第21話

私は晴れの日が嫌いだ。太陽が無差別に、こちらの気も知らないで、まるでそれが善かのように照らしてくるから。


「夏目さんはあの時亡くなった。あれは夏目さんの骨。埋めたのはあなた。

でも、死因は、他殺でも、自殺でもないですよね。事故だ。

いや、私が殺したんだ」


私は今それをやっている。


「事実は小説のように悪役が一人に決まるわけではないんだよ」


先生は地面を見てそう言った。


私は階段を駆け上がった時、人を見つけられた興奮と、幼い体には少し高すぎた段差に躓いてしまった。

登る側からは顔を上げなければ上にいる人を見ることはできないが、逆に上にいる人はその様子がどうしたって目に入る。

私は躓いただけでなく、そのまま後ろに倒れそうになった。

届かない。脳でそう分かっていても人は手を伸ばしてしまうものだ。

手すりの、元々不安定な位置にいた夏目さんは、その結果バランスを崩し、転落した。

私はそこまで落ちずに尻餅でもついたのだろう。そこで顔を上げた。

夏目さんが落ちていくところだった。


「君たちは探偵ごっこをしているよね。僕たちも昔同じようなことをしていたんだよ。謎解きが好きで、自分たちの正義を盾に自分たちの好奇心を満たしていたんだ。教室からはもちろん居場所がなくなった。でも僕たちには文芸部があった。それでいいと思えた」


夏休み前の日差しは強い。


「小さい事件だったんだ。可愛いペンの連続窃盗事件。その事件の犯人は慶一の好きな子だった、ただそれだけだったんだよ」


どうなるかは予想が着いた。


「犯人が浮上してきた時、慶一はやめようとした。僕は言ったんだ『慶一にとって真実の追求とは所詮それほどのものだったのか。恋にも負けるものだったのか。なら僕とは違うから、君に居場所はない』と」


先生は地面を見て、時おり靴で土をいじった。


「次の日、部室に行くと慶一はいつも着崩しているブレザーを、きっちりと着て、ネクタイまでしめていた。そして『屍体したいは桜の樹の下にでも埋めてくれ。きっと綺麗な桜が咲くだろうから』と言い、ベランダに出た」


夏目さんの居場所は、一番目が先生のいる文芸部で、二番目が両親のいる死だったのかもしれないと私は思った。


「君の言う通り、彼は覚悟の決まらない様子だった。手すりの上に立った後、時間があった。君の転落によって、バランスを崩し、落ちた。

だけど慶一は僕のせいでそこに立つことになったし、僕はそこから引きずり下ろすことができなかった。

僕が慶一を殺したんだよ」


「この建物は少し作りが変だ。二階建てなのに、かなりの高さがある。下はコンクリート、頭から落ちた慶一は僕が下に降りる頃には絶命していた」


「真実の追究ほど低俗なものはないのに。どれだけ高尚な人間になれたら、僕は慶一の純粋な心を肯定できたんだろう。

そう思いながら、僕は桜の樹の下に穴を掘り、屍体を埋めた。薬品を化学室からくすねて、コンクリートの血を落とした。あの頃から化学は得意だったんだ。

これが自分にできる唯一の謝罪だと思っていた、それすらも今思えば低俗的だ」


一人で、あれだけの土を掘り返し、人を埋めるのはどれだけ大変な作業だったのか。


「でもどうやら八年如きじゃ人間は変われないらしい。僕が殺したんだと思いつつも、君が憎かった。憎むしかなかった。入学式、君の顔を見た時僕はすぐに気がついて驚いたよ。数日後、文芸部の入部届を持ってきた時、僕は君が謎解きをしているのだと分かった。そして君にも罪を背負わせようとしたんだ」


入部理由を聞かれた時、私は曖昧な答えをしたと思う。


「先週ヤギがなぜだかいたと思うが、動物の嗅覚というものを侮ってはならないね。ヤギはしきりに土を掘り返そうとしていた。そうして土の被っていなかった部分にあった脚の骨を矢野くんが見つけた。彼が骨を持って帰って行くのを見た時、僕にはこれはいずれ君のもとに渡るという確信があった。だから僕は土を掘り返し、骨を化学室に移動させた」


始めから誘導されていたのだ。


「君は真実を追求したんだね」


私と、布留川先生は桜の葉を見た。太陽から私たちを守ってくれているみたいに思えてしまう。


「これから、どうするんですか?」

「少なくとも死体の遺棄は法律で裁くことができる。自首するよ。

桜はもう見たから」


死体遺棄の時効は三年。移動させた時からもう一度数えなおしになるらしい。つまり先生は私に罪を背負わせたいがために、法律でも罪を背負わせられることになった。


「細井先生と話してくださいね」

「そこまで調べたのか…」

「たまたまです。それに、細井先生は『大好きな先輩が死んじゃった』って言ってました。どこまでかは分かりませんが勘づいていると思いますよ」


布留川先生は頷いて、立ち去ろうとした。私も部室に帰ろうとして、振り返った。


「先生、あの日、私を父と母のもとまで連れてってくれて、ありがとうございます」


先生は立ち止まり、振り返りはせずに、手を振った。











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