おしのこのこのこ視聴中

 女の子と並んで、モニターを眺める。

 画面には10代の男の子と、10代の女の子が映っていた。


 言うまでもなく男の子の方が主人公で、女の子の方がヒロインだ。

 多くの人が理解できるアイコンとしてそうなっている。


 このアニメでは、ある高校のクラスに、かわいい女の子が転校してくる。

 女の子はお嬢様育ちで、いわゆる世間知らず。


 男女の恋愛どころか、買い食いの仕方や放課後の遊び方、校則の破り方や遅刻の仕方すら知らなかった。

 男の子はそんな女の子の無垢さにあきれつつ、彼女の無邪気さに惹かれていく。


 そんなある日、女の子は転んで怪我をしかける事態が発生する。


 切っ掛けはなんてことはない。

 休みの日に遊びに出た男の子と女の子。


 男の子が待ち合わせに遅れてしまい、一緒に見に行く予定だった映画にギリギリの時間になってしまった。


 男の子は映画館まで走ろうとしたが、女の子はスカートでの走り方が分からないと戸惑う。

 普段ならかわいらしい純白と笑っていただろうが、今は残念ながら時間がない。


 懇切丁寧にスカートでの走り方を教える暇も惜しみ、男の子は女の子の手を取って走り出す。

 見方によっては青春の一幕のような場面。

 冷静に考えれば、いかにもJK受けしそうな男の子の傲慢な行動。


 案の定女の子はつんのめり、転んでけがしそうになったのだ。


 あわや血を流すところだった女の子を支えて助けたのは、クラスメートの女の子だった。

 クラス委員長を務める彼女は、女の子の幼馴染らしい。


 委員長は女の子にけがを絶対させてはいけないと怒る。

 男の子はその強い物言いにカチンと来つつも、委員長と女の子に謝った。


 しかし委員長は気が収まらなかったのか、「あなたのようなガサツな人に、この子は任せられない。二度と関わらないで」と言い出した。


 男の子は納得できずに抗議をするが、委員長から思わぬ提案をされる。

 女の子と関わらないと約束するなら、自分が男の子の彼女になる、と。


 戸惑う男の子。


 委員長は女の子に負けず劣らず美人だ。

 その上体も女性っぽく、クラスでの人気も高い。

 男の子だって委員長のスカートが捲れた時、家に帰っておかずにしたこともあった。


 一方女の子はかわいいし、世間知らずを自分の色に染める魅力がある。

 ただあまりに無垢であるという値打は、かわいさで覆い隠せなくなった時、無垢であるという煩わしさになる。


 最初の内こそ無知さをかわいいと感じ、色々なことを教えていた。

 しかし走り方すら知らない様に段々と辟易し、よく考えれば青春ではなく介護をしている気分を見つけてしまう。


 だから男の子が委員長の提案を受け入れたのは、急に全裸になったと批判されるものではないだろう。

 委員長と急いで映画を見に行き、年頃の男女のように恋人を実行したのだ。


 この日以来、クラスでも放課後でも、委員長と過ごす時間が増えていった。

 となればもちろんの事、女の子とは普通に話すことすら難しくなってしまう。


 委員長と普通な時間を過ごすにつれ、男の子は女の子を切り捨てたことを後悔し始めた。


 女の子は怒っているんじゃないだろうか?

 女の子は悲しんでるんじゃないだろうか?


 胸の内を委員長に相談する。

 とある放課後の屋上で、真っ赤な夕日に照らされながら、男の子は幼稚な傲慢さを吐露したのだ。


 けれども返ってきたのは、思いもかけない残酷な事実。

 誰より女の子を知っている2人だからこその真実。


 あの子は怒るとか悲しむとか、そんなそんな感情知らないわよ。

 それに気づいてるでしょう?あの子クラス担任と付き合っているわ。


 確かにクラス担任は以前から、女の子が気に入っている様子だった。

 何かにつけて女の子への贔屓が目につくし、理由をつけては女の子に用事を振っていた。


 噂ではわざと2人きりの時間を作り、何も知らない女の子にいろいろなことを教え込んでいるのだとか。


 ドキリと、男の子の心臓が脈打つ。

 後悔のような、興奮のような、義憤に塗れた声が溢れる。


 先生と生徒が付き合うだなんて、そんな非道徳的な事が許されるわけがないじゃないか!


 しかし返ってきたのは、血の通わない死骸の反応。


 道徳とか禁忌とか、教えられてないことをあの子が知るわけないじゃない。

 そして委員長は、蔑むように口をゆがませた。


「あの子…今日一線超えちゃうんじゃない?さっき担任に呼び出されて…今宿直室で2人きりよ?」


 委員長が口にした瞬間、学校を悲鳴が切り裂く。


 悪寒に襲われて男の子は走った。

 悲鳴が上がった…おそらくは宿直室へ一直線に。


「あ…ああ……」


 視界に飛び込んできたのは強烈な汚景。

 血にまみれ、電池が切れたように停止する女の子と、

 頭を叩き潰され、肉の塊となったかつての担任だった。


 彼女を助けない!


