第27話 進藤才の憂鬱

「そうか。警が攫われたか」


 警視総監室にある高級そうな椅子に座り、つまらなさそうに資料を読んでいる男がいた。


 進藤始しんどうはじめ。警視総監であり、進藤警の実の親である。


 七三分けにした髪型は白髪混じりで、顔にも皺が刻まれている。

 事務仕事が多くなったのか衰えを見せている身体だが、それでも昔は鍛えていたのだろうことがスーツの上からでもわかる。

 数々の修羅場を潜り抜けてきたことが全身に現れていた。


「はい」


 その男の前で才は直立しはっきりとした口調で頷いた。


「元々兄さんは色に魅了されていたようです。

 公安特異伍課の情報もアークに筒抜けでした」


「そのようだな。ほとんど殺されたそうじゃないか」


「潜入していた捜査員はほとんど。

 生き残ったのは非番だった捜査員。

 灰枝色と対峙した私たち。

 そして潜入していたものの運良く免れた捜査員のわずか十数名です」


「運良くか……ふん」


 進藤始はそう鼻で笑うと資料を机に放る。

 そこには『死亡者一覧』という文字が記載されていた。

 その様子に才は眉を顰めると、


「何かお気づきでも?」


 と聞くが始はゆっくりと首を振る。


「いや? それより灰枝色の居場所はわかったのか?」


 その質問に今度は才の方が首を振った。


「いいえ。現在鋭意捜査中です。

 もちろん兄さん……進藤警の行方も同時に捜査しています。

 ですが端末が破壊されたのか、位置情報の反応がなくこちらも難航しそう――」


「あぁ。警のことはいい」


 実の息子に対するそのぞんざいな反応に、才は自身の思考が一瞬硬直したのがわかった。

 だが、始は意に返さずはっきりと口にする。


「警のことは一旦忘れろ」


「……何故ですか?」


「あいつが籠絡されたのはあいつの落ち度。

 その尻ぬぐいを我々がする必要はない」


「ですが、警の場所がわかれば灰枝色がどこにいるのかも自ずとわかるはずです。

 捜査する価値はあるかと」


「もう死んでいるとしてもか?」


 父親の眼光に才は言葉を詰まらせる。

 もう警が殺されている可能性は十二分にあり得る。


 もしそうならば警の死体は巧妙に隠され、色の行動範囲には既にないだろう。


 あの灰枝色だ。

 何年も公安が捕らえることができなかった彼女がそうやすやすと居場所を教えるなんてしない。

 警を探し当てたとしても色は絶対に捕まえることはできない。


「優先すべきは灰枝色の処分。そのための行動を取る必要がある」


「お父様は何かお考えでも?」


 そう聞くと、始は両手を組み、才を真っ直ぐ見る。


「前から言っている。

 灰枝新の殺処分だ。灰枝色は意外にも家族思いだ。

 弟が死んだとわかればすぐにでも駆けつけるだろう。

 それに新は摂取者だ」


 そう発言する父親の目は鋭く真剣そのもの。

 だが、才は心の中で首を傾げる。


「どうしてお父様はこうも新くんに固執するのですか?」


「ふん。決まっている。

 日本の治安維持のためだ。

 灰枝家は全て抹殺する。

 尤も……あの弟が摂取者として目覚めるとは思いもしなかったが」


「それだけですか?」


「それが一番大切なことだ。

 お前がこの家に来てからずっと教えていることだ」


 その言葉に才は閉口する。

 だが、義父の言うことをそのまま受け取れはしない。


「他に何がある?」


 何か言いたそうな才の表情に察したのか、始はそう言葉を続けた。

 有無を言わさないようなその雰囲気にのまれず、才は意を決してゆっくりと口を開く。


「例えば新くんの父――灰枝林治が最も信頼していた元部下だったから……とか?」


 その発言に始は不気味に口角を吊り上げた――。


★★★


 「はぁ……」


 公安特異伍課の自席に戻った才は椅子にもたれ掛かり、ため息を吐いた。

 結局、父は最後の質問に明確に答えてはくれなかった。


 ちらっとデスクの上に置いてある写真立てを見る。

 自分と警、そして進藤家の両親が写っていた。


 才は進藤家の養子だ。

 この写真は進藤家に引き取られて1年後だったはず。

 才の中学入学時の写真。

 今よりも髪は短くぶかぶかの制服を着ていた。


 この頃が懐かしい。

 進藤家は――父親は厳しかったが――みんな優しく、養子である才にも実子と変わらない愛をくれた。


(まぁ警察一家だから少し厳しくもあったけど……お父様も今や警視総監)


 それでも今の才が普通の生活を送れるのは彼らのおかげだ。

 だけどここ最近、父の様子がどこかおかしい。

 自分が養子だから本音を語ってくれないのか。

 もしかしたら実の子進藤警には何か伝えているのかもしれない。


 そうであるならば。


 お父様の本音を引き出すためにも。

 それに公安特異伍課の士気を上げるためにも。

 そして自分自身のためにも。


(――なんとしてでも兄さんだけは……!)


 兄だけは必ず取り返す。

 例え父の言いつけを破ったとしても。

 だから『本の虫』の能力をフルに活用して、色から警を奪還する。


(2週間後なんて言わせない)


 こっちから出向いて叩きのめす。だから――、


(『本の虫』よ。能力を全かいほ――)


「大変です!」


 と良からぬことをしようとした瞬間、扉が強く開き、侑里が才の元に現れた。


 鬱陶しく思いつつ、だが血相を変えた様子の侑里に

「どうしたの?」

 と聞くと、


「新くんが行方を晦ましました!」


「なんですって!?」


 それは公安特異伍課にとって大きな戦力を失うことを意味していた。

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