第2話

星名は彼女に席を勧めた。


「どこから話せばいいんだろう…。あ、えっと。私は日下部くさかべです。二年六組の」


日下部先輩は、ダークブラウンの長めのボブで、少し日に焼けた肌に、丸い大きな目がついている。


「えっと。うん…。二週間ぐらい前、学校からの帰り道で野良ヤギを見つけたの」

「野良ヤギ…」


野良犬ですら見なくなった令和に、野良ヤギ?


「私の通学路にちょっと森になってるところがあるんだけど。そこからヌッって」

「ヌッって…」

「真っ白でめちゃくちゃ可愛くて」

「可愛くて…」

「メイって名付けて」

「メイ…」

「ごめんなさい、やっぱり馬鹿みたいだよね。信じてもらえないよね」

「違います違います!!ちょっと面白くなっちゃって、いや違う興味深い話だなと思って」


文樹先輩は手をバタバタとさせた。


「あと、俺はあなたが噓をついているとは思ってません」


文樹先輩は腐っても部長であることを思い出す。こういうことを言えるのは素直にカッコいい、口には出さないけれど。


「ありがとう。えっと、メイはその日は家に連れて帰って、押し入れでご飯あげたりしてたんだけど、うちアパートだし、無理があるなって思って」


文樹先輩はまた言葉を繰り返そうとして止まった。


「だから学校で飼ってた」

「「「学校で飼ってた」」」


結局最後の言葉は全員が繰り返してしまった。


「学校の方が無理ありません?」


世羅が皆の疑問を口にした。


「え、だって現にばれなかったでしょ?みんな気づかなかったよね?一週間ぐらい飼ってたよ」

「「「一週間」」」


もう光台高等学校は、あの異名を認めるしかないだろう。


「そしてね、昨日いつもの場所。格技場の裏にいったらいなかったの。その後何時間も何時間も探したけど見つからなかった」

「学校の外にまで逃げてしまったという可能性は…?」

「メイは子どもなの。あのフェンスや壁は越えられない」


確かにいくらぼろいとはいえ、外に出られる場所は門以外にないだろう。しかし門には監視カメラが設置されている。というか流石に門からヤギが出てきたら目立つ。

確かにヤギ、メイはいなくなってしまった。と言っていい。


「先生とかに相談すればいいんだろうけど、でもそしたらメイはどうなっちゃうの。森に返されちゃう」


いや、森には返されない。前代未聞の出来事だから予想でしかないが、日下部先輩は停学。メイは保健所に送られて、野良ヤギだったとすらば、いずれは殺処分。

おそらくこういった未来が脳内に駆け巡ったのは私だけではない、日下部先輩以外の全員がそうなのではないか。


「だから、いちかばちかって言ったらあれだけど…文樹くんと木暮くんに頼みに来たの」


日下部先輩はその大きな瞳で二人を見つめた。


「お願いです。メイを見つけるのを手伝ってください」


彼女は机におでこがつくまで頭を下げた。


「顔を上げてください。俺でよかったら、最大限、力を貸します」












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