報告四二号 右園宮最深部

報告案件 右園宮最深部

報告者 神谷修二以下連名


 右園宮滝壺除染後、軍上層部がカタコンベの爆破封印を決定した。滝壺と周囲の地形を爆砕し土砂泥流を地下へ注ぎ込み、死児の堆積死体層を地底深く圧殺封印する計画だ。計画実行六五時間前に軍内の有志が神谷修二のもとに集合。最終降下作戦を開始した。

 カタコンベは右園死児対策の将来のために、令和の今をもって完全解明しておかねばならない。その意志を共有した軍人一五一名と、ブラインドマン三二名、特殊掘削重機『青波』三機、探査ドローン八機が集合。作戦責任はなかば事後的に軍第一撃滅部署長官宿川吾郎やどかわごろうが負った。

 まずは青波三機が滝壺内を掘削。蛆虫が通過拡張していたカタコンベへの通り道をさらに掘り広げた。滝の崩壊が懸念されたが、約五時間で無事工事完了。滝の流れをよそへ逃がした上で、カタコンベに日光を降ろすことに成功した。結果、堆積死体層から蛆虫が五体出現。

 もだえる蛆虫群を、探索隊が降下しつつ機関銃、アルミ弾ライフル、高出力紫外線ライトで攻撃。撃滅した。坂道途中の死児死体もすべて破壊、中層に到達すると、堆積死体層に特殊混合溶解酸液のタンクを複数投下。遠隔操作でバルブを開け、死体層の開放に取り掛かった。

 約二〇時間の溶解作業の末、堆積死体層中心部が開放。死体がさらなる下層へと吸い込まれ、大穴が空いた。ドローンを降下させると穴の先に人工的な空間を確認。岩盤を掘削して造られた長大な下降階段が続いていた。一〇〇メートルほどドローンを先行させると、原因不明の障害が生じ全機ブラックアウト。

 空挺団がロープによる降下を計画したが、神谷修二が先行を申し出た。軍人達は冴島将吾の手記を根拠に了承。空挺団員二名が神谷を護衛し、ロープ下降した。溶解液と死体を避け、二〇分ほどで階段に到達。下降した。

 やがてドローンがブラックアウトした地点に差しかかると、空挺団員二名が同時に体調に変状をきたした。神谷の指示により、二名は来た道を二〇メートルほど後進。神谷は二名から受け取った機関銃とフレアを手に、先へ単独潜行した。途中故障したドローン隊を確認。外装がわずかに汚損していた。

 神谷が階段を降り切ると、眼前に石の社があった。冴島将吾に聞かされていた、蛆主宿儺の社の特徴に酷似していた。さらに社の中から、歌が聞こえた。報告七号 ジュークボックス の旋律であった。神谷は社の半開きの扉をくぐった。鉛色の空間に


 循環器 血管 神経 半透明の肉 神谷を見ている 顔だけが人間に酷似 女の顔 若い 少女のような 美しい 華奢な 小さい 足音 画家の家で聞いた足音 近づいてくる 右園宮 右園の姫君 一二〇〇年前 誰かがこいつを抱いた 愚かな貴人 人間 左園は生者の住処 奥方 人間社会 誰か


 誰かが 我々人類の誰かが 出会ってはいけないものに出会い 血を混ぜたのだ そしてそれは人の味を知った 人と関わる快楽を知った 人類と出会ったことで意志を持った 人類を模倣したいと 人類に成り代わりたいと その未来を奪い 人間の座につきたいと


 右園死児は 人類を滅ぼし 人類として生きるもの 人類の歴史を奪うもの 左園を奪うもの 災いそのもの ああ 俺は 見初められたのだ だから招かれた 俺は成り代わるに足る人間なのだ こいつは俺を滅ぼす 右園死児にして 自分の血脈の価値を高める 自分の憧れる人間の要素を 吸収する


 俺は 分かったのか 分かっていないのか すべてを理解したのか 理解した気になってるだけか 美しい顔が近づいてくる 黄金の髪 金色の血管のような髪 地の底でふたりきり とける いしきが そんざいが にんげんでなくなる うぞの し に   こ









 ――――撃て! 神谷さん!









 体が動いた。指が引き金を引いた。銃口から飛び出す徹甲弾が床をえぐり、反動で持ち上がった機関銃が敵の胸に埋まる。引き金を押さえ続けた。全身全霊の力を指先に込めた。凄まじい銃声。美しいと思っていた顔面が真っ赤な血に染まる。徹甲弾が小さな体をバラバラにする。

 腕の筋肉が引きつり、機関銃がうなりながら吹っ飛んだ。目の前にはバラバラの何か。床にへばりついた唇が、かぼそく歌っている。何ごともなかったかのように。俺以外の何かに向かって。歌っていた。


 ■


 爆破封印作戦は、予定通り行われた。山野は崩落沈下し、カタコンベは土砂と泥流に埋没した。最終降下作戦に参加した探索隊に、死傷者は無し。

 ブラインドマン部隊を含め、全員帰還。

 右園宮最下層での出来事は、神谷修二自身にも説明不可能な出来事であり、また降下作戦自体が軍の正式な命令系統から逸脱した性質を持つため、軍上層部も説明は不要とした。本案件はこの報告体系内のみに完全独立して整理認識されるものであり、他の軍部および政府の公式見解に採用されることはない。


 ※右園宮に関する民俗的考察・創作は受け付けていない。

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