二足歩行

「もう大丈夫だからさ、泣かないでよ」


 それでも子供のように泣く俺を再びベンチに座らせると、彼女は包み込むような温かい声でこう言った。

「話したくなければ話さなくていいけど、今の渡君には助けが必要だよ」

 俺はもう一度、顔がひどく歪む。

 喋れる状態になるまで時間を要したが、隣で静かに待ってくれた。



「……例えばさ、友達と喧嘩したっていう問題があったら、それを解決するためには仲直りをすればいいだろ?」

 ゆっくり話し始める。

「うん、そうだね」

「じゃあさ、大好きなことが一生できないっていう問題はどう解決するんだろう」

「う〜ん」

 彼女は腕を組みながら頭を捻る。


「俺はさ、解決方法なんかないと思うんだ」

 自分のことを話すには勇気がいる。一呼吸入れて話を続けた。

「解決できない問題を一生引きずって、惨めったらしく生きるくらいなら俺は死んだ方が良い」

 この時、誰にも言えなかった気持ちを初めて彼女に吐露した。


「なら、新しい問題を作ればいいんじゃない?」

 返ってきたのは思いもよらない言葉だった。


「生きている限り逃げ出したくなるような問題とか、舌を噛み切りたくなるような問題が沢山あると思うよ。でも、それと同じくらいワクワクする新しい問題だって、私達は作ることができるんだよ」


「……新しい問題を作ることができる?」

 高橋蘭の言葉を反芻した。


「そうだよ!例えば……Q,新しいことに挑戦したい!っていう問題を作って、それからA,ギターを始める。とか!」

 溌剌はつらつと彼女は言った。

「なんだそれ」

 俺の笑った顔を見て一緒に笑う。


「解決できない問題を捨てなくていいの!抱えながらでいいから、ワクワクする新しい問題を作っていこうよ!」

 立ち上がって真っ直ぐ俺を見た。


 その瞬間、黒く沈んでいた俺の心に真っ白な蘭の花が咲き乱れた。



 ────そこからはあっという間だった。

 母とサッカー部の数人を乗せた車が公園にやってきて、俺は強引に車に乗せられた。どうやらみんなで行方を探していたらしい。

 彼女にひとこと言いたかったが、母が車から降りてきた瞬間に私もう帰るね、と小走りで行ってしまった。どうしてここにいるか説明するのが面倒くさいという顔だった。


 俺が乗ったことで缶詰に近い状態になった車の中では、気まずい空気が流れていたが、意を決して話すことにした。

 身体の状態のこと。サッカーはもう出来ないこと。それによって自分がしようとしたこと。それでもまた、前を向いて生きたいこと。

 みんな初めこそ戸惑っていたものの、俺を力強く抱きしめてくれた。

 

 枯れるほど、出し尽くしたと思っていたものが、また目の前に溢れ出した。

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