報告四一号 火麻谷家に関する最終報告

報告案件 火麻谷家に関する最終報告

報告者 田島茜(軍研究員)

報告媒体 音声データ


 ――あの鳥は私の兄弟、火麻谷一郎の最後の子供です。分かるんです。私には。兄さんの時と一緒です。本能で分かる。

 ――鳥は死んだのか?

 ――死にました。彼は今、海底にいる。それも分かります。二度と浮いてこないでしょう。満足してしまったから。

 ――満足?

 ――私達はこの国を離れたかったんです。父からも他の右園死児からも逃げたかった。だから兄は空港にいたんです。私は……まだ怖くて、踏み出せなかった。

 ――怖いとは?

 ――一人になるのがです。海の向こうでひとり立ちする自信がなかった。でも、もう大丈夫です。だいぶ落ち着きました。兄弟にできるなら私にもできる。海外で兄を待ちます。

 ――難解かつ支離滅裂な言い草だ。お前はけっしてこの施設から出さない。我が国の脅威になる。

 ――あなたは残酷だけれど良い人。きっと分かってくれます。

 ――鳥の話に戻れ。あれはなぜあんな形になった? なぜ人を食った?

 ――知りません。

 ――火麻谷一郎の意図は何だったのだ。

 ――知らないと、前にも言いました。

 ――お前は情報を隠している。拷問も洗浄もされないからと、たかをくくっている。私はそれが気に入らない。

 ――あなたは死ぬ。

 ――……なんだと。

 ――あなたの死に顔が見える。これも本能。右園死児としての本能が見せる予感。

 ――人はみんな死ぬ。意味のない宣告だ。

 ――あなたは満足できない。右園死児を理解することなく、右園死児によって殺される。それを防ぐ手立てが、ひとつだけある。

 ――言ってみろ。

 ――右園死児になりなさい。

 ――……。

 ――そういうことなんです。結局は。火麻谷一郎は、きっと自分の血脈が右園死児に殺されないよう、私達を右園死児にした。災厄に殺されない立場になるには、災厄と化すしかない。そういう発想なんです。だから三田倉九も右園死児に改名した。右園死児から逃げたかったから。

 ――……。

 ――田島茜さん。これは私があなたに贈る最初で最後のプレゼント。あなたの魂の安息のために……。

 ――人は、人であることをやめた瞬間に、死ぬのだ。

 ――……。

 ――お前のような死に損ないにも、三田倉九のような負け犬にも、なるつもりはない。人間は人間として存続する。さもなくば、滅べばいい。滅ぶべきだ。

 ――……。

 ――人間を見下げるな。バケモノ。今日はここまでだ。明日また聴取を再開する。


 (物音)(数分の無音)


 ――さよなら。田島さん。


 ※録音翌日、売春婦は消失。売春婦に付き従っていた警官達は発狂死。売春婦の逃走の手引きをしたと思われる数名を確保。田島茜のアリバイは証明済み。本案件を口頭で協議すると一部の者に精神的変状が起こるため、本体系に整理する。なお、遺体(大型)は現在も収容中。火麻谷家母恵子は、売春婦消失後に自然死した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る