愛は重力

 少し焼き過ぎたお好み焼きと、生焼けの気まずさを胸に押し込む。

 今のが女子との食事イベントだったと思い至ったのは、自分がダダ滑り野郎だという自覚が涙の中に溶け切っただいぶ後だった。


 嘘です。泣いてはないです。

 でも天川さんがゲラじゃなかったら、僕はきっと自壊を選んでいた。


「えっと…おすすめのアニメが『愛んシュタインに恋をして』ってアニメで…」


「なにそれBD?サブスクじゃないん?」


「あ…や…サブスクでもいいけど…ファンとしては…円盤を買いたいかなと…」


「へ~!どれくらいするの?」


「一枚…1万円ぐらい…」


「うっそ!じゃあサブスクでよくない!?」


「えっと…理屈じゃなくて…愛というか…その…」


「愛って、なにそれw」


 晩御飯を食べた後、アニメを見ようという話になった。


 因みに僕の部屋には小さめのテレビが1台置いてあり、他にはベッドと漫画やBDの置かれたカラーボックス、テレビにつながったゲーム機があるのみだ。

 基本的にはオタ活のための部屋。


 そもそも僕は基本的にリビングで活動しており、参考書や勉強道具、PCなどはそっちに備え付けてある。


 でまぁ、おすすめのアニメのBDを用意していたら、天川さんに爆笑されてしまったのだ。


 サブスクでよくない?と。


 いや?まあ?分るよ?


 月500円払えば、数千タイトルのアニメを見ることができる。

 それなのに僕らは1タイトルのBDを揃えるために5万円払っているのだ。


 なんでそんなことするの?なんて聞かれても、うまく説明することなんてできやしない。

 そもそも論理的な行動原理じゃないんだから。


「あははwごめんごめん。でも私愛とか恋とかの恋バナって好き!」


「いや…別に恋バナをしたいわけじゃなくて…」


 天川さんをオタクに優しいギャルにする。それが僕のミッションだ。

 そうすればその…天川さんに…ど…童貞を卒業させてもらえる。


 ミッション達成のための第一歩として、天川さんにアニメを見てもらうことにした。


 端的に言うと『オタクに優しいギャル』は存在しない。

『オタクにも優しいギャル』か『オタクなギャル』の2つが、『オタクに優しいギャル』と誤認されているのだ。


『オタクにも優しいギャル』は言わずもがな。

 陽キャだろうとオタクだろうと、分け隔てなく優しい人。まぁ女神だ。

 人類史に残るほどの人格者か、自己犠牲の破綻者しかありえない。


『オタクなギャル』もまぁそのままな意味だ。

 アニメとか好きなギャル。

 この場合特別誰かに優しいわけじゃないけど、普通にオタクとアニメ談議で盛り上がれるわけだ。


 気が合うオタクとは普通に仲良くできるし、仲がいいなら普通に優しい。

 ただそれだけのメカニズムだ。


 で、非現実的な『オタクにも優しいギャル』を目指しても仕方がないので、天川さんには『オタクなギャル』になってもらおうという訳。


 いや、オタクにまでなってもらう必要はないが、オタクと話して盛り上がれるようになればいい。

 その為にアニメを見てもらおうって話。


 だっていうのに天川さんは、アニメとは関係ないことで目をキラキラさせている。


「童貞くんの思う愛って何か気になる!きっとピュアピュアじゃん?」


「ぴゅ…ピュアって…それよりアニメを」


「ねー!ねー!愛の話し始めたのは童貞くんじゃん!」


 く…!


 ギャルってのはどうしてこんなに他人の哲学感に興味を持つのだろう?

 いや…人に意味を見いだせるのだろうか?


