悪魔の正体

 監察医によれば、検死をするまでもなく、遺体が首藤医師のものではないことは明白だそうだ。年齢が違う。そういうことだ。

 首藤医師は六十過ぎ、頭部が無くても遺体が六十歳を過ぎていないことは一目瞭然だった。二十代後半から、せいぜい三十代と言うのが監察医の見解だ。

 若い。遺体が首藤医師でないとすると、入田家で殺されていたのは誰なのかという問題が重くのしかかってくる。とにかく住人の少ない村だ。対象となる住人はいない。外部からやって来たとしか思えない。

 それに、遺体が首藤医師でないとすると、首藤医師はどこに行ったのかという問題が出て来る。首藤医師が愛用していた軽自動車は診療所の前に停められたままだ。徒歩で山を降り、行方をくらましたことになる。

 いずれも頭の痛い問題だった。

「どういうことでしょう?」

 隈井さんに意見を伺うと、「被害者が誰だったのかという問題が残るが、遺体が首藤医師のものではなかったとなると、一連の事件の犯人が首藤医師だった可能性が高くなる。三人の遺体のうち、首藤医師と見られる遺体だけ、頭が無かった。何故、犯人は遺体の頭部を切断して持ち去ったのか?首藤医師が犯人だったとすると、その答えが見えて来る」と答えた。

「他人の遺体を自分の遺体と見せかける為ですか?」

「首を切断し、白衣を着せておけば、遺体は首藤医師のものだと勘違いするだろう」

「でも、監察医に言わせれば、年齢が違い過ぎるので、遺体が首藤医師のものではないことは一目瞭然だそうです。医師である首藤医師がそのことが分からないはずはないと思うのですが」

「良いね。なかなか鋭いな。逃亡の時間を稼ぎたかっただけかもしれない」

 隈井さんの言葉に、広大君が反応した。

――でも、日頃、乗っていた軽自動車を置いて行っている。逃げるのなら、車の方が良かったんじゃないかな。

「今は止めてくれ」と考えたつもりだったが、冒頭の「今は――」が声に出てしまった。案の定、「うん?」と隈井さんが怪訝な表情をした。

――まあ、山に逃げ込んだとすると、車は必要ないか。

 僕は咄嗟に言った。「いえ、徒歩だと移動距離が限られます。中津の町に下りてくれば、探しようがありますが、山に分け入られると、厄介ですね」

「無論、逃げたのなら山だろうな。町に逃げるのなら、車に乗って行ったはずだ」

 隈井さんは分かっている。

「山狩りですかね?」

 噂に聞いていたが、未だに山狩りというものに参加したことがない。体力的に不安だが、好奇心はあった。

「面倒だが、あり得るな」

 七軒屋での事情聴取を終えた僕らは中津に向かうことになった。橋内豊という人物に会う為だ。

 県警本部より連絡があった。

 広大君が発見した「七軒屋の悪魔」というブログについて、ブログの運営会社に管理者名を問い合わせていた。その回答があり、それによると、ブログ管理者は塩市拓谷という人物だった。

「塩市⁉七軒屋に所縁のある人物のようだな」

 隈井さんが言うまでもなく、七軒屋にかつてあった宗家、塩市家所縁の人物だと考えられる。住所は中津市在住となっており、隈井さんが旧知の中津署員に調べてもらったところ、塩市拓谷は住民票に記載の住所に住んでいなかった。母子家庭で母親と二人暮らしだったようだが、昨年、母親を病気で亡くし、勤めていた鉄工会社を辞め、アパートを引き払っていた。

「事件に巻き込まれたのでしょうか?」

「勤務先の鉄工所へは、自分から、辞めたいと言ったらしい。アパートの解約も自ら行っている。自らの意思で姿を消したようだ。事件や事故に巻き込まれた可能性は低いと、中津署の刑事が言っていた」

「そうですか。話を聞きたかったのですが残念です」

「なあに。中津署で塩市拓谷と親しかった人間を探しておいてくれた」

 それが橋内豊だ。塩市拓谷の母親と一時期、内縁関係にあったようだ。血のつながりはないが、塩市拓谷は彼をお父さんと呼んで慕っていたという。

「彼が何か知っているかもしれませんね。期待できそうです」

「橋内さんを中津署に呼んであるらしい」

 こうして、僕らは中津署に向かった。

「今日は一番で頼むよ」

 中津署に到着すると、そう署員に声をかけられた。

「分かりました」

 かつての職場だ。「こっちだ」と隈井さんに案内された。一番とは一番取調室のことだった。

 殺風景な室内に、大きすぎる鏡が壁一面に張られている。マジックミラーになっているのだ。取調室には腹の出た中年の男性が一人、椅子に座っていた。橋内豊だ。染めているのか、髪の毛が赤い。下唇が垂れ下がったように見え、男の人相を貧相に見せていた。

