《私ノ度年弐正大》

 生物としての夢と、夜に見る夢との関係は明らかに存在する。この「夢」という生物の呼び名を「夢」とした文化的理由等についてのことだ。うすく光る朧ろげな姿は、まさに夜の幻の名を与えられるにふさわしい。

 夢には動きが鈍く容易に捕まえられる個体もあれば、素早く逃げてしまう個体もあり、後者の方が大きく強い輝きをもっている場合が多い。現実における目標としての意味を持つ夢に「~を追う」「~を掴む」といった表現を使うのも、そういった夢の性質を由来としているからなのだろう。

 私は夢を飼う方法を考えている。

 はじめはマヨネーズの空き瓶に入れてみたが、駄目だった。どんなに堅く蓋を閉めても、上った煙が消えるように、一時間と持たず容器の中で薄まり無くなってしまう。鉄葉のミルク缶や磁器の坩堝に閉じ込めても同じだった。

 できれば硝子など透明な素材の容器で飼う方法を見つけたいと思っているのだが、生きのいい状態を手元で保つことさえままならず、それを可能にできる見込みはついていない。野生の個体を観察することで、夢に必要な環境や食物を調査することも勿論怠っていないが、分からないことはあまりに多すぎる。

 成果はなかなか上げられずにいるが、このごろ近場で夢を目にする頻度が多くなってきたので、研究のための環境は今のところ良い方へと変化しつつあると思う。粘り強く続けていけば、いずれは得るものがあるはずだ。白昼をただよう夢に気づかれないよう、じっと息を潜めて観察する私の技術も上がってきている。夢のスケッチや観察記録は着実に集まっており、これらを後世の大きな財産とするべく完成へ近づけていくことは、今生で私が成すべき最大の使命なのだ。

 昨今私が夢を探すため、まず見に行くのはすぐそば、庭だ。縁側から雪駄を履いて下りる、私が生まれたころから環境のほとんど変わらない、この屋敷の中庭である。

 以前は我が家と少し離れた場所にある川か、その川にかかった橋を渡ってさらに歩いた場所にある山まで、手製の捕虫網や空き瓶、観察記録用の帳面なんかを提げていつも出向いていた。正午の、一番太陽が高く昇っている時間が狙い目で、川べりの草むらだとか山の藪に足を踏み入れると、跳ねて逃げる飛蝗や蛙と共に、ふわりと夢も飛び出してくる。そこを狙って手速く網を被せ、捕まえるのだ(ただし普通の捕虫網じゃ肌理が粗すぎていけない。木綿やリネンでもまだすり抜けられてしまう。試行錯誤の結果、婦人服のブラウスに使用する薄手の布を三、四重に重ねたものが夢の動きを封じ込めるのに適していると分かったので、それを材料にして手作りし、使うようにしている)。そして空き瓶に入れて観察したり、持って帰ったりする。急がないとすぐに消えてしまうので、夢の調査には手際の良さが要求される。こと山道にある清流付近で採取される、よく肥えた色のあざやかな大粒の夢は比較的脆く、捕獲して瓶に閉じ込めたとしても、なかなか家へと持ち帰るまで形を保っていてくれない。だから山の夢は全て現地で記録を取っている。ただ、観察や生態調査だけをしにきているわけでは私はなく、大きな目標は課題が夢の飼育・展示、あるいはせめて標本の方法である以上、いずれはその脆さを問題として、正面から解決しなければならない時が来るだろう。

 庭でも夢が採れるようになってから、研究は無論はかどりだした。でも我が家に夢が増えた理由は分からない。それについても何とかして導き出したいとは思っている。しかし庭は別に大きく環境を改めてもいないし、地域全体の気候に着目して考えても、この数年で起こった変化も特に見当たらないため、我が家の環境と夢の関係については、しばらく有用な手がかりが掴めずにいる。

 庭の夢はあまり質が良くない。ここ一年くらいになってから少しは強い光の夢が飛ぶようになったが、それでも山や川など人の手が加わっていない自然で育った夢と比べれば、ずっと見劣りする弱々しい代物だ。しかしそういった見た目が悪い夢は、動きも遅く捕まえやすいものであることが多い。だから野生の状態でも観察しやすいし、飼育を試みるために捕獲するのも簡単だ。それに庭に住む夢の個体数は少しずつ増えていっており、これなら私ひとりが夢を捕え続けたとしても、環境に影響を与えることはないと思う。

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