第30話 進藤才の憂鬱2
灰枝新が失踪してどれくらいが経過しただろう。
「ダメです……見つかりません」
数少ない捜査員による報告を聞いて進藤才はため息を吐いた。
才は肘をつき手を額に当てる。
その後ろから篠原侑里が心配そうな顔をして、才の肩に触れた。
「才ちゃん。根詰めすぎですよ。
少し休暇を取った方が……」
「いえ。そんな暇はないわ。
もう数日しかない。
せめて新くんは見つけないと……」
公安特異伍課は現在、多忙を極めている。
灰枝色による潜入捜査官の大量虐殺に進藤警の拉致。
そのせいで戦力も捜査能力も低下した。
色の言う『選別』までも残り数日もない。
その場所も未だ突き止められていない。
やらねばならないことが大量にあるのにそんな時、灰枝新も失踪した。
こんなにも同時多発的に色々起きるのは、公安特異伍課に所属して初めてだ。
捜査員の誰もがろくに寝ておらず、捜査に全力を上げている。
更に人手が圧倒的に足らないということで他の部署にも応援を頼んだのだが、彼らの中に組織の工作員がいるから信用もなかなか難しい。
一緒に行動するとしても神経をとがらせているから、疲れもなかなか取れなかった。
そしてそれは才も例外ではない。
「もう一度、新くんの足取りを調べてみる」
目を閉じて『本の虫』の能力でネットワークに接続する。
警視庁が設置したものに限らず民間の警備会社にもハックして防犯カメラの映像を全て見る。
その数は東京だけでも数えきれず、それを逐一頭の中で処理していく。
その情報量は甚大で一瞬で頭が破裂しそうだ。
(…………やっぱりコンビニか)
それでも新が最後に映っていたのはコンビニの店内映像のみ。
マスクを付けてはいるが、緊張した面持ちでおにぎりを買っているのがわかった。
そこから周囲の映像をピックアップし、彼が映っていないか確認しようとするが、頭が急にズキッと痛み出した。
じんじんと脳内の血管が脈動し、耳鳴りさえも聞こえてきた。
「ちょっと……才ちゃん! 鼻血!」
そう言われてようやく自分の鼻から緋色の液体が垂れているのに気が付いた。
侑里は焦ったように側にあったティッシュを掴むと、才の鼻にティッシュを押し付ける。
「あ、ありがとう」
「もう……やっぱり休みましょう?」
「で、でも……」
せめて新の足取りだけは掴みたい。
十中八九、彼はアークに捕まった。
彼を見つけることができれば、戦力が戻ってくるどころか組織の計画も阻止できるかもしれない。
「でも、じゃないです!」
そんな才に侑里は顔を近づける。
眉を顰めて才を睨みつけていた。
「才ちゃんまで倒れたらここは壊滅します。
ただでさえ低い捜査能力が皆無になってしまいますよ。
それこそ奴らの思うつぼですから。
才ちゃんに頼りっきりなのが悪いですけど。
ここは残った私達に任せて少し寝てください!
拒否権はありません!」
侑里に気圧されて、才は仰け反るが、確かに彼女の言うことも一理ある。
「じ、じゃあ……少し仮眠室に行ってくるわね……」
「はい! こちらはお任せを。
何かあったら伝えますね」
侑里はドンと胸を叩き才にそう言う。
こんな時でも明るい表情を見せる侑里に正直、救われる。
才はホッと息を吐き立ち上がると、ゆっくりとした足取りで仮眠室に向かった。
★★★
「……あぁ……」
仮眠室に着くと、才は倒れるようにベッドに横たわった。
「結構ヤバいかも」
思ったよりもベッドで横になるのが心地よい。
一瞬で身体が溶ける感覚。
泥になり全ての疲れが布団に染み出していくような気がした。
侑里がこん詰めすぎだと言った意味がわかった。
(最近まともに寝たのいつだろう?)