 僕らが取調室に入ると、さっと身構えたようだった。

「橋内豊さんですか?塩市拓谷さんについて、知っていることを教えて頂けませんか?」

 隈井さんの言葉に、「拓谷が何か悪いことでもしたんですか?」と心配そうな顔をした。

「いえ、そうではありません。塩市拓谷さんに話をお伺いしたくて探しているだけです。彼が何処に居るのかご存知ありませんか?」

「さあ、知りません。鉄工所で働いていたのは知っていましたが、辞めたみたいですね。さっき、刑事さんから教えてもらいました」

 中津署で事前に事情聴取を行ったようだ。

「拓谷さんと親しかったとお聞きしました」

「ええ、まあ。私がよく知っている拓谷は、十年以上も前の子供の頃の拓谷です。晴美――拓谷の母親とは、その・・・まあ一時期、特別な関係にありまして、一緒に暮らしていたことがあります。血の繋がりはありませんが、拓谷から、お父さん呼ばれて、慕われていたと自分では思っています。晴美が、その、拓谷に、ちょっと冷めたようなところがありまして――」

「冷めたようなところ?」

「いえ、別に、冷たく当たっていたとか、折檻していたとかいう話ではありませんよ。何となく、端で見ていて、親子にしてはちょっと距離があるような感じがしていただけです。晴美は特別な育ちでしたので、そのせいでしょう。拓谷は母親に甘えられなかったせいか、私に懐いてくれました。でも、まあ、籍を入れた訳ではなかったので、晴美と別れてしまうと、自然、拓谷とも疎遠になってしまいました」

 橋内さんが遠い目をした。

「全然、会っていなかったのですか?」

「そうですねえ~たまにあいつから連絡があってね。その時は、一緒に飯でも食おうと誘って、食事をました。そんなことが、年に一、二度ありましたか」

「それで、最近、拓谷さんと会いましたか?」

「鉄工所を辞めたことも知らなかったくらいですから、会っていませんでしたね」

「拓谷さんは、七軒屋の悪魔というブログで、七軒屋のことを紹介されていました。拓谷さんは七軒屋の出身だったのですか?」

「さっきも刑事さんから聞きましたが、拓谷のやつ、そんなブログを立ち上げていたのですね。知りませんでした。ええ、拓谷は七軒屋の生まれです。村で宗家と呼ばれていた塩市家の出身です」

「塩市拓谷さんが、七軒屋を出たのには何か訳があるのでしょうか?」

 隈井さんの質問には答えずに、橋内さんは「七軒屋のある辺りにはクマゼコという妖怪が出ると言う伝説があります。クマゼコは体が熊で顔が猿、子供をさらって、油を取ると言われている妖怪で、土地の者には随分と怖がられています」と話題を変えた。

「クマゼコのこともブログに詳しく書かれていました」

「クマゼコとは七軒屋の住人のことだと、拓谷が言っていました。ブログに七軒屋の悪魔なんて名前をつけたのも、何となく分かる気がします。塩市母子は七軒屋の悪魔たちに村を追われたのですからね」

「村を追われた? 拓谷さんもブログで七軒屋の住人は悪魔だと言っていましたが、どういう意味でしょうか?もう少し詳しく話してもらえませんか?」

 橋内さんは椅子に座り直すと、塩市母子と七軒屋の因縁について話し始めた。


 七軒屋は戦国時代に大友氏の落ち武者が、山間の偏狭の地に定住して作られたと考えられている。狭い村だ。村人同士での婚姻が相次いだ。七軒しか家がなかったことより、時代が下るにつれて血が濃くなり過ぎる状況となってしまった。

 そこで当然、新たな血を求めて村外に手を伸ばすことになる。

「あの村は呪われた村だ」と橋内さんは言う。

 江戸期になると、七軒屋の住人は山裾の村落から女の子をかどわかして来て育て、村人の嫁とするという蛮行を繰り返した。このため七軒屋の近隣の村落では、クマゼコ妖怪伝説が広まった。

