一章 やぎさんゆうびん

第1話

光台ひかりだい高等学校。横浜市にある県立高等学校。

歴史が古く、校舎はぼろくて、とんでもなく広い。校則はないに等しい。以上のことからついた異名は無法地帯。

私、雲瀬糸くもせいとはそんな無法地帯にこの春から通っている。ただの女子高生だ。


「こんにちは」


特筆すべきことと言えば、文芸部の部員であることぐらいである。


「糸って何月生まれ?」


何年前から洗われていないのか分からないソファーに寝っ転がるのは、文樹あやぎ先輩。部長である。


「一月ですけど。それがどうかしました?」


私は荷物を床の定位置に置きながら答えた。棚は本で埋まっているし、フックなどというこじゃれた代物はここにはない。


「さては糸、山羊座か、水瓶座だねっ!?」


文樹先輩は、身長はそこまでではないが筋肉のある体つきだ。文芸部の中では、だが。そして天パ。書いているジャンルはラブコメ。


「そんな堂々と言われても…。そりゃそうですよ。ちなみに山羊座です」

「それなら今日の運勢はねぇ…」

「星座占いってあれなんか根拠あるんですか?」


私は科学的、悪く言えばロマンのない人間なのでそんなツッコミをせずにはいられない。


「でも私水瓶座の性格結構当たってるよ」


そう言ったのは星名ほしな。いつもネイルが可愛い。書いているのはハイファンタジー。


「世界の十二分の一が星名ちゃんと同じなの?」


星名の言葉につっかかったのは、世羅せら。頭にリボンをつけている。書いているのは不条理ホラー。


「そう言われると微妙だなぁ」

「星座は生まれた時の太陽の方向にある星座があてられているそうだね」


床で体育座りをしながら会話に参加したのは木暮こぐれ先輩。長身で、ひょろひょろ。文樹先輩とは対照的な人だ。書いているのはミステリー。


「そもそも星座ってあれなんなん?全然山羊にも水瓶にも見えなくない?そもそも水瓶ってなんだよ」


星座に文句を言いだしたのは春崎はるさき先輩。目つきは悪いが親切な人だ。この人は部員ではないので、書いている作品というものはない。

このように、文芸部は、何の話をしているのか一瞬で誰も分からなくなってしまう空間である。混沌、カオス、好きな呼び方をしてもらって構わない。

部員は今いるメンバーで、二年生三人、うちの一名居候、一年生三人だ。

活動場所は、素人でさえ違法箇所が散見される部活棟の、二階奥。顧問の布留川ふるかわ先生ですら全く顔を見せない、辺鄙な場所だ。私たち以外に訪ねてくる人などいない。


「文樹くんと木暮くんいますか?」


ひどく困った様子の女子生徒が、文芸部の扉を開いた。彼女は文樹先輩と木暮先輩の姿を確認すると、唾を飲み込んで口を開いた。


「…メイが、いなくなっちゃったんです」


いなくなった。


「えっと…メイって誰?」


文樹先輩が優しく尋ねた。


「私が学校で飼っていたヤギ!!」


外からは賑やかな運動部の掛け声や歓声が聞こえるものの、それらから隔絶された場所。

私たちは事件に出会ってしまった。




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