先生と女子を敵に回すな
今回は、一人の先生と一人の女子のコンビネーション? にやられた話を書こう。
たまたま先生と女子だっただけで、先生方や女子たちを蔑むものでは決してない。タイトルの主語が大きいように感じたのなら申し訳ない。今回は女子に『和美』という名前を付けたのだけれど、『〇〇先生と和美さんを敵に回すな』ではどうにもしっくりこなかったのだ。
さて、時期は僕が小学三年生か四年生のころだ。担任の先生は、前回のあの先生から変わっていることはあらかじめ伝えておく。
「成野くん、外周の周回表できたんだけど、どうかな?」
学校の休憩時間中、クラスメートの和美さんが僕に聞いてくる。
外周。僕たちの学校では朝に登校した後、朝の会(短学活)まで校舎の外周を走るということをやっていた。自主的な参加で、走る周回数は人によって違う。ぎりぎりに学校に来る生徒なんかは、走りたくても走れないだろう。
朝から走って、いきなり汗をかくなんて馬鹿げている。
大人になったらそんなことを言って、鼻で笑い飛ばすだろうか。でも、この時の僕はそんなことを考えもせずに、割と走っている方だった。
そんな外周だけれど、走った周回数を記録しようという試みがあった。そのための、教室に貼る大きな周回表を僕と和美さんと他数名の生活係が作成していたのである。
もっとも、どういう経緯かは覚えていないけれど、僕は表の物理的な作成からは外れていた。そういうものが苦手であったのは、周知の事実だったのかもしれない。その代わり、表の出来具合などは僕が確認していたようだ。
頭脳専門か。悪くない(違う)。
和美さんから、周回表を見せてもらう。
下部に各クラスメートの名前、左部に五周ごとの周回数表記(5、10、15……)、名前ごとの縦線と一目盛り一周の横線がマジックで書かれている。一周走るごとに丸シールを貼っていくようだ。
「うーん。これは、どうだろう」
「何か、おかしい?」
おかしくはない。ただ、この時の僕は隣のクラスの表を見ていたこともあって、この表の難点に気がついていた。
「一周で、シールを一枚貼っていくんだよね? グラフの周回数の目盛り上限は五十。周回数が多い人はすぐに辿り着いてしまうし、シールの使用量もかなりの枚数になっちゃうよ」
思えば、基準の差異もあったのだろう。一日一周か二周走っている和美さんやその友達と、一日五周走ることもある僕とで。
「隣のクラスは一目盛り五周にして、一周ごとに正の字の一本を引くやり方なんだ。で、正の字が完成したら五周になるからそこでシールを貼る。周回数の目盛り上限も増やせるし、シールも節約できる。うちもそんな感じでいいんじゃないかな」
「そっかぁ。これじゃ駄目かぁ。分かった。作り直すね」
和美さんはそう言って、周回表を手に戻っていった。
これが、後にとある事件を引き起こすことになろうとは、この時の僕は露ほども思っていなかった。
数日後。
何かの授業中だっただろうか。先生が、クラスで頑張っていない人がいるとおかんむりだった。みんなは着席して話を聞いている。
「どうして頑張れないの? 生活係を見習って! 生活係は頑張って、立派な外周の周回表を作っているんだよ。和美さん、あの表を見せてあげて」
和美さんが立ち上がる。何やら顔色が悪いような気もする。
「ないです」
そういえば、僕が出来具合を聞かれる前までは教室の片隅に丸めて立てかけてあったのだけれど、その後は見ていないな。どうしたのだろう?
「ない? どうして?」
先生が威圧するかの如く、大きな声で言う。そして、和美さんはこう言った。
「成野くんに言われて、捨てました」
……。
……。
は?
え?
ちょ、ちょっと待って。僕、捨てろなんて一言も言ってないけど。
「成野くん! どういうこと!」
先生の怒りの矛先は、僕に向けられてしまった。
僕は立ち上がり、先生に説明した。捨てろなんて言っていないことを前提に、表はこうした理由で修正した方がいいのではないかとは言ったと。
そうだ。表の左部の周回数表記、その数字のところに紙でも貼って二十五周ごとの表記にすればよかったではないか。何も捨てることはなかった。
そこまでは言わなかったと思うけれど、修正した方がいい理由はしっかりと説明できたはずだった。はずだったのだが。
「はぁ? 何を言っているのか分からない」
先生には伝わらなかった。
しかしながら、理屈をこねたのが効いたのか、激しく怒られることはなくうやむやになった。
その授業が終わった後の休憩時間、一人の友達が僕の所に来てくれた。
「俺は、成野の言っていたことが分かったよ。こういうことだろ」
友達には伝わっていた。
思う。先生は、最初から理解する気がなかったのではないかと。
僕をきっかけにして、周回表は捨てられた。先生にとっては、その部分が重要であったのかもしれない。そう、理由なんてどうでもよくて。
なんにしても、和美さんと先生のナイスコンボだった。
この事件を境に、僕は和美さんと先生との仲が険悪になった。
……なんてことはなくて。
和美さんとはこのことで改めて話をしたわけではなかったけれど、お互いによくないところがあったと思っていたからであろうか。
僕は説明不足。修正の方法まですぐに考えて伝えられなかったこと。
和美さんは捨てるという極端な行動を取ってしまったことや、先生への発言を気にしていたのかもしれない。もっとも、先生への発言は「成野くんに(難点を)言われて、(作り直そうと思って)捨てました」で、言葉足らずなだけだったはずで嘘は言っていない。そう考えると、わざとではないと思うけれど、やるな、和美さん。
先生は教師であり大人であったということだろうか。こちらもこちらで特に引きずらなかった。
引きずらなかった……はずなのだ。
この件の前も後も、いい先生であった。関係性も良好だったと思う。ただ、この件の後で一度気になることはあった。
先生とクラスメート数名に、手品を披露していることがあった。
クーピーペンシルだったと思うけれど、相手側が手品をする側に見えないように封筒に入れたクーピーの色を、封筒の中を見ずに当てるというものだった。
タネは簡単で、封筒に入っていて見えないのを更に「念を入れて後ろ手にして持ちます」なんて言ってその通りにする。そして、相手に見えない後ろで密かに封筒からクーピーの先を出し、手の指に擦り付ける。後は「分かりました」とでも言って擦り付けた手を前に出し、その指を軽く見て当てるというものだ。
後ろ手にしたところで、先生は言った。
「後ろはどうなってるの? 後ろを見せてよ」
……。
生徒はともかく、先生が言うかぁ、それを。
「あ、いや、それはちょっと」
戸惑って挙動不審になり、恥ずかしい思いをした。
あのころ、僕はお楽しみ会か何かの企画で「手品大会をしませんか?」なんて言っており、「できない人もいる」なんて意見に対しても「僕が教えます」などとも言っていた。手品の披露はそのデモンストレーションだった。
乗り気でない人たちがいる中でのゴリ押し。それも問題であったかもしれないし、決行されれば『今のあなたみたいなことになって、嫌な思いをする人もいるかもしれない』との先生からのメッセージだったのかもしれない。
いや、だとしても口でそう注意してくれればよくない?
結局、手品大会は採用されなかった。それはいい。
僕が手品を披露した時の先生の言動は、あの件が関係していたのではないか。あの件で僕に嫌悪感を持って……。
少しだけでも、そう考えてしまうような出来事であった。
後日談が蛇足のようになってしまった気がするけれど、
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