 村で女の子ばかり誕生した場合に、まれに男の子をかどわかして来ることもあったが、間引きの習慣のあった山里の僻村では、常に成人女性が不足する事態となっていた。

「拓谷が、七軒屋の住人こそが悪魔の正体だと言ったのだとしたら、きっとそのことだと思います。そして、そんなクマゼコ伝説最後の犠牲者が、拓谷の母であった塩市晴美なのです」

 橋内さんはそう言って目を伏せた。

 晴美さんは孤児だった。どういう経緯か分からないが、壱の屋こと入田家の先代、入田直道に引き取られた。昭和の世となり、流石に他村から子供をかどわかしてくることが出来なくなっていた。村の男たちの花嫁候補として、見目良い孤児の女の子を引き取るという方法を取っていたのだろう。

 やがて美しく成長した晴美さんは、宗家である塩市家の嫁となった。

「晴美が嫁いだ時の塩市家の嫡男を塩市宗谷と言いました。親同士、家同士で決められた結婚でしたが、夫婦仲は良かったようです。晴美は宗家の嫁として村中の尊敬を集めました。満ち足りた生活だったことでしょう。当時のことを話す時、晴美はあの頃が一番、良かったと口癖のように言っていました」

「ほう~その頃は宗家がまだ村にあったのですね」

 そんな七軒屋にも、過疎化の波が押し寄せる。

 戦後となり、高度経済成長期となると、農村の価値観が崩壊していった。七軒屋では村を捨て、都会に働きに出る若者が相次いだ。

 塩市家は平地の少ない村で貴重な畑を所有し、小作人に耕作させることで潤って来た。だが、その小作人が村から離散してしまったのだ。人手不足となり、せっかくの畑が荒地同様となった。

 折りしも、宗谷の父母が相次いで亡くなり、宗谷が跡を継いだ。だが、跡取り息子として温室栽培された宗谷に、激動期を乗り切って行く器量などなかった。畑は益々、荒れ放題となった。

「拓谷が生まれた頃には、宗家の暮らしはにっちもさっちも行かない状態だったようです。宗家は困窮し、旦那は酒に溺れるようになった。そして、溜め込んだ鬱憤を晴らかのように、酒を飲んでは暴れるようになりました。家庭内暴力の始まりです」

 矛先は逃げ場のない晴美さんに向かった。晴美さんは宗谷のストレスのはけ口となり、幼い拓谷を抱えて、家中を逃げ回った。宗谷の乱行は村人の知るところとなったが、誰も宗家のやることに口を出せないでいた。

 そんな中、悲劇が起こった。

 宗谷が突然、身罷ったのだ。

「塩市宗谷さんが亡くなったのですか!?一体、何故?」

「事故だったみたいです。酔っぱらってひっくり返り、かまどか何かに頭をぶつけて亡くなったと聞きました」

 地獄のような日々が、突然、終わりを告げた。だが、晴美さんにとって、宗谷の死は新たな地獄の始まりだった。更なる不幸が晴美さんを襲う。

「七軒屋時代のことは、晴美は話したがりませんでした。私もはっきりとは知らないのです。きっと、私に知られたくなったのでしょう。実は、その後のことは拓谷から聞いたのです」

「ほう~拓谷さんから!?」

「晴美から聞いたのでしょうね。拓谷がこっそり教えてくれたのです。結構、最近ですよ。当時のことを知ったのは。そうそう、前に食事をした時だったと思います。その話を聞かされ、晴美が村を離れた訳を話したがらなかった訳が頷けました。私に言えなかったのも無理はありません」

 宗谷が亡くなると、入田家を継いだばかりだった入田孝道が宗家に乗り込んできた。

「もともと養女を嫁に出す時に、最初の臥所の相手は養家の者が勤める決まりだった。それが長い間、娘を養ってきた養い親に対する褒美のひとつだ。それに養女を娶る側は田畑を割いて、養家に送る慣わしだ。それもこれも、お前が宗家の嫁となったので、うちの親父は全てを遠慮した。今こそ、借りを返してもらう時だ。宗家亡き今、お前も、塩市家の財産も、全て壱の屋のものだ。俺がもらって何が悪い!」

 入田はそう言って、嫌がる晴美さんを組み敷いた。入田は塩市家を乗っ取った。

 入田の母親は塩市家の娘だったので、宗家の主、宗谷とは従兄弟同士の間柄で、血縁的に宗家に近かった。宗谷亡き後、自分が宗家を継ぐのは当然だと思っていた。

 そのことを知った弐の屋、服部家の当主、順治は、そうはさせまいと塩市家に乗り込んで来た。腕っ節が強かった服部は腕力で入田を塩市家より放り出すと入田に取って代わった。家屋敷は勿論、晴美さんさえも我が物とした。

