第2話:こんにちは(クヨーナーラ)★

 オイラの名前はムイ、キジムナーという精霊せいれいだよ。

 七海ななみが0点をとったテストの紙をうめにきた場所は、オイラが住んでいるガジュマルの木の下だった。

 オイラはちょっとイタズラするつもりで、風をおこしてテストの紙をとばしてやったんだ。

 でも、七海をおぼれさせるつもりはなかったよ。


 泳いではいけない場所には、キケンなものがある。

 七海は、急に深くなっているところに行っておぼれてしまった。

 そのままどんどん沖へ流されていったのは、人間たちがリガンリュウって呼ぶ急な流れのせい。

 このままだと死んじゃうって思ったから、オイラはあわてて助けに行った。

 キジムナーは水の上に立つことができて、人を連れて水の上を歩いたり走ったりもできるんだ。


 オイラはおぼれている七海の後ろに回って、背中からうでを回して水の上に引き上げた。

 七海は海水を飲んでしまってゲホゲホむせていたけど、息が止まったりはしてなくてホッとしたよ。

 オイラは七海を助けるために姿を現してしまったので、七海はオイラを見てキジムナーだと気づいた。

 島人しまんちゅなら、赤いかみの毛をしたオイラを見れば、キジムナーだって分かるはず。


 オイラは七海を連れて岸へもどろうとした。

 でも、変な光の円が水の上に現れて、七海とオイラは飲みこまれてしまった。

 七海はその円を「マホウジン」って言ってたな。

 人間たちが見るアニメに出てくるあれか。


 マホウジンにポッカリ開いた穴の中に、オイラたちは引きずりこまれた。

 その穴の中は、どっちを向いても星空が見える不思議な空間になっている。


「すごい、宇宙にいるみたいだ」


 七海は全然こわがってなくて、なんだかワクワクしているみたいだ。

 オイラも、急に連れてこられてビックリはしたけど、こわいとは思わない。


 足元には地面も水面も無くて、星空が見えるだけ。

 オイラたちは星の海の中にうかんでいた。

 2人でキョロキョロと辺りを見回していたら、白い光のうずまきが現れて、中から子供が出てきたぞ。


 きれいな服を着た男の子。

 その顔を見て、オイラも七海もビックリした。


「えっ?! 七海が2人いる?!」


 オイラは思わず声を出してしまったよ。

 だって、その男の子は着ている服がちがうだけで、体つきも顔も七海そっくりなんだ。


「やあこんにちは。あとはまかせたよ」


 七海そっくりの男の子はニッコリ笑ってそう言うと、スーッと消えてしまった。

 おいおい、「まかせたよ」って、オイラたち何をまかされたんだ?


「えっ、なにを?!」


 七海もわけが分からないみたいだ。


 男の子が消えたと思ったら、オイラたちは白い砂の上に出た。

 後ろから、波の音が聞こえる。

 マホウジンに引きこまれたときは海の上だったのに。

 オイラたちは、砂浜すなはまに放り出されて尻もちをついた。


「ここ、どこだ?」


 あたりを見回して、オイラはポカンとした。

 ここ、オイラが知っている砂浜じゃないぞ。


「見て、あっちから走ってくる人たちがいるよ」


 って七海が指さして言うのでそっちを見たら、走ってくる人たちが見えた。

 なんだか、あわてているみたいだな。

 七海を見つけて、急いで走っているみたいだ。


「シロマさま!」

「ご無事でしたか!」


 走ってきたのは大人の人間たちで、七海を「シロマさま」って呼んだ。

 七海はキョトンとしているぞ。


「えっ? どうしてぼくの名前を知っているの?」

「何をおっしゃるんですか。みんな知っていますよ」


 そういえば、オイラが飛ばしたテストの紙には、城間しろま七海ななみって書いてあったっけ。

 七海は、城間という苗字みょうじだな。

 でも、たぶん七海はこの人たちを知らないんだろう。

 なのに、この人たちは七海を知っているみたいだ。

 まさか、オイラみたいに七海のテストの紙を見たわけじゃないよな?


「テストで0点をとったからって、気になさらなくてもよいのですよ」

「えぇっ?! あれを見たの?!」


 そうか見たのか。

 七海は、めちゃくちゃあわてているぞ。


「ぼ、ぼくの黒歴史くろれきし! 返して! 早く封印ふういんしなきゃ!」

「安心してください。わたしが燃やしておきました」

「そ、そう。ありがとう」

「お父上とお母上にはヒミツにしておきますよ」

「う、うん」


 なんでこの人たちは七海がテストの紙をかくしたがっていたのを知ってるんだろう?

 まあ、人間の子供は0点をとるとパパやママにおこられるから、かくしたいのが分かったのかもしれない。


「おや、この服はどうなさったのですか?」

「いつの間にこんな服に着がえたのですか?」

「えっ?」


 そのうち、女の人たちが七海の服を見て不思議そうに聞いてきた。

 七海はまたキョトンとしている。

 着ていたのは、最初からその服だけど。

 そう思ったオイラも、七海も、ハッと気付いた。


 さっき、星空の空間ですれ違った男の子。

 この人たちは、その子と七海をまちがえてるんじゃないか?


「海に入ったのですか? 服がぬれていますよ」

「早く帰って着がえましょう」

「えっと、あの、たぶん人ちがい……」

「さあさあ、急ぎましょう」


 まちがわれてることを言いかけたけど分かってもらえなくて、七海は人々に手を引かれて仕方なく歩き出した。

 後ろからついていくオイラは、七海以外の人には見えていない。

 この人たちは、七海をどこへ連れていくんだろう?

 たぶん、七海そっくりの子の家かな?



※ムイが住むガジュマルの木のイメージ

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093081705487797



【おまけ】

 キジムナーの「ムイ」は、ガジュマルの木の上に住んでいます。

 ふつうの人には見えない、キジムナーの家。

 どんな家なんでしょうね?

 ちなみに、ムイの名前は沖縄の言葉で「森」という意味です。

 

 ガジュマルは沖縄の人々には見なれた木。

 小学校にも植えられていたりしますよ。

 ガジュマルは枝から「気根きこん」という根のようなものをのばして、地面にたらします。

 その気根が地面につくと、それが太く育って木の皮におおわれたみきのようになったりします。

 上の画像の木は、何本もの気根があつまっている姿です。

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