第26話 灰枝新は苦悩する2

 コンビニの裏でしゃがみ新は大きくため息を吐いた。


 才や侑里によって教えられた内容はそのどれもが衝撃的だった。

 未だ頭の中で整理がつかず、ぐるぐると才の言葉や侑里の説明が巡っていた。


 何よりも驚きだったのが、第三者の存在だ。

 自分の記憶には一切なかった。


 まさか事件当日、自分の家に家族と叔父以外にもう一人誰かがいるとは思いもしなかった。

 とはいえ、断片的な記憶の中に確かに違和感のようなものはあった。


 おもてなしするような豪勢な料理。

 リビングの端に見えた影。

 そして堪えるような笑い声。

 思い出そうとすればするほど、違和感は如実に表れる。


 だが細部まで思い出そうとすると、激しい痛みが頭を襲う。

 まるで頭が思い出すことを拒否しているようだ。

 だけど、考えずにはいられない。


 もしその人物がアークのボスならば、才たちの言う通り新の家ではデモンストレーションが執り行われていたのだろう。

 叔父がアークのボスに欲の虫を売り込むための。


 あの事件で灰枝色の能力を示し欲の虫の脅威を知らしめアークのボスに欲の虫の研究費を出資させたのだ。

 そしてもしそうならば両親が狙われた理由も自ずとわかってきた。


(父さんが灰枝茂の兄弟だったからだ……)




 灰枝茂――新の叔父とは家族が死んで以来、一切会っていない。

 後見人のはずなのに、新の面倒を拒否しすぐに施設に送ったろくでなし。

 それ以来は会っていない。

 だから彼にはあまりいい思い出がない。


(むしろ姉ちゃんとの方が仲が良かった気がする……)


 子供の時のことを思い出すと、色と茂が笑顔で話す光景が浮かび上がった。


 色は昔からモテていた。

 よく家に男の友達が遊びに来ていたのを覚えている。

 その時の笑顔はお客さんをもてなすような営業スマイルだった。


 だけれど灰枝茂の時は違った。

 見たこともない嬉しそうな笑顔を向けていて、よく茂の研究室にも遊びにいっていた。

 だが、研究室で何をしていたのかは知らない。


 もしかしたら研究室に遊びに行っていた時に既に色は実験に協力していたかもしれない。

 灰枝茂は寄生虫学の教授。

 彼が灰枝色を被験者にして人間に寄生する人造寄生虫を造ったとしても矛盾はない。


 色といた時は温厚で優しそうな顔をしていたが、それも全て自分の研究のため。


(姉ちゃんを騙してあんなんにしたんだったら……)


 そう考えると、沸々と怒りが湧き上がってくる。


「はぁ……」


 その怒りを吐き出すようにため息を吐くと、新はポケットからマスクを取り出す。

 公安が用意してくれた特製のハーフマスクだ。

 これをつければ臭いを一切感じなくなる。


(とにかく考えることが多すぎる)


 マスクを付けつつ立ち上がると新はおにぎりを捨てた袋を持ってコンビニの表に出た。

 公安による説明会以降、新はしばしの休養を言い渡された。


 清水との闘いの翌日だったということもあったし、何より公安特異伍課の都合だ。

 灰枝色の話が本当ならば、潜入捜査をしていた公安の捜査員はほぼ殺された。

 運良く生き残った捜査員もいるらしいが、それも数えるほどしかいない。


 しかも内通者は進藤警。

 新が公安に入った時――いや、それよりも随分前から警は色の傀儡だったみたいだ。


(そんな素振りも、臭いも一切感じなかったのにな……)


 だが色が警を呼んだ瞬間、一気に臭いが充満した。


 清水の爆弾で腹を満たしていなければ、理性が飛んでいただろう。

 それほどまでに強烈な臭いだった。

 欲をそそる色んな臭いが入り混じっていた。その臭いをあの時まで隠していた。

 操られた人たちからも清水の残り香しか感じられなかったのも隠せていたからだ。

 普通の摂取者ならばあり得ない。


 灰枝色が最強だと言われる所以が新にもなんとなく理解した。


 そういうわけで、公安特異伍課は機能停止状態。

 体制の立て直しや上層部への言い訳でバタバタとしている。

 そのおかげで新の処遇も保留になったのは、新にとっては都合が良かったのかもしれないが。


(でもあと2週間……)


『この国を変態させる!』


 灰枝色の意味深な発言。

 言葉は少々おかしいが言わんとしている意味は恐ろしい。


 欲の虫による選別。

 つまりは大量虐殺を目論んでいるのだ。

 具体的な場所までは教えてくれなかった。

 唯一わかるのは東京のどこか、ということだけ。


 あと2週間でその場所を突き止め、そのテロを止めなくてはならない。

 そのためにやることは結局のところは変わらない。


「はぁ……」


 新はコンビニ前にあるごみ箱に袋を捨てた。


「全くどこにいるんだよ……叔父さん……」


「灰枝茂なら死んだぞ」


「――ッ!?」


 気が付かなかった。

 驚きのあまり新は反射的に横に飛び、声のした方を振り向いた。


「ほう……まだ隙は多いが、もう臨戦態勢を取れるようになったのか」


 感心するように言ったのは老齢な男だった。

 黒のロングコートを着て、白髪混じりの短髪に鋭い眼光。

 2メートル近くはある身長でコートの上からでもわかるほどがっしりとしている。

 榊原のように見せる筋肉ではなく、戦闘に最適化された鍛え方。

 更に何個も修羅場を生き抜いたようなその威圧に新は無意識に後ずさった。


「……死んだだって?」


 でも聞かずにはいられない。その言葉は聞き捨てならず。

 もし本当なら新たちの最大目標を失ったことになる。


「あぁ。死んだ」


 だが、この老輩は即答する。

 新は緊張で顔を強張らせ口を開く。


「あ、あんた、誰だ……?」


「ふん。薄々感づいているんだろ?」


 その男は鼻で笑うと、新を見下すように見る。


「俺は東郷明夫とうごうあきお。摂取者だ。

 それだけ聞けば、意味がわかるだろう?」


 その言葉に新はゴクリと唾を飲んだ。

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