 騒動は続く。入田の訴えを受けて、村の村医、首藤招運が仲裁と称して塩市家にやって来た。そして服部に塩市家の家財を入田と折半することを提案した。

 塩市家の屋敷と屋敷の周りの田畑は入田に譲り、屋敷から離れた村でもっと良い場所にある田畑を服部が分け取りにするという提案だった。そして、あろうことか晴美さんは入田、服部そして首藤医師三人の共有にするという破天荒な提案だった。

 かねてから晴美さんの美貌に横恋慕をしていた首藤医師は、こうして、ついに晴美さんを手に入れた。

 三人で晴美さんを共用する。鬼畜のような自堕落な生活が始まった。そして、三人は息子の拓谷さんが邪魔になった。入田のものとなった屋敷内で、犬のように養われていた拓谷さんだったが、いずれ成人して三人の行いが分かるようになると復讐を企てるだろう。

 曲がりなりにも宗家の血を引く跡取り息子だ。拓谷さんが復讐を企てた場合、誰が味方をするか分からない。村で三人に同情するものなど、誰もいないのだから。

「今の内に事故に見せかけて殺してしまった方が良い」

 三人は密議を重ねた。

 三人の密談を漏れ聞いた晴美さんは焦った。このままでは拓谷さんが、わが子が殺されてしまう。三人の中で比較的御し易い、首藤医師の相手を勤める夜を待った。首藤医師の寝入った隙に部屋を抜け出すと、晴美さんは拓谷さんを連れて、命からがら村を逃げ出した。

「私が拓谷から聞いたのは、そんな鬼畜のような男たちの所業でした」

 橋内さんは細く長く息を吐いた。

 橋内さんが語った凄まじい時代錯誤な男たちの所業に、やり場の無い怒りを感じた。隈井さんは口をへの字の結び、腕組みをして渋い表情を浮かべていた。僕と同じように、橋内さんの話に衝撃を受けているのだ。

「全く・・・何と言って良いのか・・・そして、橋内さんは中津市内に逃げてきた塩市母子と出会ったのですね?」

「当時、私はスーパーの店員をしていました。そこでレジのパートに応募して来た晴美と出会いました」

 晴美さんは宗家の預金通帳と印鑑を持ち出していた。とは言え、落ちぶれた宗家に残っていた蓄えなど、たかが知れたものだった。中津市内に居を構えると、生きて行く為に、働きに出なければならなかった。

 七軒屋で育ち、宗家の嫁として、労働と無縁の生活を送ってきた晴美さんにとって、働いて報酬を得ることは簡単なことではなかった。浮世離れした晴美さんは野菜の区別すらつかず、スーパーのレジ打ちの仕事を満足にこなすことができなかった。

 程なく、スーパーの経営者からクビを言い渡される。

 スーパーをクビになると、晴美さんは真っ先に橋内さんに行く末を相談した。橋内さんが晴美さんの美貌に惹かれていることを、察していたようだ。

 そして、晴美さん親子は橋内さんに寄生して生活するようになった。

「当時、私は独身でしたので、晴美との結婚を考えました。でも晴美が戸籍をいじるのを嫌がりました。今、考えると、戸籍を変更すると、七軒屋の悪魔たちに居場所が知れてしまうかもしれないと怯えていたのでしょう。結局、籍は入れないままでした。ずるずると七年も一緒に暮らしました。

 拓谷には、お父ちゃんと呼ばれていました。端から見ると実の親子に見えたと思います。結局、晴美は私との生活に満足できなくなり、私のもとから去って行きました。その頃には私に頼らなくても生きて行く術を覚えていたからでしょう」

「晴美さんは七軒屋の入田孝道さんと服部順治さん、それに首藤医師の三人を恐れていたということですね」

 今回の事件関係者ばかりだ。

「三人以外にも七軒屋の住人全てを恐れていたように思います」

「それで、橋内さんと別れてから、晴美さん親子はどうなったのでしょうか?」

「私と分かれてから、拓谷の話では、晴美は水商売をやっていたようです。晴美は世間知らずでしたから、手っ取り早く金を稼ぐとなると、水商売くらいしかなかったでしょうね。美人でしたし。拓谷が高校を出てからは、代わりに働いて、晴美を養っていたようです。母親はあんなですけど、拓谷はしっかりした子でした」

