第33話 王の虫

「失礼します」


 通信指令本部の奪還を早々に済ませたあと、進藤才と篠原侑里は警視総監室へと入室した。


「才か……どうした?」


 警視総監――進藤始は窓辺に立ち、日が暮れ真っ赤に染まった皇居を眺めていた。

 才は冷静な目つきで進藤始を見ると、


「お聞きしたいことがあります」


 始はゆっくりと振り返り才たちを見た。

 隣で緊張して顔が強張る侑里のゴクリと唾を呑んだ音が聞こえた。

 当然、才も内心は緊張し背中も冷や汗で濡れているが、それを悟られないように毅然とした態度を取るように努める。


 そんな二人の気持ちを知ってか知らずか、始は真剣な面持ちで低く言葉を発する。


「さっきの放送を聞いた。

 灰枝色が乗り込んできたんだろ?

 応戦しなくていいのか?」


「あとで行きます。が、その前に確認したいことが」


 始は才を黙って見据える。才はふぅーと息を吐き、ゆっくりと口を開くと、


「灰枝色が宣言した選定の日。

 その日のお父様のご予定をお聞かせください」


 訝しげな表情をする始。

 隣にいる侑里も目を丸くして才を見つめた。

 だが、才の顔は真剣そのもの。

 この質問の答え次第で今後の義父の向き合い方が変わってくる。


 どうか私の勘違いであってほしい。

 才は静かに祈りながら始の回答を待ったが、


「そうか。そうか。気付いてしまったか。

 やはり才は察しが良い……」


 口角が歪むのと同時に始は片手で口を抑える。

 その顔、表情を見て、疑惑は確信に変わり、才の顔は青ざめた。


 それはもう明らかで、義父が才たちの敵であることを示していた。


「どうして気付いた?」


「……違和感があったのは新くんが来た時から。

 お父様はやたら灰枝色……それに新くんも駆除したがっていた。

 それに防犯カメラの映像です」


 警視庁内の防犯カメラの映像を見て違和感は疑惑へと変わった。


「色が弄った形跡のある映像には灰枝色はおろか私の家族すら映っていませんでした。

 兄さんはもちろんお父様。あなたもです。

 なぜ映っていないのか。

 そう疑問を持った瞬間、私の欲の虫は自動で収集してしまいます。

 弄る前の映像。弄った後の映像。

 全てを集め脳内再生し、お父様の顔を検索してしまいます。

 ですが、どこにもいなかった。

 お父様は過去の映像どれを見てもいない。

 映像上、どこにもいない透明人間だった。だから――」


「だから私が何かしらアークに関わっていると考えた」


 始の言葉に才は頷いた。


「なるほどな。疑惑だけだったか……それなら知らぬ存ぜぬで通せばよかった。

 私も焼きが回った。

 いや、襲撃で焦っていたというべきかな」


 始はそう言うと、黒い眼光で才と侑里を睨んだ。


「! 侑里! 伏せ――」


 だが遅かった。侑里の身体は金縛りにあったかのように動かなくなる。

 才は軽く舌打ちをすると、胸元から拳銃を取り出し義父へと向けようとした。


「『トレ』」


 だが、始が叫ぶと侑里が急に動き出し、才の拳銃を握る。

 仲間にそれをされてはむやみに撃てない。

 思わずトリガーから指を離すと、すかさず侑里に拳銃を奪われた。

 そのまま素早い動きでうつ伏せに倒され、腕を後ろに回され掴まれる。

 身動きが取れない。


 更にゴリッと音がすると同時に銃口が頭に向けられ、抵抗も止めざるを得なかった。


「あぁ……まさか……」


 本当に当たってしまうとは。才は悔しそうに顔を顰めると、床に伏せた。


「まぁ大方正解だよ。才」


 そうしていると、始がゆっくりとした足取りで近づいてくることがわかった。


「お前の推測通り。私は支配欲の虫――『王の虫』摂取者」


 才の目の前で足を止めると、見下すように彼女を見て、


「そしてアークのナンバー1。つまりは私がボスなんだ」


 才にとっての最悪を自ら吐露した。才は青ざめた顔で進藤始を見上げると、


「お父様が……ボス……?」


「おや? てっきりそこまで推測しているかと思ったが。また勘違いしてしまったようだな」


「どうして……お父様が……?」


 震える声でそう尋ねる。

 アークに関わっているのだろうとは予想していた。

 摂取者にもなっているかもしれない。

 だけどそれはおそらく最近の話で、まだ入ったばかりだろう、と。

 他の政治家や警察官と同じようにアークのシンパとして加入しているだけだ、とより楽観的に考えていた。

