二足歩行

「もう大丈夫だからさ!泣かないでよ」


 それでも子供のように泣く俺を再びベンチに座らせると彼女は包むような温かい声でこう言った。

「話したくなければ話さなくていいけど、今の渡君には助けが必要だよ」

 俺はもう一度、顔がひどく歪む。

 喋れる状態になるまで時間を要したが、隣で静かに待ってくれた。



「………………例えば、友達と喧嘩したっていう問題があったら、それを解決するための答えは仲直りをする、だろ?」

 ゆっくり話し始める。

「うん、そうだね」

「じゃあさ、大好きなことが一生できないっていう問題を解決するための答えはなんだろう」

「う〜ん」

 彼女は腕を組みながら頭を捻る。

「俺はさ、答えなんてないって気づいちゃったんだよね」

 自分のことを話すには勇気がいるな。一呼吸入れて話を続ける。

「答えのない問題を一生引きずりながら、惨めったらしく生きるくらいなら死んだ方がましだなって俺は思う」

 誰にも言えなかった自分の気持ちを初めて彼女に吐露した。


「なら、新しい問題を作ればいいんじゃない?」

 返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

「渡君が、なんで好きなことを一生できないのか私にはわからないけど、少なくともの好きなことが出来ないわけじゃないでしょ?」

「……うん、そうだけど」

「どうして一つの問題に縛られるの?生きている限り逃げ出したくなるような問題も、舌を噛み切りたくなるような問題も、私達はたくさん解かなきゃいけないと思うよ。でも、それだけじゃないでしょ?それと同じくらいワクワクするような新しい問題だって、私達は作ることができるんだよ」

「……新しい問題を作ることができる」

 高橋蘭の言葉を反芻した。


「そうだよ!例えば……Q,新しいことに挑戦したい!っていう問題を作って、それからA,ギターを始める。とか!」

「なんだそれ」

 俺の笑った顔を見て彼女も一緒に笑う。

「答えのない問題を捨てることが出来なくてもいいの!抱えながらでいいから次のワクワク見つけてみよ!」

 彼女は立ち上がって、潑溂はつらつと言った。


 黒く沈んでいた俺の心に、真っ白な蘭の花が咲き乱れた。



 ────そこからはあっという間だった。

 母とサッカー部の数人を乗せた車が公園にやってきて、俺は強引に車に乗せられた。どうやらみんなで行方を探していたらしい。

 彼女にひとこと言いたかったが、そそくさと公園を出て行ってしまった。あいつ、説明が面倒で逃げたな。しかたない、お礼は明日にしよう。


 揺れる車の中では、気まずい空気が流れていたが、俺は意を決して話し始めた。

 身体の状態のこと。サッカーはもう出来ないこと。それによって自分がしようとしたこと。それでもまた、前を向いて生きたいこと。

 みんな初めこそ戸惑っていたものの、俺を力強く抱きしめてくれた。

 

 枯れるほど、出し尽くしたと思っていたものが、また目の前に溢れ出した。

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