「晴美さんは一年ほど前に病気で他界されたということです。ご愁傷様です」

「聞きました。まだ若かったのに可愛そうに・・・思えば不幸で悲しい人生でした。私に相談してくれれば、出来る限りのことはしたんですけどね。拓谷も一言、言ってくれれば・・・最後に会った時、晴美は死んでいたはずです。それなのに、何も教えてくれなかった。水臭い」

「晴美さんは、橋内さんと一緒に暮らしていた頃が一番、幸せだったのでしょう。拓谷さんも橋内さんの前では、見栄を張っていたかったから、お母さんが亡くなって苦労しているとは言えなかったのでしょう」

 クールに見えて優しいところがある。

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、少しは気が楽になります。晴美がそう思ってくれていたとしたら、私も嬉しいですね。晴美と別れてから、今の女房と出会い、結婚して、私は幸せになりました。ですが、何時も心の片隅で、晴美も幸せになっていてくれれば良いなと願っていました」

「他に何でも結構です。塩市拓谷さんの行方を知る手がかりになりそうなことを、ご存知ありませんか?」

 橋内さんは眉を寄せて暫く考えた後で、「そう言えば――」と話しはじめた。

「拓谷の行方を知る手がかりになるかどうか分かりませんが、あの子は宗家のお宝に異常に執着していました」

「宗家のお宝ですか!?」

 驚いた。まさか宝探しが絡んでくるとは思ってもいなかった。

――凄いことになったね。

 広大君の興奮した声が頭の中で響いた。

「塩市丸が大友館から逃れる時に持って逃げた、大友家の家宝だそうです。拓谷から聞いた話の受け売りなのですけど・・・」

 橋内さんはそう言って、宗家の宝のこと教えてくれた。

 大友宗麟は博多の商人、島井宗室を重用し、貿易特権を与える代わりに莫大な軍資金の調達を命じた。島井宗室は当時、中華の大地を支配していた明や李氏朝鮮と貿易を行うことにより、巨万の富を築き上げていた。

「中国の明の時代の終わり頃の皇帝で、ええっと・・・すう・・・なんとかと言う名前だったと思います。拓谷から何度も聞かされて、昔は覚えていたのですが・・・」

――ああ、それは崇禎帝だね。明朝最後の皇帝だ。

 と広大君が教えてくれた。広大君は何でも知っている。

「崇禎帝ですね。明朝最後の皇帝の――」

 僕が言うと、「ああ、それだ!それ、それ」と橋内さんが大きく頷いた。

「ほう~」隈井さんが感心してくれた。

 宗家の宝は、島井宗室より献上を受け、大友家で保管されていたものらしい。明末の崇禎年間に景徳鎮民窯で焼かれた陶器だ。どんな陶器なのか、詳しいことは分からないが、値打ち物の逸品だと塩市家で言い伝えられて来た。

 この宗家の宝が行方不明なのだ。

 拓谷の祖父、義谷は一風変わった人物だったようで、村人が、この宗家の宝を我が物にしようと狙っているという被害妄想に陥り、宝を何処かに隠してしまった。宝の隠し場所を家人に告げずに、死期を悟ってから暗号のような言葉を残した。

「ちょっと良いですか? 何か書くものはありませんか?」と橋内さんが言うので、供述調書の紙とペンを渡した。

 橋内さんはさらさらと癖のある字で書いた。「有欲不見、無欲即見、頭高不顕、身低即顕」それが義谷の書き残した言葉だった。

 宗谷は困窮してから、随分、熱心に宗家の宝を探したらしい。だが、結局、宝を見つけることが出来なかった。

「拓谷も父の遺志を引き継いで、宗家の宝探しに興味があったようです。義谷の書き残した暗号の意味を、私も一緒になってよく考えました。そして、宗家の宝を発見する自分たちの姿を想像して興奮したものです。この暗号のような言葉を解こうと、二人で知恵を絞って、必死になって研究したので覚えてしまいました」

「拓谷さんはその宗家の宝を見つけたのでしょうか?」

「分かりません。でも、拓谷が宗家の宝を発見して、幸せになっていてくれれば良いのですが」

――謎めいた言葉だね。無欲で謙虚な人間ならば、宗家の宝を見つけることができる。そういう意味だろう。

 広大君が言う。「なるほど、そう言う意味なんだ」とうっかり口にしてしまったので、隈井さんと橋内さんがまじまじと僕の顔を見つめた。僕は「無欲で謙虚な人間だけが、宗家の宝を見つけることができるという意味ではないでしょうか」と言い訳した。

「へえ~そういう意味だったのですね」と橋内さんが驚いていた。

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