第11話
雑草が足に絡みつきながら、私たちは走った。息を切らしながら、文樹先輩は言う。
「その中には何がいるんだ?翔」
ヤギ用の餌を片手に、用具室の取っ手を握るのは、紛れもなくオカ研の期待の一年生、翔だった。
「文芸部の方たちは帰ったんじゃないですか」
「部室に帰った」
「さすが勝手に部室に入ろうとするだけありますね。すごい屁理屈だ」
翔は分かりやすく舌打ちをした。
「そうですよ。ヤギを盗んだのはオカ研です。黒ミサごっこがしたかったんです」
「違う」
世羅が力強く否定した。
「黒ミサはヤギを生贄にするものじゃない」
「屁理屈の次は揚げ足ですか?」
「黒木先輩もそう言った」
翔は黙った。
「ヤギを隠したのは君の単独犯行。その罪をオカ研に擦り付けたかった」
木暮先輩は推理を話し始めた。
「一昨日より前いつか、学校でメイとたわむれる日下部先輩を目撃したんだろう。そして餌を用意し、メイをおびき寄せて、使われていない用具室に監禁した。次はその罪をオカ研に擦り付けるべく、オカ研を連想させる要素を散らばめた怪文書を日下部先輩の下駄箱に入れた。その餌に釣られた俺たちはオカ研の部室におびき寄せられた」
日下部先輩の下駄箱を特定するにはかなりの労力がいったのではないか。
「そして俺たちはそこで君が仕掛けた骨を見つける」
「どうやって仕掛けたと言うつもりですか?僕は一年生だからダイヤルの数字を知らない。一人じゃ部室に入れないんですよ」
「一人の時でないと置けないわけじゃない。その部屋には七人の人間がいた。
君は昨日の部活の時に大きな砂時計を置いていった。部室を私物のコレクションで埋めていくのは、自分も言えたことではないし、そのための棚も作っているぐらいだ、黒木先輩は当然気にも留めない。しかしその砂時計は大きさも規格外ながら、細工が施されていた。小さな穴が開いていて、それはビーカーに溜まるようになっていた」
「そういうトリックで本を書けば面白いんじゃないですか」
「一日後、つまり今日、砂が一定量まで溜まり、ビーカーは不安定になり、落ちて、割れる。そこに誰がいてもそちらに注意が向く。その隙に君は骨を段ボールに入れた」
「だからそういう想像は本を書く時だけに…」
「確かにこれはビーカーが割れた時に、不自然な砂を見て、めぐらした想像だ。だけどその後、ガラス片は危ないから専用のゴミ捨て場に捨てようと、用具室の方のゴミ捨て場に向かった時、何故か君はついてきた。用具室の扉は厚いから、隣のゴミ捨て場にメイがいることはバレない。けど君は不安だったんだろうね。ずっと大きな声で喋りかけてきた」
「…」
「そして君はメイを殺したいわけではないから。こうして部活終わりに餌をやりにいっている。だから汚れないようにジャージなんだ」
土を掘り返した文樹先輩と春崎先輩のように、汚れると分かっている時はジャージを着る。
翔は歯ぎしりをした。
「翔ちゃんっ!!」
「黒木先輩!?なんでここに…」
黒木先輩が茂みから飛び出してきた。制服は葉っぱと土まみれだ。
「浮かない顔してる可愛い後輩を心配して、つけていっちゃ悪い!?」
「黒木先輩…」
「こんなおせっかいな先輩は嫌い!?」
「僕…」
「オカ研は嫌い!?」
黒木先輩は声がかすれるほどに叫んだ。それは怒りと悲しみと寂しさと慈愛を全て混ぜたような響きを持っていた。
「…僕、自己紹介の時に苗字言わなかったじゃないですか」
「うん。だから翔ちゃんって呼んでた」
「僕、矢野翔っていうんです。矢野光の弟です」
「え…そうなの」
「勉強しかしてなかった兄が、高校生になって突然オカルトにのめりこんだ。原因はオカルト研究部。そこからうちはおかしくなったんだ。兄は成績がガタ落ちして、二年生で受けた模試も酷い結果、お母さんはそれに毎晩怒っていた」
「…。でも…」
「僕はもともとここに来るつもりじゃなかった。もう一段階レベルの低い高校に行くつもりだった。でも焦ったお母さんが許してくれなかった」
「っ!!」
「僕は、この高校三年間をオカ研への嫌がらせに費やそうと思いました」
「光をオカ研に連れ込んだのは私なの。私と同じ、居場所がない人間だと思ったから。今じゃ廊下ですれ違って、手を振っても無視されるけどね。そっか。そうだったんだ。
ごめん、じゃダメだね。私は、どうしたらいい?」
「…僕、楽しかったんです。楽しい瞬間が押し寄せて、何度も揺れ動いたけど、家に帰ると兄とお母さんがいたから。ヤギと骨と砂時計。全てがそろった時、僕は止まれなかった」
「翔ちゃん、オカ研は好き?」
「オカルトは分からないですけど、オカ研は好きです」
賑やかな運動部の掛け声や歓声が聞こえるものの、それらから隔絶された場所。事件の概要は明らかとなった。
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