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第4話:稲穂頭登場
智子の恋愛事情は話題に事欠くことがなかった。
人目を引くほどの美人で、才もある彼女は大学キャンパスでもかなり目立つ存在であり、彼女にまつわる恋の噂話はあらゆるところから耳にすることができたものだ。
ただし、モテるからと言って本人が尻軽だったというわけではない。恋の噂話と言っても、大概が相手に気があるか、智子に振られたかの話ばかりであった。
私のゼミでも一人彼女に猛アタックを懸けていた男性がいたが、ことごとく彼女に断られ落ち込んでいたようだ。その男性の容姿は人並みほどにはあり、性格も優しくて申し分ない。少しくらい相手してやってもいいのに、なぜ付き合おうとしないのかと智子に訊いたところ、
「タイミングが悪いから」
という一言で一蹴されてしまった。容姿や性格で断られるのならともかく、彼氏を作るのにタイミングも何もないだろう。振られた側にもさすがに同情してしまう。
「そんなに彼氏を選り好みしてたら、そのうち年食って男に相手にされなくなるよ」
「いいじゃん、今は男にそれほど興味がないんだし。いい奴は自分で選びたいし、そのときになったらちゃんと付き合うよ」
なんとも贅沢な話だと、私はため息をついた。
しかし彼女が男とまともに向き合えないのには、それなりの理由があることを私は知っている。
そうだ、今思い出した――大学生のとき、真剣に交際をしていた男を彼女から紹介してもらったことがある。
その男とは高校からの付き合いだという。通学途中の駅の構内で告白してきたとかいうその男は、どこにあるのかも分からないような名前の大学に在籍していた。軽音楽部で、当時流行っていたビジュアル系のバンドを組み、ボーカルを担当していたようである。
髪の毛を逆立て、鎖のようなネックレスを首に幾重にも巻き、破れた洋服を着て街を闊歩するような、いわゆるチャラい系の男だ。名前は確か、安田
「智子……この人は?」
「あ、わたしの彼氏だよ。安田雄介くん。雄ちゃんっていうの。雄ちゃん、わたしの友だちの二宮あおいだよ」
「どーも、ちわーっす! 二宮さん」と、安田は賑やかな声を張り上げた。
「あ、はい。初めまして。安田くん、学部はどこですか」
「大学は別のところにあるんすよー。いわゆるFランってやつですねー。二宮さんのお耳を汚しちゃいますから、名前は伏せておきますねー。二宮さん、今日はおべんきょーっすかー?。」
「はい、大学だから勉強しますよ。安田くんは違うんですか」
「そうっすかー。そうっすよねー。大学は遊ぶところじゃないっすよねー。俺は歌を歌いにガッコ行ってますけどねー。お勉強、大変っすね、頑張ってくださーい!」
「どうもありがとう。ということは、安田くんはここへ歌を歌いに来たの」
「まさか、違いますよー。お金がないんで、コンビニ弁当買えなくって、こっちまで昼飯をいただきにきたんすよ。いやー学食は安くってイイっすね! 最高っす!」と言いながら、安田は親指を立ててこちらに指紋の渦巻きを見せた。
妙に馴れ馴れしい態度をされて呆気にとられたが、それ以上に衝撃だったのは彼の頭だ。見事に金色に逆立っている。春に見ることができた季節外れの黄金の稲穂から、どうしても目を逸らすことができなかった。
「それ、すごい頭ですね」
「いやー頭はそんなに自慢するほど良くないっすよ」
「自慢しなくても、ものすごく目立ってますよ」
「そんなに目立つことしてないんだけどなー。恥ずかしいなー。俺ってほら、ちょっと照れ屋なとこがあるんで」
「そう? そんな風には見えないけど。でも豊潤な秋を連想できて、縁起がいい感じはします。運がよくなりそうというか。目出度くって正月にもいいですよね。ほら、玄関に飾るアレに似ている」
「あざーっす、褒めてもらえて嬉しいっすねー。でも俺って、そんなにいうほど運がよくないんすよ。宝くじなんて当たったことないし。パチンコならたまーに当てますけどねー。車は当てませんよー」
あ、智ちゃんと会えたのはラッキーだったなーと、彼は皺をくしゃりと作って無邪気な笑顔を見せ、最後の最後まで私の真意を理解してくれることはなかった。
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