第32話 警視庁襲撃テロ事件
休憩を早々に終わらせて、才と侑里は急いで特異伍課の扉を開けた。
仮眠を取ると言った矢先に血相を変えて戻ってきた二人を見て、部屋にいた捜査員たちはいったいどうしたと呆然と立ち尽くしていた。
だが、才は気にせずにずんずんと部屋の奥にあるモニター前へと進み叫ぶ。
「進藤警の位置情報をモニターに!」
すると侑里がパソコンを操作しモニターに地図を表示した。
映像を見ようとぞろぞろと公安捜査員たちがモニターに集まってくる。
モニターには霞が関を中心としたここら一帯の地図が表示され、端末の位置を示す赤い丸が警視庁で点灯していた。
「警視庁を拡大します!」
侑里がそう叫び、地図はどんどん自分達がいる施設にクローズアップしていく。
すると、赤い丸は微かに建物内を動いているように見えた。
それが意味するものを瞬時に理解し捜査員全員が目を丸くした。
『この中のどこかに進藤警がいる』
2次元化された位置情報では警視庁の何階にいるかはわからない。
だが、動いているというのがわかる。
てっきり警の端末はもう破壊されているのかと思っていた。
「まさに灯台下暗しね。まさか端末が生きていたとは」
「だけど才ちゃん。もしかしたら電源オフで位置を特定できないと思ったんじゃ?」
特異伍課の端末は特別製。
電源を切ったとしても位置を追跡できる。
灰枝色はそれを知らずに電源オフにするだけで大丈夫だと考えたのでは、と侑里を聞いたのだ。
だが才は首を振る。
「そうするくらいなら破壊するか捨てた方が良い。
色はそんなに愚かじゃない。
一度目の時は反応がなかった。
おそらくアルミ製の箱に入れて電波を遮断していたんだわ」
そう。灰枝色はバカじゃない。
だからこそ意図がわからない。
なぜ破壊せずに端末を所持したままだったのか。
それに位置情報を知らせた上に警視庁内を動き回っている。
しかも怪しまれないように。
警視庁内に不審者が現れたという情報もない。
「いったいどうして……?」
と考えた矢先、頭がズキッと痛む。
(しまった……)
『本の虫』が情報を自動で収集し始めてしまった。
だが、答えの出ない疑問を抱いたが故に情報を集めても満たされることはない。
だから情報収集が止まらず、脳に負荷が掛かる。
解決するにはひとつしかない。
洪水のように押し寄せる情報の波を、目を瞑り分析する。
答え、ないしヒントになるような情報が見つかりさえすれば、本の虫は満足する。
パソコンの画面にウィンドウが数々と表示されるように目まぐるしく脳内に駆け巡る。
それを一個一個丁寧にかつ迅速に処理していくと、求めていた人の顔が見えた気がしてハッとする。
「……警視庁のロビー付近にある防犯カメラ!
一時間前の映像を映して!」
すぐにモニターに映像が映される。
警視庁内には数えきれないほどカメラがある。
その中でロビーが映し出されているカメラの映像が表示された。
その映像にやがて捜査員たちが騒めいた。
映し出された映像にはいるはずのない人物の影。
笑顔でカメラに向かって手を振る『色の虫』摂取者――灰枝色と目を虚ろにさせている進藤警の姿が映し出されていた。
「行くぞ!」
捜査員の一人がそう叫ぶと、彼を含めて3人が特異伍課を飛び出していった。
「灰枝色は今どこにいる!?」
他の刑事がそう叫ぶ。
だが現在の映像を全て映しても灰枝色は影すら見当たらない。
「ダメです!
1時間前から現在までロビーの映像を見ましたが、灰枝色は突如として映像から消えています!」
侑里が説明した通り、色は手を振った後、少ししてエレベータホールに向かった。
だが、エレベータホールの防犯カメラには一切、色たちの姿が見当たらない。
それどころか、全てのカメラの映像を観ても、灰枝色はもちろん才の家族ですら写っていなかった。
いったいどういうマジックを使ったのか。
どこかに潜んだのか。
それとも防犯カメラの死角に隠れて移動しているのか。
それに義兄の方も気掛かりだ。
おそらく警視庁に潜入するために警も一緒に連れてきたようだ。
警視庁の刑事さえいれば、色は連行された容疑者、もしくは補導された青少年という名目で何の疑いもなく警視庁に入れる。
不審者の報告がなかったのはそのためか。
その名目であっても警がまだ生きていることには安心した。
だが相手は『色の虫』摂取者だ。
何をされているのか、わかったものじゃない。
何のつもりなのかはわからないしどこにいるのかまだ掴めてはいない。
だが、この場に色と警がいるのは千載一遇のチャンス。
「まさに飛んで火にいるなんとやらね」
才は静かに口角を上げた。
だが、侑里が顔を真っ青にして息を呑む音が聞こえた。
「大変です! 防犯カメラの映像が細工されています!
映像を全て洗ったところ、1時間に1回ロビーで手を振る灰枝色が映るように映像がループされています!」
正しい映像に切り替えます、と侑里は素早くパソコンを操作する。
切り替えられた映像を見て、捜査員の誰かが小さな悲鳴を上げた。
ロビーの映像は、さっきまでは何事もなく警視庁の刑事や事務員たちが歩いている姿だけだったのに、切り替わった後の映像は違う。
全員が全員、紅潮させた笑みを見せ身体を捩りながら床に突っ伏していた。
そんな中、ガスマスクを被り多種多様の洋服を着た男女数人が銃や刃物を持ち、エレベータホールに向かって堂々と歩いていた。
灰枝色の仲間――つまりアークの奴らが警視庁に乗り込んできたのだ。
「あと数日じゃないのか……」
誰かがそうぼやくのもわかる。
だが、起きてしまったのは仕方がない。
現実を受け止めるほかない。
今はこの警視庁襲撃を如何に対処するか、の方が大切だ。
「あ……!」
エレベータホールにあるカメラの映像を見て、誰かが叫んだ。
一基のエレベータの扉がゆっくり開き、さっき飛び出していった公安捜査員が出てきた。
――バン!
虚しく銃声が鳴り響いたような気がした。
映像からは音は聞こえない。
公安捜査員が出てきた瞬間、灰枝色の仲間が銃を構え3人を射殺したのだ。
才は悔しそうに舌打ちをすると叫ぶ。
「ここにいる全捜査員に告ぐ!
警視庁にテロ組織と思われる集団が襲撃!
全員、拳銃を携帯しすぐさま制圧開始。
インフラは全て灰枝色に乗っ取られたと考えなさい!
それに組織のスパイがいることも考慮し、単独行動は慎むように!」
それを聞くと公安の全捜査員は怒号を上げ、すぐに公安特異伍課を飛び出していく。
「侑里は私と来て!」
才も侑里と共に公安特異伍課を出る。
「どこへ行くんですか?」
才も侑里も拳銃を取り出し、周囲を警戒しながらも足早に通信指令本部を目指す。
「まずは通信指令本部!
警視庁内が大騒ぎ状態なのに、放送が全くない!
おそらくそこも占拠されているはず。
まずはそこを奪還する!」
「はい。でも『まずは』ですか? その次は?」
侑里がそう疑問を口にすると、才は冷や汗を垂らし強張った表情で叫んだ。
「お父様――
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