第1章:算数のない世界へ

第1話:気をつけて(キーシキタボーリ)★

 ぼくは城間しろま七海ななみ、小学6年生。

 小学2年生から、ぼくは算数が苦手になった。

 足し算・引き算はできるよ。

 ぼくの敵は【九九】だ。

 ニニンがナントカっていうあれが、ぜんぜん覚えられない。

 物覚えが悪いとか、そういうわけじゃないみたい。

 国語の漢字の読み書きは、すぐに覚えたよ。

 植物や鉱石の名前も、しっかり覚えている。

 ゲームに出てくる魔法まほうやスキルの名前と効果は、全部覚えて説明ウインドウを見なくても分かるくらいだ。

 九九だけがダメ。

 だから、かけ算ができない。

 テストのときは、数字を足し算して答えていたんだけど、学年が上がるとどんどん難しくなっちゃって、今日のテストは0点だった。


 どうしよう。

 もうすぐ夏休みなのに。

 友だちと遊ぶ約束したのに。

 お父さんやお母さんに知られたら、夏休みが勉強まつりになるよ。

 学習塾がくしゅうじゅくに通えって言われるかもしれない。

 そんなのはぜったいイヤだ。

 0点の答案用紙を、家族に見られないようにしよう。

 そういえば、この前読んだマンガに「黒歴史は封印ふういんすべし」って書いてあったな。

 この答案用紙はぼくの黒歴史だ、封印ふういんしなきゃいけない。


 ぼくは家の物置小屋からスコップを持ち出して、自転車に乗って出発した。

 行き先は、泳いじゃダメって言われていて、あんまり人が近寄らない海岸。

 そこなら、砂遊びをする子もいないから、きっと見つからないと思う。


 だれもいない海辺に来たぼくは、辺りを見回して答案用紙をうめる場所を考えた。

 どこにうめようか?

 そうだ、あそこの大きなガジュマルの木の下にしよう。


 ぼくは岩に巻き付くようにはえている木に近づいて、スコップで根もとの砂や土をほった。

 地面がやわらかいから、とてもほりやすい。

 なるべく深くほって、穴の底に答案用紙を置いたとき、だれかに後ろからいきなり声をかけられた。


「はいさーい!」

「うわぁっ?!」


 びっくりして、さけんじゃったよ。

 海水浴できない海辺に、いるのはだれ?!

 あわてていたら、ブワァッと風がふいて、答案用紙が飛ばされてしまった。


 大変だ!

 もしもだれかに見られたら、ぼくの黒歴史がバレちゃう。


 ぼくは声をかけてきただれかより先に拾うため、答案用紙を追いかけた。

 服がぬれてもかまわず海に入っていたら、後ろでだれかがさけんだような気がする。

 何を言ったか聞こえないし、それどころじゃない。

 なかなか答案用紙をつかめなくて、必死で追いかける。

 あとちょっとで追いつけるって思ったとき、急に海が深くなって、ぼくは転んでしまった。


 起き上がれない! 足がつかない! こわい!

 泳ごうとしたけど、上手く泳げない。

 助けてって言おうとしたら、口の中に海水が入ってきた。

 しょっぱい! 息ができない!

 苦しくて頭がぼうっとしてきたとき、だれかがぼくの後ろから手をのばして、水の中から助け出してくれた。

 水を飲んじゃってむせていたら、ぼくの背中をさすってくれている。


 だれ? って聞こうとした。

 けど、ゲホゲホとむせて、しゃべれない。

 やっとしゃべれるようになって、後ろにいる人をふり返って見たら、かみの毛が赤い子供がいる。


「え? キジムナー?」


 キジムナーなら、島ではだれでも知っている。

 人間に似ているけれど、人ではない「精霊せいれい」という生き物だ。

 だけど、見た人はほとんどいない。

 ぼくも見るのは初めてだよ。

 めったに会えないキジムナーが、ぼくを助けてくれたんだ。


「助けてくれたの? ありがとう!」

「お、おぅ」


 感動したぼくがきついたら、キジムナーはちょっと困ったような声を出した。

 あんまりベタベタされるのは、好きじゃないのかな?

 でもその後、キジムナーはぼくの手を引いて立ち上がらせてくれた。

 キジムナーは優しいって聞いたことがあるけど、そのとおりだなって思う。

 立ち上がって足もとを見たぼくは、水面に立っていることに気づいた。

 キジムナーは水の上を歩けるって図書館の本に書いてあるよ。

 その力で、ぼくも水の上にいるんだ。


「よし、とにかく岸にもどるぞ」

「うん」


 キジムナーに手を引かれて海の上を歩き始めたとき、ぼくたちの足元に光るものが現れた。

 光は円をえがいて、そこに知らない文字がいっぱいうかび上がってくる。


「うわっ! なんだこの光!」


 キジムナーもビックリしている。

 キジムナーの力とはちがうみたいだ。

 なにか見えない縄みたいなものが足元からのびてきて、ぼくたちにからみついてくる感じがした。

 足もとにある光の円は、ゲームやアニメに出てくる魔法陣まほうじんに似ている。


「なんかこれ、魔法陣まほうじんみたいだよ?!」


 だからぼくは、そう言った。

 でも、キジムナーの力じゃないなら、だれの力だろう?


 光の円の真ん中に開いた穴に、ぼくとキジムナーは引きずりこまれた。

 これってもしかして、マンガやアニメによくある異世界転移?



※画像:七海が答案用紙をうめに来た場所

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093081705229016



【おまけ】

 離岸流(りがんりゅう)は、海岸から沖へ向かって進む強い流れのこと。

 七海をさらった流れは、珊瑚さんごに囲まれた島のまわりで起きるリーフ・カレント というものです。

 大人でさえも、その流れに逆らって泳ぐのはむずかしく、沖へ流されて遭難そうなんすることがあります。

 もしも流されていると分かったら、流れに対して右か左へ向かえばぬけだせます。


 海はキレイだけど、こわいもの。

「ここで泳いではいけません」と書いてあるビーチでは、海に入らないようにしましょう。

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