 人はそれぞれのコミュニティで、適度に無関心に過ごすのが一番平和だ。

 そうでなくては争いが起き、不毛に誰もが傷つけあう。


 例えばアイドルが恋愛不祥事を起こしたとして、ファンだけが悲しめばそれでいい。

 けど他のコミュニティから人がなだれ込み、社会通念を説き始めたら戦争になるにきまってるのだ。


 でもギャルの他人への興味のおかげで女の子と話せてるのだから、こっちとしては文句は言えない。


 愛…愛の答えなんて分かりきっている。


「……愛っていうのは重力のことだよ」


「重力?」


「この世界には強い力と弱い力、電磁気力と重力が存在する。その中で重力ってのは圧倒的に弱いんだ。その理由として説明されるのが、ジャンプとかだね。僕たちは地球上でジャンプをすることができる。要するに地球のような大質量なもんから受ける重力を、人間の足の筋力で振り払うことができるんだ。けど本当に重力は弱いのかな?だって星と星を結んでいるのは重力だ。つまりは星と星をつなぎ、銀河を銀河たらしめ、銀河と銀河をむずび付け、宇宙を宇宙として成立させているのは重力だ。まぁダークマターの働きって人もいるけど、そもそもダークマターは解明されていない力なんだからそこにすべて押し付けるのはおかしな話さ。でも重力がそれほど強くないこと自体は間違っていないと思う。だって地球の重力で人間はおろか虫や植物だって潰れないんだから。じゃあそんなに強くて弱い重力ってなんだろう?僕は『離れる力に対する持続的な反発』だと思うんだ。つまりは人間が地球でジャンプする。地球から離れようとする僕たちに対して、地球からの重力が発生する。離れようとする力が強い間は僕たちはちきゅからジャンプで離れ続けるけど、離れようとする力が重力を下回った時に僕たちは元の場所に戻るんだ。もちろんロケットみたいに離れようとする力が重力を上回り続けた場合は、地球から離れて飛び出してしまう。それってさ、愛に似てないかい?恋人が離れていく時、僕たちは『離れないで』と愛を叫ぶ。離れようとする力が愛を下回れば相手は帰ってくるし、離れようとする力の方が上回っていたら相手はどこかに行ってしまう。つまり重力も愛も、離れようとする力に対する反発なんだよ」


 どやぁ…みたいな顔をしていたのかな?

 早口でまくし立ててからハッとした。


 悪い癖だ。つい何かを語ってしまう。


 キャバクラで嫌われる自分語りおじさんみたい。

 相手にとって興味ない話を延々としてしまって、場をしらけさせてしまう。


 きっと天川さんもドン引きして、愛想笑いをしながら僕と距離を取っ……


「へー!すごー!私バカだからよくわかんないけどw」


「へ…?」


 顔を上げるとキラキラ輝く目にのぞき込まれていた。


「それが愛んシュタイン…の話?」


「あ…いや…これは僕が勝手に考えてるだけで……愛んシュタインにインスパイヤはされたけど…これが正しいことを研究したくて…いきたい大学があるんだ…」


「すご!天才じゃん。それでいっつも勉強してるんね」


「いや…その…そんなんじゃなくて…」


「この愛んシュタインって、流行ってんの?」


「……いや…マイナーアニメ…」


 天川さんはそっかー…みたいな顔をしている。

 それはそうか…やっぱり僕は空気を読めてなかった。


 気まずくなって、おすすめアニメを取り下げる。


「あの…愛んシュタインはやめて、『おしのこのこのこ』にしよっか…こっちはこの前流行ってたから」


「あー!それSNSで見たことあるやつ!リーチ高そう」


 棚から『おしのこのこのこ』のBDを取り出すと、天川さんの反応が明らかに違った。

 彼女は熱心にBDのパッケージを撮影し、スマホを操作し始めた。


『今からこの作品みるー!詳しい人いたら語ろー』とか、SNSに投稿してるんだろう。

 安易なフォロワー稼ぎだなとは思うけど、実際フォロワーを増やすのが目的らしいから何とも言えない。


「んじゃ一緒に見よっかー!」


「ぐえ!?」


 首根っこをグイっとつかまれて、ベッドを背もたれにした彼女の横に座らされる。


「あ……」


 そして…目の前で揺れるミニスカート……。

 天川さんは『おしのこのこのこ』のパッケージを開けると、BDをゲーム機に突っ込もうとしていた。


 慣れない操作のせいか、四つん這いでおしりを向けたまま悪戦苦闘しているようだ。


「童貞くん!これってどうやって挿入したら……」


「そ…挿入!?」


「きゃはははwまたパンツ見てたん?私のパンツ愛しすぎじゃない?w」


 振り返った天川さんは、明らかに二ヤついた声。

 僕は僕が恥ずかしいよ……。

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