 そう思っていたのに、義父は仲間どころか黒幕だなんて。

 才の動揺は計り知れない。


「なんで、だと? そんなの決まっている。

 この国を……世界を手に入れるためさ」


 そんな中、始は目を細め笑った。


「我が国では今、数々の問題を抱えている。

 少子化、経済低迷、高齢化。

 それらに伴い、年々治安も悪くなってきた。

 何が原因でそうなったかわかっているか?」


 始は両手を広げ演説するように続ける。


「優秀なリーダーがいないからだ。

 どんな時代でも、国家というものは優秀な指導者がいることで成り立っている。

 だが、今の日本を見てみろ。

 政治家どもは汚職や失言を繰り返し、強い国の言いなり」


 コツコツと靴を鳴らしゆっくりと室内にある自分の机に向かう。


「警察だってそうだ。犯罪率は上昇し、国民の安全を守っていない。

 そして国民はそれを諦め受け入れ始めている。

 これじゃあいつまで経っても解決なんてありえない」


 机の引き出しから拳銃を取り出すと、才のほうへ。


「だから私は考えた。6年前。

 私が強い国を作ろう、と。

 そのためにはどうすればいいか。考えたんだ。国とは何か、わかるか? 才」


 カチャ、と始は引き金を引いた。


「人だよ! 人がいて国が出来上がる。

 ならば強い国にするにはどうするか。当然強い人が必要だ!」


「――だから人を進化させると?」


「その通り! 『欲の虫』による人類の進化!

 核に匹敵するほどの生物兵器!

 ひとりひとりが抑止力になる!

 それこそが国を強固にする」


「でもそれじゃ犠牲者も多く出る!」


「無論そのとおり。強い国作りのための尊い犠牲だ。そのための選別!

 選ばれし進化した人類だけがこの日本という方舟に乗ることが許される!

 それによって一時、人口が少なくなってもなぁに問題ない。

 選ばれた人類がより強い人類を作ってくれるはずさ」


「狂っている」


「狂気がないとこんなことはできやしない。

 才を保護したのも『欲の虫』の研究のため。

 案の定。お前は欲の虫の制御方法――調整チューニングを発見してくれた。

 私も王の虫を上手く制御できるようになったよ。

 さすが自慢の娘だ」


 その言葉に才は顔を顰める。


「そして灰枝家も、な」


 始のその言葉に才は目を丸くする。

 その表情に満足したように進藤始は一層不気味な表情でほくそ笑んだ。


「灰枝家一家心中事件を引き起こしたのは私だよ。

 灰枝茂に作らせた『王の虫』の実証試験も兼ねたデモンストレーション。

 茂は資金繰りに困っていたからな。

 金をちらつかせ『王の虫』を作らせた。

 結果は見事成功。

 未熟で使いこなせていなかったのか、幸運なことに摂取者である灰枝色も支配でき、私の計画に勘づいていた灰枝林治も殺すことができた」


「なぜそのことを今更、私に話すんですか?」


「もう仕方がないからさ。

 選別前に色を処分するため灰枝新を拉致し、おびき寄せることには成功したが警視庁我が砦は想定以上にめちゃくちゃ。

 その上、才にバレてしまっては計画は頓挫。

 あと数日で実行に移せたが、もう難しいだろう。

 諦めたわけではないが、ほとぼりが冷めるまで私は地下に潜ろう……だがその前に知ってしまった者を処分しなくては、な」


 進藤始は銃口を才に向けた。


「生憎『王の虫』とはいえ、熟練の摂取者を操るのは苦労する。

 普通の人間なら支配し肉盾に使えるが、才。

 君には眠ってもらうよ。永久に、な」


 向けられた銃口の先で義父が今まで見たことのないような気味の悪い笑みを浮かべていた。


「自慢の娘だったよ……失くすのは惜しいが、仕方がない」


 始はトリガーに手を掛け――、


「また会おう……地獄でな」


「――それはこっちのセリフだよ」


 だが、そう言う声が聞こえたかと思うと短く発砲音が鳴った。


「――チッ……」


 その発砲を始は間一髪のところで避けるが頬が切れる。その血を拭い、才の後ろを睨んだ。


「もう来たのか」


 その光景を理解するのに時間が掛かった。

 ようやく何が起こったか把握すると、才は恐る恐る後ろを向くと、


「やっと会えたね……ボス」


 そこには、紅潮した頬で嬉しそうに口角を歪ませる灰枝色と目が虚のまま煙の出た拳銃を握る進藤警がいた。

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