家族の(非)日常
小学三年生のころだっただろうか。
僕は、父と母の買い物に付いていっていた。
買い物の場所は、車で行った方がいい距離(4kmくらい)のスーパー。でも、僕の目的は別にあった。
スーパーの近く(車で)には、ビデオのレンタルショップがあった。地方にできた珍しいレンタルショップで、よくそこでビデオを借りていたものである。一本400円か500円か、今のサブスクでの動画配信を考えると狂気の沙汰のような価格なのだけれど、当時はそんなものだったのだ。街に行けば、もう少し安かったのかもしれない。
そして、そのレンタルショップにはもう一つ、子供のころの僕が喜ぶものがあったのだ。
アーケードゲームである。 ※ ゲームセンターにあるような、お金を入れて遊ぶゲーム。
僕にとってゲームといえば、いつでもどこでもやりたくなるような存在であった。だけど、家でのゲームは三年生になってから倍の時間になったものの一日一時間。やはり、ゲームしたがりの子供からすれば短かった。
しかし、アーケードゲームは時間外、別口とされていたのである。親の知らないところでというだけでなく、親と一緒にどこかに行ったときもこのルールは適用されていた。親からすれば、深く考えてはいなかっただけなのだろうけれど。
僕はこのアーケードゲームが目的だった。
僕は100円だけもらって、親がスーパーで買い物をしている間、レンタルショップのアーケードゲームで遊ぶことになった。
100円で2プレイのゲームは、10分保ったか分からないくらいで終わりを迎えた。家庭用ゲームでも家で一日一時間の子供だ。100円で長く楽しむには技術が足りな過ぎたのだろう。いや、家庭用ゲームを長時間プレイできていたしても、そのジャンルをよくプレイしていなければ同様だったと思うけれど。
まぁ、予想は付いていた。だから、この場合に何をして親を待つかもしっかりと考えていた。
ズラリと棚に並んだビデオのパッケージを見て楽しむというものである。実際に借りて本編を観ることをしなくても、これだけでそれなりには楽しかった。特にドラゴンボールの劇場版のパッケージは、わくわくして気持ちが高揚していたものだ。
どれだけ経っただろうか。さすがに親の迎えが遅いと感じていた。でも、来ないものは仕方がない。
もう飽きていたけれど、ビデオのパッケージをもう一周見て周ったりアーケードゲームのデモ画面を見たりして過ごした。
そうして更に待ったものの、親は来なかった。
こうなってくると、子供ながらに心配して不安がよぎる。
もしかして、事故にでもあったんじゃ。
どうしよう?
家にとりあえず電話、しようにもお金はもう一円も持っていない。
そして、僕はとある行動に出る。
家に帰ってみることにしたのだ。
家に帰れば親が帰っていなくても兄がいるかもしれないし、近所には祖父母も住んでいる。家に帰れば何とかなる。その一心だった。
スーパーに行ってみなかったのかという声がありそうだ。行ったものの親はいなかったかもしれないし、スーパーの場所はよく覚えていなかったとかで行くのを断念したのかもしれない。記憶がしっかりとしていないから申し訳ないけれど、とにかく家に帰ることを選択した。
投げやりというわけではなかった。
この辺りは年に一度の祭りが行われている地域なのだけれど、ある友達の家から友達と一緒に歩いてきたことがあったのだ。その友達の家まで2km、友達の家から自分の家まで2kmといったところ(当時は何kmかなんて知らず、漠然と半分半分の距離くらいと思っていた)だろうか。
自分の家から友達の家ももちろん行き来したことがある。なので、一気に歩いたことがないとはいえ、組み合わせればいいだけだ。問題なく歩いて、いや、走って帰れる。
唯一、心配点があるとすれば。
靴ではなくてサンダルであったことである。
まさか自分の足が移動手段になるとは思いもよらなかったものだから、僕はサンダルで来ていたのだ。でも、靴が瞬間移動してきてくれるわけではない。これで行くしかない。
僕は走った。サンダルのせいか体力のせいか、時折歩いてはいたけれど。
例の友達の家を通過すると、もう余裕を感じていたような気がする。だって、もう友達の家で遊んだ帰りと同じなわけなのだから。
そこから少し行ったところで、父の車らしきものとすれ違った。中の父らしき人物と目が合ったような気もするけれど、そのまま行ってしまった。
いや、あれは父さんだ。
この時点で、最悪なことへの心配は薄れていたと思う。
それでも、走り続けて家に到着した僕は、母に迎えられて大号泣した。
知らなかった。人は安心しても涙を流すのだということを。
いつもの日常がそこにあった安心感は、思いのほか強かった。
その内に父が帰ってきたので、僕は事の顛末を聞いた。
父は母と共に家に帰ってきたのだけれど、家にいない僕のことが気になっていたらしい。
「淳司(僕)、一緒に連れて行かなかったか?」
それに対して、母はこう言ったそうだ。
「遊びにでも行ったんじゃない?」
………。
また、アンタかああああああぁぁぁぁっっ!(違う! そっちじゃない! 参照 ※ 目次でいえば第三話)
それでも、一緒に連れて行ったはずとの思いが拭えない父は、思い出したようにレンタルショップへと向かった。それが、僕とすれ違ったあの時だったわけだ。止まってくれなかったのは、僕と思いつつもまさか自分の足で帰ってくるとは思わなかったらしい。
お金がないなら、事情を話して後で払うからと電話を借りればよかったなどと言われた。考えた気もするけれど、信用してもらえるか分からなかったから実行しなかったように思う。
そして、タクシーで帰ってきてもよかったんだぞと、その場合にかかったであろう千円をくれた。
当時の僕には、結構なお金である。
あの距離を帰ってきただけで千円……。また、置いていってくれないかな。
そう思ったかどうかは、定かではない。
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