立させている。
――しかし、諸君。聴衆諸君。あえて言おう。私は右園死児ではない。
――私は民意である。この国に脈々と蓄積されてきた、諸君の内にも存在する、怒りと憎しみの化身である。
――諸君は今、幸せですか?
――果たして、心の底から、はいそうですと、言える者が居るだろうか。諸君はこの国に生まれ、食べ、学び、働いてきた。友を作り、異性を愛し、子を授かった。だが、その人生は、果たして安全だっただろうか。常に恐ろしい危険が、裏に息づいていなかったか?
――右園死児の話ではない。諸君の政府と、軍部の話だ。ひいてはこの国、そのものの話だ。
――諸君を最も殺害し、不幸にしたのは、諸君と同じ人間ではなかったか? 右園死児から国民を守ると言いつつ、人々を残虐に殺戮せしめたのは、誰だ?
――その者らは、本当に味方か?
――誰もが、本当は思っていたのだ。自分は不幸だと。右園死児より、政府と軍部が怖いと。その息のかかった役人や、警官や、学者達が怖いと。彼らはほんの些細な名目を見つけると、いとも簡単に同胞から人権を取り上げる。そして家畜や汚物のように、処分する。
――私は国民の一人として、右園死児報告を読み続けていた。あの無機質な、あるいは非人情的な文章の中で、いったいどれほどの人間の死が一言二言の文量に片付けられてきたことか。焼却、洗浄、土中廃棄。人命の喪失に代えていい言葉では断じてない。
――羽田電次は本当に英雄願望をこじらせたテロリストだったのか? 彼の支持者は、一人残らず思考力の無い愚衆か? めざめの巨人信徒は? 蛆主宿儺の村人達は? スパイ・リヨンは? 本当に完全なる悪玉か? そう信じるのか? この国の政府が作った報告体系を? 我々を殺す者どもの検閲する文章を?
――私は閲覧者である。右園死児報告をただ閲覧しただけの、一国民に過ぎぬ存在である。だが、私と同じ考えを持つ者はあまりに多い。怒りと憎しみはこの国土に満ち満ちている。
――だから、こうなった。もう嫌だと。多くの人々が思ったのだ。金輪部隊は国民である。全国各地の、生活者そのものである。
――兵器研究機構、およびこれに出資する複数の企業が我々の装備を用意した。軍のブラインドマンよりも強固な精神統率が可能で、しかも装備の着脱により即座に戦闘状態と健常状態を切り替えられる。どのような者でも、一切の後遺症のリスク無く、ブラインドマンになれる。
――この装備を、三〇万人が己の意志で着装した。分かるか? 三〇万人だ。これを一部の国民と形容することはできよう。だが、大衆とは、その覚悟とは、こうも軽んじられてよいものだったか? 諸君はある日突然右園死児の疑いをかけられ、抹殺されてよい存在だったか?
――今、この覆面を取り、諸君の覚悟を喚起しよう。私が自認識潜没ヘルメットをかぶらぬのは、健常状態に戻るつもりがないからだ。私は見ての通り報告二二号 刀剣 を所持している。この刃で政府の最も許せぬ腐敗議員ども、虐殺鬼どもを処刑してやった。
――そして、諸君の認識的協力をもって、私はこんな姿になった。カメラレンズの反射で、私にも見える。これは……どう言い表す? 脈動するように発光する半透明の循環器だ。深海に潜むクラゲやクリオネに近い。だが精神は、私の精神は確かに私のままだ。
――諸君。この空中電波塔は我々の組み上げた集合汚染体……神像によって、右園宮に匹敵する災害誘引聖域と化した。いや、神像は言ってみれば、軍部が長年に渡り厳選してきた最悪レベルの重要汚染体のエッセンスとも言える。それが一切の封印をされずここに在る。ならば、その威力は右園宮を超え得る。
――これより、海外国家に向けて情報を解禁する。我が国の右園死児管理は崩壊した。国際社会は我が国の内部に右園死児脅威を封印しようとするだろう。軍部には何の抵抗もできない。抵抗できるのは、果たして何者か。諸君の目で見極めてもらおう。
――このエツランシャのもとに集え。諸君。金輪部隊に参入し、国家の在り方を塗り替えるのだ。政府も軍部も存在しない、大衆の殺戮されぬ世界の住人となれ。
――右園の姫君は死んだ。右園宮は消滅した。もはや右園死児は根源的脅威ではない。あとは我々人間の問題だ。人間同士の闘争なのだ。
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