第24話 アスモデウス2

「『色の虫』摂取者にして組織のナンバー2!

 コードネーム『アスモデウス』!

 ――灰枝色はいえだしき!」


 才の叫びが教室に響き渡った。

 その瞬間、灰枝色は嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「あは。名前、憶えてくれているんだ」


「公安特異伍課に所属している人間ならば、誰でも知っているわ」


「ふふ。そうじゃないんだけどさ。

 でも嬉しいなぁ。

 名前なんてあまり言ってくれないからさ」


「……それはあなたがそうさせているからでしょ」


「そうとも言う~」


 色は髪を指でくるくると弄りながら不敵に笑う。


「だってみんな、名前を言う前に壊れちゃうんだもん。

 もっともっとって犬みたいに求めちゃって……愚可愛いよね~」


「……あなたが操っていたのね」


「ん? なんのこと?」


 色は首を傾げて恍ける。


「この学校の生徒のことよ!」


「ご明察~よくわかったね」


「少し考えればわかることだった。

 清水は摂取者に成りたて。

 あんなに大量の人を操れるほどの能力はない。

 だから――」


「三大欲求の虫のひとつ。

 最強の『色の虫』を持つ私がいれば矛盾はない、と。

 さすが才だね!」


「ちゃかさないで。

 あなたを見て漸く気付いたのだから」


「ふふ……そういうところが愚可愛おろかわいいね」


 色は目を細めて愉快げに才を見た。


「でも結構大変だったんだよ。

 清水くんの要望を答えるのって。

 常に監視してなきゃいけないし、決まった命令や解除方法で意識を取り戻すように調整しなきゃだし、何より臭いもできるだけ隠さなきゃだったし」


 その発言に才は目を丸くする。


「どうして臭いも隠すなんて……?

 あなたまさか、新くんの能力ちからのことも!?」


「それ以外も知っているよ。

 公安が今、どこを調査していて、誰が潜入していて、何人で活動しているかも。

 まぁほとんど壊しちゃったけどね」


 その発言を理解するのにそんなに時間が掛からなかった。

 壊した――つまり自分たちの仲間を殺したということ。

 才は瞬時に能力を使って仲間の端末に連絡をかけるが、誰も出ない。

 色が嘘を言っているとも思えない。


 色の発言が真実味を帯びていくにつれて、才の身体はわなわなと震え始めた。


「な……なんてことを――!!」


 才の拳銃が火を吹いた。

 今度はしっかりと照準が合った。

 だが、色は華麗に避けて教卓を軸に回り込む。


「そんな怒らないでよ……才」


 そして才の背中から腕を伸ばしホールドする。

 ゾワゾワとした感覚が才の身体に走る。


「才が組織に潜入した時も見逃してあげたでしょ? まぁ知ったのは最近。逃げちゃったあとだけどね」


 いつもだったら簡単に後ろを取らせない。

 だが、色の声や雰囲気、それに自分の足に怪我があったことで判断が鈍った。


「それに仕方ないよね。

 私の邪魔をしようとしていたんだから、さ。

 殺されても文句は言えないよ。

 まぁ死んだ時はみんな、幸せそうだったよ」


 こんな感じでね、と色は才の耳をペロッと嘗めた。


「~~~~ッ!」


 ゾクゾクする快感。電撃を受けたように身体が痺れ、くすぐったい。


(これはダメだ!)


 才はすかさず確固たる意志で色に拳銃を向け発砲。


「おっと……」


 だが色は簡単に避け、才と距離を取る。その隙にすかさず、


(ネットワーク遮断!)


 才は自分の脳内を調整チューニングする。

 無理矢理、知識を枯渇させ『本の虫』の性質――知識欲を増幅させる。


 自分の欲で気持ちを上書きさせる!


 ある程度、増幅したところで、


(解放!)


 ネットの情報をすごい勢いで吸収する。

 ネットの世界は数秒でも世界が変わる。

 しかも増幅した『知識欲』は抑制も効かない。

 ネットにある数秒の情報を大量に脳に仕入れてしまった。


 かなりの負荷がかかり、才の鼻からは血が垂れた。


「へぇ~……すごい……」


 色は本当に感心するように才の行動を見る。


「こんな方法で私の『欲』を追い出すとは……ね。

 さすが第2号」


 大量の情報処理。

 かなり大変だったが、それでもたった数秒。

 思ったよりも無事だった。

 身体はまだ動く。


 脳もまだ働く。


「だから……教えなさい」


 震える腕で才は色の方へ拳銃を向ける。


「いったい誰が教えたの!?」


 そんな才に目を細める色。


「いいよ。才の愚可愛さに免じて教えてあげる。

 けど……教える前にもう来ちゃったみたいだけど」


 その瞬間、教室の前側の扉がガラッと音を立ててスライドする。


「アスモデウス!」


 そこには警が仁王立ちで銃を構えて色を睨んでいた。

 そしてその後ろに新と侑里が息を切らして立っていた。


「はぁい」


「! 姉ちゃん!?」


 元気よく返事をする色を見て、新がそう叫ぶ。

 その叫びに色はとても嬉しそうに顔を紅潮させた。


「あーくん……!!」


「ど、どうして……? えっ? あれ?」


 新は困惑した様子で色を見る。

 それも当然だ。灰枝新の中では、灰枝色はもう既に故人。


 なぜ生きて元気に立っているのか。

 全く状況が見えていないのだろう。


「会いたかったよ」


 対照的に色は顔を赤らめて、艶っぽく新を見ていた。


「だけど、今じゃない」


 けれど状況は刻一刻と変わる。

 色はすぐに自分を諫め、我慢するように眉を顰め首を振った。


「さぁ。警ちゃん」


 色と警以外の全員が目を丸くする。

 色が手を叩いた瞬間、進藤警の力が抜け、トロンとした表情になった。

 さっき操られていた時とは違い、今度は顔を紅潮させ色だけを見ていた。


「ウッ……」


 しかも警の身体から一気に臭いが充満したのか、隣にいた新が我慢するように鼻を覆った。


「これが答えだよ、才」


 つまり進藤警は既に色の物になっていた。

 警はゆっくりと色に近づき、色の肩を抱いた。


 才の顔は青ざめパクパクと口を開閉するのみ。


「ここに来る前から警ちゃんはもう私の手駒だったんだ」


 警を奪われることは才にとってかなりの衝撃だった。

 そんな時、色のポケットからアラーム音が鳴った。


「あ……ごめんだけど。もう時間がないみたい」


 色は申し訳なさそうな顔でスマートフォンを取り出すとアラームを消す。


「私たちはこれで撤収するけれど、そうだね。

 あーくんに会えたことに免じてヒントを上げる」


 色と警はそう言うと教室の窓際に立つ。


「2週間後。ここ東京で『選別』を開始する!」


 手を大きく広げると色は無邪気にそう宣言した。


「この国を変態させる!」


 その宣言に侑里は息を飲み、才は絶望した顔をする。

 そして、新は未だ状況が理解できず茫然自失状態。


「それじゃあ行こうか」


 そんな中、色は笑顔を浮かべてそう言うと警が色を抱え教室の窓を突き破った。


「姉ちゃん!?」


 新は手を伸ばし色を呼び止めるが、もう無理だった。彼女たちは既に教室外。


 3階だというのに地面を背にして落ちていった。

 慌てたように窓から顔を出す新。


 そんな新を見て色は顔を紅潮させた。


「ふふ……またね、あーくん」


 こうして組織のナンバー2・『色の虫』摂取者の灰枝色は逃亡した。

 灰枝新に困惑を、進藤才に絶望を残して。

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