灰枝色と邂逅してから1週間以上。
度重なる事件と事務処理、それに新と義兄の捜査で脳を酷使しすぎたみたいだ。
目を瞑れば一気に意識が飛ぶ気がする。
灰枝新をまず探すことは才が強引に推し進めた。
もはや十数人しかいない公安特異伍課の仲間は――特に侑里は、
「警さんの方はいいんですか?」
と不安そうな顔をしていたが、才は首を縦には振らなかった。
使えるリソースには限りがある。
進藤警の端末も反応を示さなかった。
それに新を捜す方が、他の部署の捜査員も動かしやすい。
保護した未成年男子の失踪として名目が立ち、詮索をされても言葉を濁せるからだ。
確かに進藤警を奪還すれば、特異伍課の士気は一気に上がる。
(いいえ……それだけじゃない)
本音を言えば、才自身も兄が早く戻ってきてほしい。
何故なら、彼がいるからこそ才はこの地獄のような世界で生き残れたのだから。
進藤才にとって進藤警は愛すべき家族であると同時に命の恩人だ。
そして灰枝色は憎むべき――愛する姉だった。
才が進藤家にやってきたのは6年前。
当時、警視庁捜査一課の刑事だった進藤警に保護されたのがきっかけだった。
それまでの才は親に捨てられた孤児だった。
保護されるまでの記憶は鮮明に残っている。
外の光も入らない程の地下施設。
病院の患者が着るような衣服を着せられて、自分くらいある熊のぬいぐるみがお気に入りだった。
ここに連れてきた男――今思うと灰枝茂だが――は才には多く求めず、
『毎日の採血とお薬、それと外に出なければ、後は何をしていても良い』
と言った。
清潔感もあり布団も暖かく自由で3食お菓子付き。
親のぬくもりはなかったが、才はこの環境に一定の満足感を得ていた。
ただ――、
『ねぇ……才。今日は何しているの?』
色の声が蘇る。
まだ小さかった自分に目線を合わせ笑いかけるお姉さん。
今考えれば、この前と全く同じ高校の制服。
変わらない容姿だった。
可愛らしく愛嬌があり。
見れば一瞬で目が離せなくなるほど魅力的。
だから、
『私にも同じくらいの年の弟がいてさ……ってありゃ……また逃げちゃった……』
小さな部屋の中で彼女から逃げるように距離を取った。
彼女と仲良くなると自分がダメになりそうだから。
自分で建てたブロックの城に陣取り、熊のぬいぐるみを門番にして色を拒んだ。
彼女はそんな才が出てくるのを微笑みながら待つが、数分もすると、
『仕方がないな。またね』
と肩を落としてため息を吐き、部屋から出ていく。
けれど数日後にはまた現れて才は色の魅了から逃げる日々を送っていた。
そんなある日のことだった。
いつものように薬を飲むと、なんだか身体がおかしい。
身体が熱いし、吐き気もする。
胃の中が蹂躙され、血反吐を吐く。
それだけじゃなく身体全体で何かが蠢き、
(イタイイタイイタイイタイ……!)
全身が悲鳴を上げその場に倒れた。
何かが登っていくような感覚。
やがてソレが脳に辿り着くと割れるような頭痛がした。
悲鳴すら上げられず苦痛で思わず頭を抱えた。
『今の気持ちは……?』
そんな時、灰枝茂が目の前に立ちそう聞いた。
なんでそんなことを聞いているのか、と思った。
見たらわかるだろう。
この様を見て何も思わないはずはない。
自分でこの薬を渡したくせに。
この人は人の気持ちがわからないのか?
いいよ。なら教えてあげる。自分が今、どんな気持ちなのか。
どんなひどいことをしたんだってわからせてあげる。
『し……知りたい……!』
言おうとした言葉じゃなくて驚いた。
だがその気持ちも本当だった。
いや、むしろその気持ちの方が増幅する。
『どうして私は生きているの? どうして私は生まれてきたの? どうして空気があるの?』
才の頭の中ではその欲が増幅する。
『ねぇどうして? ……どうして……知りたい知りたい知りたい……シリタイ……!!』
それを聞いた瞬間、灰枝茂は嬉しそうに笑った。
『成功だ! 再現性を確認できた!』
成功。つまりは才のこの状態こそが、才のこの気持ちこそが灰枝茂が欲していたもの。
人造寄生虫が完成した瞬間だった。
『これで光明が見えたぞ。あいつを助けられる! ――色!』
その後しばらくして、灰枝茂と灰枝色は行方を晦ました。
知識欲が暴走した才をこの場所に放っておいて。
それから警が才を発見したのは、1ヶ月あとのことだった。
部屋にあった大量の本を狂ったように読み漁り暴走状態だった。
身体はゲッソリとし涙を大量に流していたが、本から目を離さず満たされたように口角を上げていた。
そんな才を泣きそうな顔で警は抱きしめた。
才は進藤家に養子として引き取られ、進藤警は才の義兄となった。
警察が人造寄生虫『欲の虫』の存在を知ったのもこの時だった。
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