成野は一人でバスに乗ることを覚えた

 前回、年に一度の祭りが行われる場所から、小三の僕は自分の足で帰ったと書いた。

 これは確か小四以降で、その祭りの日にバスに乗って帰った話である。


「120円で帰れるよ」


 友達からの情報もあれば、過去に誰かと一緒に乗ってその金額で帰った記憶もある。今回は一人だけれど大丈夫だろうと、僕は残した200円を持って出発地で発車時刻まで待機しているバスに乗り込んだ。

 自分の足で帰ることができないわけではないけれど、120円と労力の天秤は120円に傾いた。

 臨時バスもあったのか、出発地にバスが止まっていることが多く乗りやすかったというのもあると思う。


 やがて発車時刻になり、バスは動き出した。


 運んでくれるのは楽だなぁ。


 通ったことがある道でも、バスからの風景はどこか違っているように見える。


 ゆったりと座って、のどかに風景を楽しんでいる僕だったけれど、徐々に雲行きが怪しくなってきていた。

 天気のことではない。状況の雲行きが、だ。


 前方の運賃表示器で、僕が乗った出発地の場所(1か?)の料金が170円になっていたのである。

 自宅の最寄りのバス停まで、もう1kmほどの場所ではあるものの、この事態に僕は焦っていた。


 そんな。120円ではなかったの?

 知らない間に値上げした?

 どうしよう? 次で降りる?


 なんてことを考えていると、運賃表示器の料金が変わる。


 料金は、210円に変わった。


 その瞬間、抱えていた焦りが爆発した。


 うわあああああああああああっっ!


 遂にお金が足りなくなってしまった。

 払わなければいけないお金が払えない。大罪だ。僕の人生は終わった。


 そこまで思ったかは分からないけれど、僕は慌てて立ち上がって運転席へと駆け出した。

※ 当時はあまりうるさくなかったですが、走行中の移動は大変危険です。絶対にしないでください。


「降ります! 降ります!」


 運行中のバスが停留所ではないそこらに止まって降ろしてくれるはずもないのだけれど、運転席へ向かいながら必死になって叫ぶ。

 やがて、運転席まで来た僕は運転手さんに事情を話す。


「あの、お金が足りなくなって。ここで降ろしてください」


 その程度しか言わなかったと思うけれど、運転手さんは察したかのようにこう言った。


「小学生は半分の料金だよ」


 え?


 ……。


 言ったか言わないか。


『じゃあ、大丈夫、です』


 とぼとぼと、お騒がせした張本人は座席へと戻った。失くした焦りの代わりに、とてつもない恥ずかしさを抱えて。


 その後、無事に自宅の最寄りのバス停で僕は降りた。


 自宅まで叫びながら全力疾走したかどうかは、覚えていない。

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