 焦燥感を詰め込まれた男の子を止めたのは、委員長だった。

 そして―委員長は口にする。


「女の子を助けたかったら、何もしちゃダメ」

「どういうこと?」

「だって…彼女は人殺しが悪いことだってのは愚か、頭を潰せば人が死ぬことも知らないんだから」


 純粋無垢な彼女のままであれば殺意は認められない。

 殺意のない死は殺人ではなく、ただの事故でしかない。


 だから…女の子に何も教えてはいけないのだと。


 つまりは男の子はただの一呼吸すら発することができず、意思のないガラス玉の瞳で、役目を終えた先のを知らない女の子を眺めるしかなかったのだった。


 その後男の子は、委員長から全てを教えられた。


 17年前、担任はとある女の子に手を出して妊娠させた。

 地元の有力者の息子であった担任は、周りに金を握らせて事実を隠蔽し、女の子も退学させられてしまった。


 両親は堕ろせと迫ったが、女の子はかたくなに殺人を拒んだ。

 その後女の子は双子を産むこととなったが、出産時の出血が原因で母体は命を落としてしまう。


 担任が恨めしいと、呪いの言葉を残して。


 両親は担任への復讐を決意する。

 勿論それは義憤ではなく、女の子への親心だった。


『女の子』自身に復讐を果たさせるために。


 両親は双子の内の片方に、何も教えずに育てた。


 道徳も常識も法律も不文律も人間性も暴力性も排除した。

 中身のない女の子の形をした肉塊を形成したのだ。


 ただ空っぽの女の子には、たった一つの幼稚性が宿っていた。


 傷つけられたら傷つけ返す。

 それは傷つけられるままに死んでいった母親からの置き土産。

 誰にも届かなかった怨嗟の残響。


「後は簡単。担任がする時に、女の子に破膜の痛みが生じる。なにされてるかわからない女の子は、傷つけられた痛みで担任にやり返すってわけ。もちろん加減とか知らないよ」

「……だから女の子がけがしそうになった時、あんなに止めたんだね」

「まぁね。君が『ああなる』所だったよ」

「……委員長が、双子のもう一人なのかい?」


 男の子の問いかけに、女の子はふっと笑った。


「大丈夫だよ。私は女の子とは逆にあらゆる痛みを教えられた。だから今更、泣いたりしないから」


 青い空の下で、そんなラストシーンが展開される。

 耳障りのいい音楽が流れ、声優さんの感情が視聴者に乗り移る。


 それが今見ているアニメの物語だ。

 安易な記号を組み合わせただけの、ありきたりなパズル。


 加えて生徒に手を出す教師、復讐殺人、青春の甘酸っぱい恋という、馬鹿でも議論に参加できる粗雑な視座が用意されている。


 他の小説を書きながら思い浮かんだみたいな物語の形をした文字の集合体。

 見るものが勝手に感動するしかない空っぽの義憤。


 別にこの世の半分の人は平均点に満たないという、ある種残酷かつ耐えがたい当たり前を述べる気はない。


 人は箱の中身が見えないからこそワクワクする…もしくはマスクで顔が隠れているからこそ、相手に心躍ることに等しいか。


 そもそも論として、創作は双方向コミュニケーションではないということだ。

 作品を見て、何かを感じて、明日に活かそうという自己完結。


 程度の低い国語教育のせいで、僕たちは作者が描きたかったことを読み取るのが文学だと勘違いしている。


 つまりはラブレターのように、作者が作品に愛をこめ、その愛を読み取るのコミュニケーションだと思い込むのだ。


 それは決して違う。

 視聴者が作品を見て、視聴者が作品を味わい、視聴者が作品に感想を抱く。

 ただそれだけの閉じたコミュニケーションなのである。


 1人で味わい、1人で完結する。

 だっていうのに作品の先に誰かの意思があり、対話…コミュニケーションの形であると勘違……


「ちょー泣ける!女の子かわいそー!ねぇ!童貞く~ん」

「え…あ…うん……」

「男の子もつっら~!」

「え…あ……」


 クライマックス近くのシーンを眺めていると、隣からコミュニケーションが飛んできた。

 もちろん隣に座る女の子だ。

 涙でびしょびしょになった顔を拭きながら、僕の腕を掴んでぶんぶん振っている。


 視聴途中に話しかけるという発想がなく、洒落た感想も返せず戸惑いを覚える。

 俺が悪いのだろうか?ドキドキしてしまう。


 ピロンッ


「ん?」


『女の子かわいそう』『男の子も辛い』への返答を形作っていると、スマホが通知音を吐き出した。

 反射的に確認すると、弾かれたように立ち上がる。


「ベガちゃんの配信始まる!」

「へ?どうしたん、童貞くん」


 アニメまだ…というか細い声を置き去りに、部屋を出てリビングのPCを立ち上げる。

 ホーム画面が表示されるまでのもどかしい時間を耐え、マウスのクリックを連打。ブラウザを開いて、動画サイトのショートカットに進んだ。


「間に合った…」


 お目当てのチャンネルを開くと、丁度OPが終わって生配信が始まる所だった。


 ベガちゃん。

 僕の推しのVtuberだ。

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